「ねえ、これ見て!」

 興奮をうっすら声に滲ませている維麻が、スマホ画面を僕に見せようと身体を寄せてきた。
 近い。近いって。
 小学校の時にはなんとも思わなかった価値観だけれど、変に意識してしまって、変な声がでた。
 なんか、いい匂いがするし。
 せっけんみたいないい匂いと──消毒液の匂い。
 それが、維麻の髪からふわりと香った。
 少しだけ悲しい気持ちになって、僕は「ちがうだろ」と心の中で呟いた。

 僕だけは病人としてではなくて、維麻として接したい。
 そう、決めたじゃないか。
 わざとらしくならないように、慎重に返事をする。

「見てって、何?」
「これ、これ。彗星だって、百年に一度の!」

 簡単なネットニュースだった。
 約百年に一度の周期で観測されるザネリ彗星が、今年の八月半ばに地球に接近してくる。
 日本からも観測できるそうだ。

「八月か」

 夏は受験の天王山。
 このところの学年主任の口癖だ。なんだか響きだけはかっこいい。要するに、中学三年の夏休みというのは受験勉強に精を出せというスローガンだ。
 
「いいね、すごくいい」

 維麻は一人で勝手に納得したように、何度も深く頷いている。

「いいって、何が」
「この彗星を、一生の思い出にしようよ。それがいい」
「なんだよ、それ。じゃあ、僕らのゲームは意味がなくなっちゃうよ」
「細かいことはいいよ。だって、このゲームの勝敗なんて、私の気持ち次第だし」
「それ、言っちゃう!?」

 思っていても、言わないでおいたのに。

「あはは。怒らないでよ。心なりけり、心なりけり!」

 昔の偉い人の辞世の句(よく考えたら、縁起でもない!)を口ずさんで、維麻は機嫌が良さそうだった。
 
「フェアでいいよ、百年に一度だもん」