その日、私はいつもと変わらず家事をして、洗濯物を見ながらティミーと話していた。
「だからさ、トムは少し頼りないところがあるからさ、俺が怪盗の相棒になってフォローしてあげなきゃいけないわけ。」
ティミーの話で私とトムが会った日のことを思い出した。鍵のピッキングができなかったんだっけ。あの時のトムの様子を思い出して、くすくす笑う。
「なんだよ、サフィー。なんかおかしいかよ。」
ティミーが自分の話を笑われたと思って、むっとする。
「違うの。確かにトムにはそういうところがあるなって。」
「だろ?良いやつだけど、怪盗だとバレないように俺が誤魔化すことだってあるんだ!今は大したことは出来ないけど、俺が大きくなって相棒になったら、もっと色々手伝うんだ!」
こっち来いよ、とティミーが家の棚の前に私を呼ぶ。ティミーが棚の扉を開くのではなく、扉の一部をスライドさせると薄い箱が出てきた。
「なにこれ?」
「トムの隠し扉。ここに情報を書いた紙を入れてるんだ。」
「開けていいの?」
「俺もたまにいい情報あったらここに入れておくんだよ。」
ティミーが箱をひっくり返すと紙や小物がパラパラと出てきたので整え直す。あ、これピッキングの針金だ。ティミーが説明しながら1枚1枚を見せてくる。
「これは西の屋敷の宝石を盗んだときので…こっちのアクセサリーの持ち主はすごく嫌なやつだった!トムは自慢のアクセサリーを盗んだらしいんだけど、宝石も金も偽物だったらしいぜ!」
ケラケラ笑いながらティミーは言った。話を聞きながら1枚の紙を手に取る。
「これって…?」
書かれていたのは見覚えのある屋敷の絵だった。
「それはな〜そこの屋敷も嫌な貴族でさ!屋敷が広いから取るものがどこにあるか調べるのも大変で。トム、一生懸命ピッキング練習してた!」
屋敷の部屋の位置が書いてある紙を見るとベランダのある部屋に丸がついていて文字が書いてある。
「ここ…」
「『パパラチアサファイア』って書いてあるな!ってことはこのときの予告状の下書きはこれだな。」
予告状の下書き。そんなもの置いておいて大丈夫だろうか…。トムの詰めの甘さに不安になった。その下書きを見るとティミーが読み上げる。
「『最も美しいサファイアをいただきます』だってさ。」
もう一度、パパラチアサファイアと書いてある紙を見る。
「ティミーは『パパラチアサファイア』ってどんなものか知ってるの?」
「ん?この屋敷のこと調べたときに聞いたことはあるよ。普通のサファイアってブルーのイメージだけど、これはピンクとオレンジの間みたいな色の稀少なものらしくってここの屋敷の主人はしょっちゅう自慢してるらしいぜ。」
見覚えのある屋敷。嫌な貴族。ベランダのある部屋。稀少なパパラチアサファイアを盗むつもりだったトム。そこにいた私。私の名前は『サフィー』。
頭の中がぱちぱちと弾けたような感じがしてクラクラする。ティミーが私の顔を覗き込んだ。
「サフィー?大丈夫か?汗かいてる。」
洗濯したばかりの布を取ってきて、私の汗ばむ顔を拭ってくれた。
「ありがとう。いっぱい文字見て疲れちゃっただけ。」
ティミーは家族との約束があるようでその日はトムを待たずに早めに帰った。家が静まり返る。
『トムはあの夜、パパラチアサファイアを盗む予定だった』
初めて知った事実が頭をぐるぐる回る。明日生きることができるか分からないようなスラム街。トムの怪盗としての利益はどれほどの人を救っていただろう。多くの人を助けたかもしれないパパラチアサファイア。たった1人、私を助けるために諦めたサファイアの代わりに私は『サフィー』と名付けられたのだろうか。
色んな憶測が浮かんで汗が滲んでくる。落ち着くためにコップに水を入れる。そこには、美しく輝くパパラチアサファイアには到底敵わない暗いブルーの瞳が映っていた。