「ごめんなさい、どなたですか?」
「嘘でしょ! 私だよ、イマだよ!」
イマ。
いま……維麻。
「……東条、維麻?」
思い出した。
というか、繋がった。
東条維麻は、僕が小三のときに転校していってしまった幼馴染みだ。
引っ込み思案で友達を作るのが下手くそだった──というか、中三になっても下手くそな──僕の手を握って、どこへだって連れ出してくれた恩人だ。
僕たちは、維麻が急に転校してしまうまで、毎日一緒に過ごしていた。
十才頃までの僕の記憶にある思い出は、彼女の横顔ばかりだ。
記憶の中の維麻は、日に焼けて男の子みたいな姿だったはず。
「あの、維麻?」
ぶわ、と全身の毛穴が開いたような気がした。
妙に暑いのは、五月の気候のためばかりではない。
白状しよう──東条維麻は、僕の初恋の人だった。
彼女への気持ちが宙ぶらりんのまま、僕はここにいる。
「そう、私! 久しぶり……っていうか、なんでここに?」
「いや、こっちのセリフ!」
思ったより大きな声が出てしまって、慌てて両手で口を塞ぐ。
僕たちの乗っている車両には、幸い僕たちしかいなかった。
というか。
この路線には、連休中だというのにほとんど誰も乗っていない。
観光名所らしい観光名所もなく、ただただ沿線住民の交通手段として走っている路線だ。「こんなところ」という言い方は失礼だけれど、まあ「こんなところ」そのものだ。
とはいえ、目的と手段が転倒している僕のような乗り鉄がただこの電車に乗ることを目的にしてやってくることはあるのだろうけれど。
──こんなところに、どうして維麻が?