ザネリ彗星は決して明るい彗星ではない。
 肉眼では、いわゆる四等星に相当する明るさだとか。

 視力が低下してきているであろう維麻にとっては、肉眼でとらえるのは難しい。だからこそ、この望遠鏡が必要だった。
 だって、維麻にはちゃんと目に焼き付けていてほしい。
 ……一生、忘れられない思い出を。

「ああ、もう!」

 それなのに。
 全然、肝心の彗星が見つからない。
 まったく、本当に格好がつかなくて嫌になる。

「あはは、どうしたの。和也がそんなにイライラするなんて珍しいね」
「ごめん。俺、そんなにイライラしてた?」
「わ、『俺』だって! まったく、大人になっちゃってさ」
「全然、大人じゃないよ」

 悲しいくらいにいつも通りの維麻のテンションに、ちょっとだけ気持ちが落ち着いてきた。

「本当の大人なら、維麻をつれてどこにだって行けるのに」

 偽りのない、僕の気持ちだった。
 土日の僅かな時間しか、維麻に会えない。
 深夜になれば家から出ることだっておっかなびっくりで、今夜ここまでやってくるのだって、兄貴の力にかかりきりだった。

「それは、大人を買いかぶりすぎかもね」
「……維麻だって、僕と同い年のくせに」
「大人にだって、ままならないことはあるんだよ。たとえば、謎の病気の治療法とかね」

 
 僕は、ずっと思っていたことを、口にした。
 今だったら、言える気がした。

「……維麻の、そういうところ嫌いだよ」

 維麻は少しびっくりしたような顔をしてから、静かに呟く。

「そういうところって、どういうところ?」
「ほら、そうやって。なんだよ。その物わかりがいい感じ、こっちが困るよ」
「……ほんとは、物わかりなんてよくないよ」

 僕のひどい言葉に、維麻は少しも怒らなかった。

「私もね、私の、何もかもわかってますって顔して悟ったようなこと言うところ、嫌いだよ……和也、ありがとう」
「……なにが」
「私の嫌いな私を、一緒に嫌ってくれて」
「うん」
「そんな私と一緒にいてくれて、ありがとね」
「……うん」
「私、きっとこの夏のこと一生忘れないよ。っていっても、一生っていっても残り少ないんだろうけど……さ」
「ほら、また!」

 僕のツッコミに、維麻は口を開けて大笑いした。
 維麻が心から笑っているのを見るのは、本当に久しぶりだ。
 僕はまた、夜空に視線を戻す。
 彗星を、見つけなくちゃ。