中学生の小遣いと、土日という限られた時間。
僕と維麻は、毎週のように顔を合わせていた。
図書館に行く、と言って出かけている手前、親には「もう受験モードになったのか」という変な期待を抱かせてしまっているのが申し訳ない。
しょぼい山の展望台からの眺めを楽しんだ。
ちいさな物産市をぶらついた。
みかん畑に大量発生した蝶々をカゴ一杯に捕まえた。
始発駅から終着駅まで、思い出を探して歩いた。
けれど。
僕たちの「一生の思い出」作りは難航したまま、六月を迎えていた。
乗り込んだ登山鉄道の窓を開けると、外の空気が流れ込んでくる。
僕はほっと一息ついて、維麻の隣に腰掛けた。
「蒸し暑いな……」
半袖のシャツに薄手のカーディガンという服装でも、梅雨の湿気で汗が噴き出てくる。
「っていうか、何もなさすぎない?」
ペールオレンジのストライプシャツの胸元をぱたぱたと仰ぎながら、維麻がぼやいた。
「いや、だから言っただろ」
「うっ。まー、あれだよ。『面白きこともなき世を面白く』ってやつだよ」
「……何、それ」
──面白きこともなき世を面白く、住みなすものは心なりけり。
維麻が得意げに暗唱する。
「高杉さんって人の辞世の句だって。SNSで絡んでくるおじさんのプロフによく書いてあるから調べた」
「おじさんに絡まれるの!?」
「たまにね。それで調べてみたんだけどさ、昔の人の名言的なの、けっこういいこと言ってるんだよ」
いいこと言ってるから名言なのだと思うけど。
すばやく、維麻はスマホを取り出した。
「病院、つまんないんだもん。本読んでるか、スマホいじってるか」
慣れた手つきで、通知をタスキルしている。
たしかに、維麻からのメッセージはひっきりなしに届く。
僕が学校で過ごしている間、維麻は病室でひとり過ごしているのだろうか……と考えてしまう。
こんなに活発な維麻が、僕にばかりメッセージを送ってくるなんて。つまり、親しくやりとりをする間柄の相手は他にいないのか。
それは、ちょっとだけ、優越感がある。
「……あ」
スマホの画面をなぞっていた維麻の指が、ぴたっと止まった。