八月十五日。
日の入りの時間は十八時四十頃。
登山鉄道の始発駅のホームに立つ僕の腕時計は、十六時十九分を表示している。待ち合わせの時間まで、あと約一時間。
よいしょ、と家から持ってきた望遠鏡を担ぎ直す。
「プラネタリウム跡地まで、歩いて二十分。維麻の足で四十分くらいか」
身体の弱っている維麻に無理をさせたくない。
くん、とシャツの袖口を嗅いでみる。ここまで来るのに、かなり汗を書いてしまった。臭くはないだろうか、と気になってしまう。
維麻の病院がある天流駅まで、登山鉄道で二十分と少し。
天流駅には、かつて小さなプラネタリウムがあったらしい。
今はもうプラネタリウム自体は廃業になっていて、跡地はちょっとした公園になっているらしい。立地も立地なので、ほとんど誰も寄りつかないとか。
そこに、天体観測用の東屋がある。
僕と維麻は、その東屋からザネリ彗星を観る計画を立てているのだ。
本来は16時までだという病院の外出時間を、今夜だけ特別に伸ばしてもらったといって維麻ははしゃいでいた。
でも、その特別措置は、たぶん維麻には「次」がないからこそ許可がでたも
のだ。残された時間が少ないことを、嫌でも思い知る。
百年に一度やってくる彗星観測を、僕たちは「一生の思い出」にしようと決めていた。維麻と僕が平等に「一生に一度しかない思い出」にできるのは、とてもフェアなことだから。
「……あー、くそ」
けれど。
僕たちの思い出作りに、文字通りの暗雲が立ちこめていた。
ずっと、見て見ぬふりをしていた空を見上げる。
暗雲が立ちこめていて、ぽつ、ぽつ、と雨粒を零し始めた。
天気予報では、晴れるって言っていたのに。
最悪だ、と思わず毒づく。
明日も明後日も、なんなら九月までザネリ彗星は夜空にありつづける。けれど、今夜──彗星がいちばん輝いて見える今夜に、一緒に夜空を見上げないといけなかったのに。
今夜だけ。
今夜だけでいいから、晴れてくれよ。
ぶぶ、とスマホが震えた。
維麻だった。
『こっち、すごい雨』
どんな顔をしているのか、その文面からは読み取れなかった。
泣いているのかもしれない。
それとも、体調が悪いのかも。
『晴れるの、待つ?』
返信を待つ。
かつては、ぽんぽんと次々に届いていた維麻からのメッセージは、少しずつ返信が届くまでに時間がかかるようになっていた。
維麻の利き腕は、もう動かないのだ。
『もういいよ、あしたで』
ひどく投げやりに見えるメッセージだ。
なんだよ、いちばんの思い出にするって言ってたじゃないか。
いてもたってもいられなくなって、通話ボタンを押した。
テケテケテケ、というマヌケな呼び出し音が鳴り止まない。
いつまで経っても、維麻からの応答はなかった。