「ああ、もう。まだ喋り足りない」

 路線のなかほどで、維麻が駅名を気にし始めた。
 彼女の乗降駅が近づいてきているらしい。

「連絡先、交換する?」

 自分でも驚くほどスムーズに、その言葉が出た。
 中学でもこれくらい構えずに人と接することができていれば、現状よりは友人が多かったかもしれないし、そのことが高校受験の内申にどう影響を及ぼすかをチクチク心配せずに済んだかもしれないのに。

「いいの!?」
「別に、減るもんじゃないし」
「明るくなったねぇ、きみ」

 維麻は僕と同学年なのに、妙にお姉さんぶる。
 ちょっとだけムッとして、僕は反撃を試みる。

「連絡先くらい……その、アレに比べたら、なんでもない」

 アレ。
 僕の言葉に、維麻はぴたりと動きを止めた。
 じーっと、まっすぐに僕を見つめた。

「アレって、ラブレター?」
「なっ」
「嬉しかったよ、アレ」

 にしし、と笑う維麻。
 もう、身体が真夏みたいに火照っている。
 図星だった。
 かつて、僕が維麻に渡したラブレター。
 彼女が転校する、数日前のことだ。
 ついに帰って来なかった、小学生男子の書いた不格好な手紙だ。

「和也、顔真っ赤」
「う、うるさいな!」

 なんだよ。
 なんなんだよ。
 もうちょっと、態度ってもんがあるだろう。
 申し訳なさそうにするとか、バツが悪そうにするとか!

「いまさら返事とかいらないし、もう、そういうんじゃないから」

 別に捨ててもいいよ。
 自分の口調が思ったより早口で、嫌になってしまう。
 まったく、格好悪いったらない。

「……あっそ」

 維麻が少し不満そうに頬を膨らませたのが、少しだけ痛快だった。
 一矢報いたような気持ち。

 けれど。
 スマホを操作する維麻の横顔が、あまりに静かで。
 喉の奥に、魚の小骨が刺さったみたいな。
 ちくちくとした引っ掛かりを、感じた。

 
「よし、できた!」

  維麻のメッセージアプリのアイコンは満点の星空だった。
 彼女のことだから、それこそ派手に加工した自撮りとかだと思っていたので、ちょっと意外だ。

「これで、きみといつでも気軽に連絡とれるね!」
「気軽に連絡とりあうつもりだったの?」
「え、違うの?」

 維麻はスマホをポシェットにしまって座席を立ち、踊るように自動扉をくぐって、くるりと振り返る。
 そして、ご機嫌にこう言い放った。

「じゃあ、明日も同じ電車で!」
「……ええ!?」
 
 そんな、強引な。
 この路線が僕らがかつて住んでいた街から、片道二時間近くかかること、知ってるだろうに。
 だけど、僕は嬉しかった。
 維麻が昔と変わらず強引に、僕を誘ってくれたことが。
 今日の馬鹿話の続きをしようと、イタズラっぽく笑ってくれたことが。
 
 たぶん。奇跡みたいな偶然により再会した維麻があんまり綺麗な顔立ちをしていたから、僕は勝手に距離を感じて、身構えて、ふて腐れていたのかもしれない。