僕がセンチメンタルに物思いにふけっていると、玄関の音がした。
スズナの帰宅だ。

階段を駆け上がり、この部屋のドアがカチャリと開かれる。

「おかえり」

ナイロン製の学生カバンを投げ出し、制服のままベッドにダイブする。

「せめてジャケットくらい脱げよ。まぁいいけどさ」

ベッドに腰掛け、首下までに切り揃えられた髪の毛を撫でる。
生まれつき色素が薄く、あまりの透明感に向こう側が透けて見えそうだ。

「今日はちゃんと部活までしてきたんだね。偉いね。
久しぶりだったでしょ。お疲れ。」

当然返事はない。

「何をしててもさ。昨日も今日も、いつもかわいいね。 
でも…もっとちゃんと言葉に出して伝えておけば良かったな」

壁側を向く彼女の顔を覗き込む。
みるみるうちに両方の目から、涙が溢れ出す。
大雨のようにいくつも。いくつも。

「泣くなよ。
そんなワァワァ泣かれると、どうして良いか分かんないよ」

まさに泣きじゃくるという表現はこのことだ。
枕に突っ伏して声を殺して泣く彼女を、とっさに後ろから抱きしめる。
もっと早くからこうしておけば良かった。

以前より時を経て、思いを素直に行動に移せるようになった。
恥ずかしいという気持ちが先行し、何も出来なかった数ヶ月前までの自分を今更ながらに後悔する。

「涙。ずっと我慢したもんね。えらいえらい。頑張ったよ。
今日はもう…2月かぁ。あの事故からもうだいぶ経ったんだね」

僕は話し続ける。

「でもね。ここにいるからね。こーんな一番近く。
だから安心してよ、泣かないの」

ベッドにうずくまり、涙と鼻水がぐしゃぐしゃになった顔を伏せて、唸る犬のような声を出すスズナ。

「泣かないでよ。お願いだから」

僕はまるで小学生の子供に接するように、優しいトーンで話した。彼女の頭を撫でながら。

「大丈夫だよ。ここに居るよ。
そんな『写真の僕』なんか抱きしめてないでさ」

僕はベッドから降りて水色の絨毯の上に座った。
ちょうどこうやると、目線が同じ位の高さになる。

「気が付かないかもしれないけど、ずっと1番そばにいるって。

見えないよね。分からないよね。
でもちゃんと居るんだよ?こっち向いて?」

聞こえない彼女は、当然こちらを見ることも無い。
彼女がここまで泣くのを見たのは、正直初めてだったと思う。

全て僕のせいだ。
許してはくれないだろう。
でもどうにかして、スズナを笑わせてあげたい。

「あ、そうだ。変な顔をしてあげる。
ベロベロばぁ」

道化師のように振る舞っても、スズナは全く気が付かない。

無理か。
無能な自分自身を呪った。

スズナは昔から泣き虫だった。
あんまりにも泣くもので、翌日目が腫れてしまうんじゃないかと、いつもこちらが気になってしまっていた。

涙を拭いて、氷で冷やして…。
あの時まで、それは僕の仕事だった。

でも今は何もできない。
ただ…見てるだけ。

すごく、もどかしくて。
そしてくやしい。
どうして何もしてあげられないんだろう。