とある日、国の城に予告状が届く。
『俺のファントムを次の満月の夜に返してもらう。T。』
警備隊が予告状を見て首を傾げる。
「ファントムってファントムクォーツか?うちの城の宝石の中にあったか?」
「Tって?心当たりあるか?」
ガヤガヤと警備隊たちは騒つく。
「そういや、うちの牢屋に怪盗行為で捕まったやついたよな?」
「「「………」」」
警備隊が静まり返る。そういえば処刑が近い罪人の中にいたような…?と考える。
「つまり、牢屋から罪人を助けるということか。ハッ、馬鹿馬鹿しい。城にある牢屋だぞ?」
「警戒はしておけ。警備を厳重にするんだ。」
「国民も知っているらしい。怪盗を正義とするようなやつもいるだろうから片っ端から引っ捕らえとけ。」
警備隊長が指示をする。
「次の満月は3日後、万全の体制にしておけ。」

「怪盗がでるらしい。」
「なんでも城から奪うらしいぜ!」
「見に行こう。城から奪い出せるか否か、賭けようぜ!」
城の警備隊が警戒する中、国はお祭り騒ぎだ。どこから流れた噂なのか怪盗の話に心を躍らせる者が沢山いる。

3日後、この国を揺るがす事件が起きた。それは全てを暴いてしまいそうな輝きを放つ月明かりの夜。
「あそこ!人立ってない?」
「え?お城の時計台だよね?」
時計の針とは違う人影。
「あれ!話題になってた怪盗じゃないか⁈」
人影は大きく息を吸い込むと叫ぶ。
「俺らのファントムは返してもらう!」
少年のような青年のような、若い男の声が響く。
「あいつがTとやらか!目立つ場所に立って馬鹿にしやがって!捕えろ!」
「はっ!」
警備隊が走る。この腐った国の国王は気が弱く、気の強い貴族たちに操られているも同然の人物だ。オロオロと警備隊の動きを自室から見ている。城内がバタつく。警備隊はここで怪盗を逃すと国民に何を言われるか分からない。意地でも捕まえなければと1人の怪盗を追う。怪盗Tは時計台から軽やかに移動し、屋根を走ったと思ったら城内で大人数の警備隊を挑発しながら逃げる。その姿はまるでスキップでもしてるかのようだ。やがて、城の高台に怪盗は追い込まれた。国王や国民がハラハラドキドキ様々な感情で見守る。月夜に照らされて表情が見えないはずの怪盗がニヤリと笑った。全員が息を呑む。まるで時間が止まったかのようだった。怪盗が叫んだ。
「怪盗が消えるこの国に幸あれ!」
次の瞬間、怪盗が両手を広げ、城のそばに流れる川に背中から飛び込んだ。踊るように楽しげに落ちていく姿に国民が悲鳴をあげる。警備隊も流石に高台から追いかけるわけにいかず川をのぞきこむ。しかし、国民全員で夢を見ていたかのように、そこに怪盗の姿はなかった。

怪盗が消える幾分か前。
城のすぐそばに彼女はいた。月夜に照らされる青はブルーサファイアそのものだ。貴族しか知らされていないお忍びに使う入り口、警備が薄いとはいえ、無いわけではない。
「ご苦労。交代の時間だ。」
お互いに敬礼して、警備隊が入れ替わる。入れ替わり、警備体制になった男に貴婦人が話しかける。そして彼女に向かって手招きをした。
「サフィー。」
「ベリルさん。」
ベリル貴婦人に駆け寄るサフィー。そして警備の男にお辞儀をする。
「彼、私の甥っ子なの。」
ベリル貴婦人が微笑む。警備の男であるベリル貴婦人の甥っ子がサフィーに軽くお辞儀をした。
「以前、叔母にプレゼントした帽子を取り戻してくれたそうだね。ありがとう。今夜、力になれそうで良かった。」
男はハンサムな顔で少年のように微笑んだ。
「こんな…危ないことに力を貸してくれてありがとうございます。」
「いや、この国は変わらなければならない。警備隊も今は腐った貴族のいいなりだが、僕はこの国を変えたい。いつか警備隊長になって、この国を正さなくてはいけないんだ。」
男は城を振り返る。そして、サフィーに向き直った。
「さぁ、行って。君の正義を取り戻すんだ。」
サフィーはベリル貴婦人を見る。貴婦人はまっすぐサフィーを見た。
「ベリルさん、お世話になりました。私の一生をかけてもお礼しきれない…何も返せていないのに離れることになってすみません…」
「ねぇ、ヒーロー。よく聞いて。」
ベリル貴婦人が懐かしい愛称でサフィーを呼ぶ。
「あなたはとても勇敢だわ。初めて会った時から今まで、ずっとよ。私、嬉しいの。あなたの人生に関われて。何も返せていないなんて言わないで。私は勇気をもらったわ。」
ベリル貴婦人が力一杯サフィーを抱きしめる。サフィーもベリル貴婦人を抱きしめ返した。貴婦人の上品な香りが鼻をくすぐった。
「私、甥っ子の手伝いをするのよ。この国を変えるの。この国は素敵になるわ。あなたと同じスラム出身の子たちだって、うんと幸せになれる国にするの。」
ベリル貴婦人の目には強い光がさしていた。
「あなたのおかげでこれまで目も向けていなかったことに気づけたのよ。ありがとう。」
ベリル貴婦人はサフィーの背中を押す。
「さぁ、行って!彼が待ってるわ!」
「ありがとう!あなたたちの作る国に幸せがありますように!」
警備の男が開けてくれた扉をサフィーが飛び込み、城の中へ走る。
「2人の怪盗に最高のハッピーエンドを。…いや、彼もいるわね。」
走るサフィーの背中にベリル貴婦人はつぶやき、微笑んだ。