「……あった」

 小さな楕円形の、ぼやけた点。
 望遠鏡でやっととらえたそれは、拡大するとたしかに彗星だった。
 短い尾っぽが、太陽の方向に伸びている。

「維麻、ほら見て!」

 ブランケットにくるまっていた維麻が、もぞもぞと動く。
 少し顔色が白くなっているような気がして、ハッとする。

「……寒くない? 大丈夫?」
「うん、ちょっとクラッとしただけ」

 維麻は、ぐっと親指をたてて望遠鏡を覗き込む。
 倍率の高い望遠鏡ゆえに、少しの揺れでも対象がズレてしまう。
 そうならないように慎重に、維麻の肩を支えた。

「ほら、見える?」
「……見える。たしかに、ネットで見た写真と同じ」

 維麻は望遠鏡を覗き込んだまま、黙り込む。
 僕は維麻と同じものを見ようと、夜空に目をこらす。コンタクトレンズのおかげで視力は良好だ。

 一度見つけてしまえば、もう見失うことはない。

「どう、維麻? あれがザネリ彗星。百年に一度しか見られない、フェアな彗星だ」
「……うん」

 百年周期で地球を訪れる、周期彗星。
 僕たちが今見ているアレが去ってしまえば、僕も維麻ももう二度とあの小さな天体を生涯で見ることはない。
 きっともうすぐ死んでしまう維麻も、たぶん彼女よりも長い人生を歩む僕も、宇宙の周期のなかでは等しくちっぽけな存在なのだ。