怪盗とサファイア

まるで悪夢だ。

私はその夜、パパラチアサファイアを盗もうとした。理由は言うならば『後ろめたさを消したかった』。パパラチアサファイアが手に入ればこの後ろめたさは無くなると思っていた。結果、私は全てを失うことになった。
「君なんかオレの家族じゃない」
そういって笑って私を突き飛ばしたトム。
「…あんな優しい顔で言わないでよ…。」
本心じゃない。でも、あそこまでされたら逃げないわけにはいかなかった。トムは私を逃すためだけに追いかけてきてくれたんだ。走りすぎてボロボロになった足を引きずる。どこに行こう。ティミーにはもう顔向けできない。馬車の音がする。このまま馬車の前に飛び出してしまおうか。ふらっと道の方に出ると、馬車が急に止まり、乗っていた人物が降りてくる。
「ヒーロー!」
降りてきたのは、帽子の貴婦人だった。
「どうしたの?あなたといた男の子は?」
トムのことを聞かれた瞬間に涙がボロボロと出てきた。嗚咽まじりに今夜のことを話す。
「そう…。あの屋敷、良くない噂はよく聞くわ。」
貴婦人は私がドロドロに汚れていることを気にせず、ぎゅっと抱きしめてきた。
「でもあの男の子があなたを守ってくれたのね。ね、ヒーロー、行くところがないなら私のところに来ない?メイドが1人結婚して辞めるのよ。うちで働かない?」
「でも…」
「住み込みで。ちゃんとお給料も出るし、悪い条件ではないと思うわ。」
「私に生きる価値なんて…」
「ヒーロー。あなたを助けてくれた男の子に失礼よ。」
貴婦人が少し怒った顔をする。
「賢くなりなさい。ヒーロー。大丈夫よ。残念なことにこの国は罪人とされる人間が山ほどいるわ。あなたを助けた男の子は捕えられはするでしょうけど、すぐに罰せられることはないでしょうね。3年は処刑待ちよ。私のところには貴族がよく訪ねてくるわ。縁を作りなさい。情報を得なさい。あなたが出来ることを考えるのよ。」
貴婦人は私をまっすぐ見てそう言った。
「トムを…助けることが出来るの…?」
「あなた次第よ。」
「あの…私をメイドとして雇ってください!」
貴婦人は微笑んだ。
「よろしくね。えっと…」
「サフィーと言います。」
「サフィー…いい名前ね。あなたにあってて素敵だわ。私のことはベリルって呼んで。」
「はい!ベリルさん!」
ベリルさんはハンカチを取り出して、涙と泥でぐしゃぐしゃの私の顔を拭いてくれた。

私はその日から必死に働いた。これまでまともな仕事をしたことがない私だったけれど、お洗濯は他のメイドもよく褒めてくれた。毎晩、文字の勉強をして、字を覚えた。本を読み、処刑される予定だった人間が解放された例についても調べ上げる。ただ、この国は腐っていて、解放された人間は金持ちの貴族だったり、著名な人物だったりしたので、情報としてはあまり役に立ちそうにない。そうこうしているうちに風の噂でトムの処刑日が決まったと聞いた。その噂によると、やはりあの夜にトムは捕まり、国の牢屋に入れられたらしい。怪盗行為と貴族の侮辱、それが彼の罪とされている。処刑はベリルさんが言っていた通り3年ほど待つらしい。

そして、ベリルさんに拾われ1年経ったころ、私はある計画を立て始めた。