スズナと僕は、同じ高校の同じクラスだ。
そして今となっては、誰もが知る公認のカップルだ。

今更隠してもみんなが知っている。
それと同時に、スズナの周りにはとても良い友人がたくさんいる。

なので学校では、その友人たちに構ってもらえば良いと正直思っている。

大好きなスズナ。
お互い初めて同士の恋人。
でもまだ唇にキスもしていない。

幼稚園から高校まで同じ学校のスズナと僕は、高校2年でこのクラスになるまで、いわゆる“腐れ縁”であった。

家も近所。
当然のことながら母親同士も仲が良かった。
どちらかの家で遊んだまま眠り、一緒に小学校へ登校する日もあった。

そう。
僕たちは半ば血を分けた兄弟のように育った。

…というのは、建前で、僕は何年もずっとスズナが好きだった。

笑うと三日月のように細くなる目も。
生まれつき茶色い長い髪も。
教科書を読むと上ずってしまう声も。

全部が好きだった。
誰かを好きになるのに理由など必要ない。

いや。
“好き以上の何か”だったかもしれない。
隣にいるのが当たり前の存在になっていたのだから。

きっと、小さくて弱いスズナを守りたかったんだと思う。
使命感にも似た何かを、ずっと心の中にしまいこんでいた。
この微妙なバランスの上に立つ関係が壊れないように。

10年以上も友人関係を続けてきた僕たちは、手を繋ぐまでにたくさんの時間を必要とした。

柔らかくて白い、しっとりしたした手のひら。
一枚一枚磨かれた爪や、袖をまくったブラウスから覗く細い腕は、僕のそれとは全く違う。
女性らしい丸みを帯びた体つきに胸がドキドキした。

僕はサッカー。スズナは手芸部。
お互いの部活の帰り道、車道側を歩く僕は彼女を何気なくブロック塀側を歩かせ、間合いを詰めた。

少し屈み、20センチほど背の低い彼女の手を取る。

今でもその感触は忘れられない。
目を合わすことは出来なかった。

画鋲のように尖らせた瞳孔で、スズナの鼓動だけを感じる。

友人同士が恋人になった瞬間。
大丈夫。スズナは受け入れてくれた。

「好きになっちゃたんだけど」
前を向きながら言う。

「知ってるよ。これからもよろしくね」
スズナが答える。

嬉しさと安堵で返事につまる。
良かった。僕たちのバランスは崩れていない。

1歩、2歩、3歩、4歩。5歩。
5歩歩いたら、ちょうど分かれ道になった。

「じゃあ、また明日」
「うん」

右と左に分かれ、僕たちはそれぞれ帰宅した。

懐かしい。
あの日に戻りたいものだ。