僕は手に持っている懐中電灯を大きく振ると、遠くの星も左右に小さく揺れた。
 たまらずに、駆け出す。
 維麻は片腕が動かない。それに、僕には言っていないけれど視力も落ちてきているようだった。病は、確実に進行している。
 少しでも早く、維麻の身体を支えてあげたかった。
 パジャマ姿のままで歩く維麻が、僕の顔を認めてくしゃりと笑った。
 たぶん……というか、ほぼ確実に維麻は無断で病院を抜け出してきたはずだ。僕の突拍子もないメッセージをよすがに、ここまでやってきたのだ。

「維麻!」
「和也……きみ、やってくれたね」

 足元も覚束ない状態なのに、維麻はひどく楽しげで。

「むちゃくちゃな我が儘で人を振り回すのは、私の専売特許なはずなんだけどな?」
「それは誰よりもよく知ってるよ」
「うん、そうだったね」

 だから、僕も思わずつられて笑ってしまう。
 もしも誰かに見つかったら、補導まっしぐらだ。受験の天王山とかいう中三の夏を維麻との時間に費やしてきた僕だが、本格的に高校受験どころではなくなってしまうかもしれない。

「歩ける?」
「そうだね、気分がいいんだ。どこまでだって歩けそう」

 満点の星空のもとを歩くパジャマ姿の維麻の手を取る。
 そうしないと、本当に、どこか遠くに行ってしまいそうな気がして、怖かった。

 ゆっくりと時間をかけて、僕たちは天流駅まで戻ってきた。
 ここからプラネタリウム跡地までの四十分の道のりなんて、到底歩けそうにない。
 維麻もそれをわかっているのか、駅前のベンチに腰を下ろした。
 民家も商店もほとんどない駅前。
 地上には暗い闇が満ちていて、空には満点の星空。天の川が横たわる夏の夜空は、じっと見つめていると怖いくらいだ。
 空を、見上げていた。
 ベンチに並んで座る僕らの周囲だけが、静寂に包まれていて。

「……夕方の雨、ほんと、なんだったんだろ」

 維麻が呟いた。
 頭上の星々には、ひとつの雲もかかっていない。 
 
「ホントだね」
「でもさ、こうやって病院抜け出してさ、こんな真夜中に出歩いて……なんか、すごく楽しいね」
「肝が据わってるな。ていうか、病院、抜け出せてよかった」
「そりゃ、あの病院の患者でいちばんの古株だからね?」

 つまり、維麻よりも前に入院していた患者たちはもう──。
 維麻にまとわりつく死の匂いが、日に日に濃くなっていく。

 僕は不安を振り払うように、首を振る。
 兄貴から借りた簡易な天体望遠鏡を組み立てた。