残された俺と高野はお互いにチラッ……と、視線を合わせるも無言のまま……。

束の間の沈黙……。

気まずい雰囲気が漂い始めようとした、その時……。

「……ごめんね、駿くん……。突然、こんなところに連れてこられて……びっくりしたよね……?」

コクッ……。

正直に頷いた。

「私……病気なんだ」

「えっ……」

己の耳を疑った……。

い、ま……なんて言った?
……病気……って?

「ALS……って、いう病気。駿くん、知ってる……?」

不意に問われた言葉……。

……A、LS……?

聞き慣れない言葉に俺は首を左右に振った……。

「知らなくて……当然だよ。私だって、この病気になってから知ったんだもん。
筋萎縮性側索硬化症……略してALS。この病気はね……身体(からだ)を動かすために必要な筋力が徐々に痩せていって力が入らなくなる病気なの……。最後は自分で呼吸が出来なくなって死んじゃう……って、いう指定難病2の病気で根本的な治療法は今のところまだないんだ……」

「ーーっ⁉」

「この病気を発症してるって、分かったのは……高校二年生の時。陸上でケガをした時に偶然、発見して……お医者さんは『まだ、大丈夫。走れるよ』って、言ってたんだけど……その時、私……なんか、もういいやって、思っちゃった……」

ーー私は……ケガがちゃんと治っても、そういう気持ちにはなれなかったから……ーー
ーー……結局……途中で陸上部……辞めちゃったんだよねーー

前に高野が言っていた俺の頭の中に言葉が蘇った……。

……高野……本当はまだ、陸上をやりたかったんだな……。
走り続けたかったんだ……。

けれど……どんなに頑張っても走れなくなる……。
努力しても報われない……。

病気の発症を知り、その先の明るい未来はない……と、悟ったから……やりたくても陸上をやめた……いや、やめるしかなかったんだな……。

それがお前が本当に陸上をやめてしまった理由……。

あっ……。

高野がよく躓いたり、ものにぶつかったりしているのも病気のせい(そのせい)だったのか……。 

「……なんで、俺には病気のこと言わなかったんだよ……。長瀬に口止めもしてたようだし……」

「もうこれ以上……私のわがままに付き合ってもらうのはイヤだったから……」

「……わがまま……?」

「そう……。この病気が分かった時に私なりにいろいろ調べたの…。それで分かったことは……この病気はとても厄介だってこと……。この病気は……筋肉が痩せていって徐々に力が入らなくなっていって……全く身体(からだ)が動かせなくなるんだけど……感覚や視力、聴力に内蔵、脳も元気なまま……。今、こうして周りの景色や駿くんことも見れてるけど……いずれは……瞼の筋肉も痩せていって、目を開けることができなくなる……。それからは……真っ暗な暗闇な中……ただ……死を待つだけの生活……。最終的に呼吸ができなくなるまでずっと……そのまま……。そんなの孤独……怖くて……イヤで耐えられない……って、思った……」

「……っ……」

「どんなに嫌で怖くても逃げることは出来ない……。このことに怯えながら日々を過ごしてた……。
そんな時に……高校生の時から片想いしてた駿くんと再び、大学で出逢って……思ったの……。楽しい思い出をたくさん作ろう。叶うなら……好きな人……駿くんとの楽しい思い出がほしい……って……」

それが高野の俺にこだわり、つきまとっていた本当の理由……。

そういう想いも抱いていたなんて……全然気がつかなかった……。

「交換条件つきの付き合いだったけど……段々と駿くんがきちんと私に向き合ってくれて嬉しかった……。正直……きちんと向き合ってもらえるなんて思ってなかったの……。だって……ものすごく嫌がって、迷惑そうな表情(かお)してたから……。
そんな駿くんを傍で見てたら……次第に申し訳なくなってきて…病気のことは絶対に言わないし、バレたくない……と、思ったの。もし……病気のこと……駿くんが知ってしまったら……すごく気にしてしまう……と、思ったの。だから由衣ちゃんに言わないで……って、お願いしてたの」

「なんで、そんなことをっ……」

「大好きな人に死にゆく姿見られなくないから……。悲しませたくない……。出来ることなら…いつも笑って、幸福(しあわせ)でいてほしい……。それは駿くんだけじゃないっ……。出来ることなら……ママやパパ……由衣ちゃんにだって、知られなくはなかった……」

ボロッと、高野の瞳から涙が流れた……。

「……ホント……わがままだよ……」 

「……っ……」

「一方的に俺のこと好きになって、うんざりするくらいつきまとって、告白して……挙句の果てには条件つきで付き合えだなんて……。それで運良く俺と付き合って、楽しい思い出も出来たら……さっさと俺との付き合い終わらせて、何一つ肝心なことは言わないでいなくなるなんて……わがままにも程があるだろっ! ズルいんだよ…」

「……」

高野は申し訳ない表情(かお)し、視線を手元へと落とした……。

俺は溢れてくる感情を止めることが出来なくて……言葉を紡ぎ続ける……。

「……どうしてくれんだよっ……」

「……っ……」

「……俺……おかしいんだよ……」

「ーーっ……?」

「高野がいなくなってから……俺、おかしいんだ……。交換条件つきで高野と付き合った後……もう、高野につきまとわられることもない、せいせいする……って、思ってた……。なのに……心の中がもやもやしっぱなしで切なくて、苦しくて……気がついたら……いつも高野のことばかり考えた……」

「……っ……」

「傍にいてくれ……」

「ーーっ……」

「俺の傍にこれからもいてくれよっ……」

「……ムリ……だよ……」

「なんで、無理なんだよっ!」

「……私……死ぬんだよ……? そんな人間の傍にいたって……駿くんがツラいだけ……。私はさっきも言ったけど……死にゆく姿を見せたくないの……。私の姿を見て、哀しんでほしくないの……」

「そんなの……勝手な高野だけの思いだろ? 俺はそうじゃない。高野の傍にいたい……。それに高野だけが死ぬんじゃない」

「ーーっ……!」

「俺だって死ぬ。人間誰しも生まれてきたら……必ず、死ぬ。さけては通れないことだ。ただ、それが早いか遅いか…たった、それだけの話だ」

「……そ、れ……だけ……って……」

何でもないようにさらりと、言ってのけた俺の言葉に高野は困惑の色を濃くした……。

俺は構うことなく想いを言葉にしてゆく……。

「俺が傍にいてほしいって、言ってんだから傍にいろっ! わがままに付き合わせた……って、いうのなら……今度は俺のわがままに付き合ってくれてもいいだろ?」

「……っ……」

「……そうは思わないか……高野」

「……駿……くん……」

「なずな、好きですっ! 俺と付き合って下さいっ‼」

俺はこれまで高野が俺に告白する度にずっと言い続けていた言葉を同じように紡ぎ、想いを伝えた。

「……駿くん……」

コクッ…と、小さく高野が頷くと……俺は腕をのばして高野を抱きしめた……。

「これからもずっと……なずなの傍にいる……」

高野を抱きしめる腕に力を込めたーー……。