五年前に東条維麻と過ごした夏は、僕の中で鮮烈に残っている。
 高校受験の結果は惨憺たるもので、予定よりもいくつかランクを落とした志望校に合格した。
 夏は受験生の天王山とかいう、学年主任の説教はある程度は的を射ていたみたいだ。


「……相変わらず、すげー星」


 昼に降った雨のおかげで、大気中にはペトリコール──雨上がりのあの匂い
──が満ちている。 
 中古で買った原付バイクから降りて、ヘルメットを取る。
 時間は午前二時。やっと目的地に到着した。 
 登山鉄道の途中駅、天流駅から少し山を登ったところ。
 プラネタリウム跡地にある天体観測用に東屋だ。
 あの日、維麻と向かうはずだった場所。
 維麻がついに、来ることができなかった場所だ。
 
 空を見上げると、あの夜と同じ怖いくらいの星空が広がっている。
 リュックサックの中から、キャンプ用のランタンとトランジスタ・ラジオを取り出す。
 ラジオからは、大昔のジャズスウィング。
 LEDランタンを灯して、僕はポケットから封筒を取り出した。

 大学生になった僕のもとへ、ある手紙が届いた。
 維麻の母親から送られてきたそのダサい花柄の封筒には、宛名が書いていなくて……一発でわかった。
 例の、アレ。
 小学生だった僕が、維麻に送ったラブレターだ。

 結局、この登山鉄道の路線で一生の思い出を見つけたら返してくれるといっていた手紙は、維麻の遺品を整理している途中で見つかったらしい。

 五年経ってから僕の元に届いたということは、維麻の両親がそれだけの時間をかけてやっと維麻の身の回りのものを整理できるようになってきたということなのだろう。
 僕自身も、維麻との別れがあってからはことあるごとに涙が溢れて止まらなかった。
 というか、今も時々、そうなる。
 何を見ても、どこに行っても、維麻と過ごした時間と、過ごせなかった時間に思いを馳せてしまう。