私が謝罪をするまでは絶対に、逃さないという雰囲気。
でも、謝りたくはない。だってみんなが今私を非難しているのは、「あやみがスタッフの男子にしつこく迫っていたという事実があった方が面白いから」だ。
「謝れよ!」
「……!」
体育会系の大柄な男子が声を張り上げて、身体がすくむ。
私はとっさに顔をあげて、リカの顔を見た。リカは口もとをほころばせ、目をギラギラさせながらこちらを見ている。それが分かった時、
ぽきりと、心の中で張り詰めていた、何かが折れた感覚があった。
──もう、このカフェをやめたい。
みんなもそれを望んでいるから、この場が作られたのだろうと思う。
まずは、この場所から解放されたい。そのためには、認めるしかないと思った。
そうすればきっとみんな、とりあえずは許してくれるはず──。
「あの、えっと……」
必死に謝罪の言葉を言おうとした、その時だった。
「あやみ、いつまで待たせるんだ」
昼前にテラス席で聞いたのと同じ、冷静な声音。
顔を上げると、私の後ろに佐倉が立っていた。
「……え」
「今日は一緒に帰る約束をしてただろ」
佐倉以外のみんなが唖然としていた。「どういうこと……?」と戸惑う声が聞こえたけれど、そんなの私が聞きたいくらいだ。
それでも思ったのは、誰かの嘘に乗るのであれば、佐倉のついている嘘に乗る方が断然良いということ。
だから、覚悟を決める。
「……うん! ごめんね待たせちゃって」
声が震える。乗ってきた私に、佐倉は視線で頷いてから顔を上げ、前方を見渡した。
「皆さん、通路に立ち止まってどうされたんですか?」
「……」
表情、視線、姿勢、声色。佐倉のそれは平然としていて、品があった。それだけに、すべてを見透かす迫力のようなものがあって、みんなが息を飲んでいる。
優也先輩の方をうかがうと、先輩は目を見開いて、口をパクパクさせている。それが見ていられなくて、私はリカに視線を移した。
リカは眉間に皺をよせ、きゅっと口もとを引き結んでいる。怒っているのは明らかだった。
佐倉が背中を押してきて、通用口の方へと身体の向きを変えられた。
「用事がないのなら、僕とあやみはお先に失礼します。急いでいますので」
そのまま背中を押されて、佐倉と一緒に退出する流れになった。
「ちょ、なんなの? 話と違うじゃん──!」
後ろで、何かを非難するような声が聞こえたけれど、私たちは振り返らずにその場を後にして、通用口を出る。
背中を押していた手が離れると、どっと息が漏れた。そのまま歩きながら、私は何度も深呼吸をして息を整えた。
外気が額に触れるとひんやりして、自分が汗をかいていたのだと初めて気が付く。
二人で無言のまま、駅の反対方向へ歩いた。曲がり角をさらに反対へ曲がったところで。立ち止まる。
「……あの。ありがとうございます」
「別に。ああいうのは、こっちも困るので」
「……?」
どことなく含みのある言い方。しかも外で見る佐倉は、お客様の前に出ている時とは雰囲気が違っていて、はっきり言って態度が悪そうだった。
まだ少し、心臓がバクバクしている。助けてくれたお礼をしなければ、という考えが頭をよぎったものの、心がざわついてどうしたらいいかわからなかった。
「本当に、ありがとうございました。お礼はまた後日、必ずさせていただきますので……! 失礼します」
そう言って、最寄りとは違う駅かバス停から帰ろうと歩き出したら、腕をつかまれた。
「え」
びっくりして振り返ると、佐倉が無表情でこちらを見下ろしていて、淡々と言った。
「礼なら今お願いします」
「えええ……⁉」
この発言は、意外が過ぎた。帰ろうとしている相手を引き留めてまでお礼を求めるようなタイプには見えなかったのに。
「……お礼を今、と仰いますと、えーと……」
「こちらにも事情があって。すみません」
そばを通り過ぎる若い女子たちが、佐倉へ熱いまなざしを送っている。そうした視線に動じる素振りもなく、ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出すと、佐倉は言った。
「電話番号、教えて。SNSのIDがあればそっちも」
「? ……はい?」
どうして私なんかの連絡先を?
でもとりあえず、スマートフォンを操作して画面を見せると、佐倉は私の画面を確認して、すぐに着信を寄越した。
「俺の連絡先。登録しておいて、とりあえず」
「はい」
不可解とは、まさにこのこと。
だって、引き留めてまで私の連絡先を聞いた理由がよくわからない。
親交を深めたいだとか同僚として連絡を取りたい、という目的なのかもしれないけれど、それにして彼の態度はあまりにも無機質で、事務的で、雑だ。
「あの。どうして助けてくれたんですか」
思わず訊ねると、スマートフォンをジャケットの内側にしまった佐倉が顔を上げる。
そして、ここに至ってはまったくそうは思っていなさそうな表情で、こう言ったのだった。
「俺が、きみを囲いたいから」
でも、謝りたくはない。だってみんなが今私を非難しているのは、「あやみがスタッフの男子にしつこく迫っていたという事実があった方が面白いから」だ。
「謝れよ!」
「……!」
体育会系の大柄な男子が声を張り上げて、身体がすくむ。
私はとっさに顔をあげて、リカの顔を見た。リカは口もとをほころばせ、目をギラギラさせながらこちらを見ている。それが分かった時、
ぽきりと、心の中で張り詰めていた、何かが折れた感覚があった。
──もう、このカフェをやめたい。
みんなもそれを望んでいるから、この場が作られたのだろうと思う。
まずは、この場所から解放されたい。そのためには、認めるしかないと思った。
そうすればきっとみんな、とりあえずは許してくれるはず──。
「あの、えっと……」
必死に謝罪の言葉を言おうとした、その時だった。
「あやみ、いつまで待たせるんだ」
昼前にテラス席で聞いたのと同じ、冷静な声音。
顔を上げると、私の後ろに佐倉が立っていた。
「……え」
「今日は一緒に帰る約束をしてただろ」
佐倉以外のみんなが唖然としていた。「どういうこと……?」と戸惑う声が聞こえたけれど、そんなの私が聞きたいくらいだ。
それでも思ったのは、誰かの嘘に乗るのであれば、佐倉のついている嘘に乗る方が断然良いということ。
だから、覚悟を決める。
「……うん! ごめんね待たせちゃって」
声が震える。乗ってきた私に、佐倉は視線で頷いてから顔を上げ、前方を見渡した。
「皆さん、通路に立ち止まってどうされたんですか?」
「……」
表情、視線、姿勢、声色。佐倉のそれは平然としていて、品があった。それだけに、すべてを見透かす迫力のようなものがあって、みんなが息を飲んでいる。
優也先輩の方をうかがうと、先輩は目を見開いて、口をパクパクさせている。それが見ていられなくて、私はリカに視線を移した。
リカは眉間に皺をよせ、きゅっと口もとを引き結んでいる。怒っているのは明らかだった。
佐倉が背中を押してきて、通用口の方へと身体の向きを変えられた。
「用事がないのなら、僕とあやみはお先に失礼します。急いでいますので」
そのまま背中を押されて、佐倉と一緒に退出する流れになった。
「ちょ、なんなの? 話と違うじゃん──!」
後ろで、何かを非難するような声が聞こえたけれど、私たちは振り返らずにその場を後にして、通用口を出る。
背中を押していた手が離れると、どっと息が漏れた。そのまま歩きながら、私は何度も深呼吸をして息を整えた。
外気が額に触れるとひんやりして、自分が汗をかいていたのだと初めて気が付く。
二人で無言のまま、駅の反対方向へ歩いた。曲がり角をさらに反対へ曲がったところで。立ち止まる。
「……あの。ありがとうございます」
「別に。ああいうのは、こっちも困るので」
「……?」
どことなく含みのある言い方。しかも外で見る佐倉は、お客様の前に出ている時とは雰囲気が違っていて、はっきり言って態度が悪そうだった。
まだ少し、心臓がバクバクしている。助けてくれたお礼をしなければ、という考えが頭をよぎったものの、心がざわついてどうしたらいいかわからなかった。
「本当に、ありがとうございました。お礼はまた後日、必ずさせていただきますので……! 失礼します」
そう言って、最寄りとは違う駅かバス停から帰ろうと歩き出したら、腕をつかまれた。
「え」
びっくりして振り返ると、佐倉が無表情でこちらを見下ろしていて、淡々と言った。
「礼なら今お願いします」
「えええ……⁉」
この発言は、意外が過ぎた。帰ろうとしている相手を引き留めてまでお礼を求めるようなタイプには見えなかったのに。
「……お礼を今、と仰いますと、えーと……」
「こちらにも事情があって。すみません」
そばを通り過ぎる若い女子たちが、佐倉へ熱いまなざしを送っている。そうした視線に動じる素振りもなく、ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出すと、佐倉は言った。
「電話番号、教えて。SNSのIDがあればそっちも」
「? ……はい?」
どうして私なんかの連絡先を?
でもとりあえず、スマートフォンを操作して画面を見せると、佐倉は私の画面を確認して、すぐに着信を寄越した。
「俺の連絡先。登録しておいて、とりあえず」
「はい」
不可解とは、まさにこのこと。
だって、引き留めてまで私の連絡先を聞いた理由がよくわからない。
親交を深めたいだとか同僚として連絡を取りたい、という目的なのかもしれないけれど、それにして彼の態度はあまりにも無機質で、事務的で、雑だ。
「あの。どうして助けてくれたんですか」
思わず訊ねると、スマートフォンをジャケットの内側にしまった佐倉が顔を上げる。
そして、ここに至ってはまったくそうは思っていなさそうな表情で、こう言ったのだった。
「俺が、きみを囲いたいから」