天気も良く、仕事もない日。オレはサフィーと出掛けることにした。普段は家事をして家を離れることがないサフィーの気分転換になればいいんだけど。出掛けるといっても近くをうろつくぐらいになる、と言ったのだが、サフィーはご機嫌だった。この間ティミーと喧嘩をしてから彼女は感情が豊かになった気がする。喧嘩をしていたときは本当にどうしようかと思ったけど、人と本気で喧嘩するということが彼女にいい影響をもたらしたのかもしれない。
準備が出来たらしいサフィーが来た。いつもより丁寧に手櫛をしたらしい髪がサラリと揺れる。
「じゃあ、行こうか。」
嬉しそうにうなずくサフィーの頬はふんわりピンクだった。
「ティミーったらね、私とどっちが早く洗濯物を干せるか戦おうって言ったのよ。そしたら焦りすぎてシーツが体に巻きついちゃってね…!」
サフィーは笑いながらオレに話す。喧嘩をしたあの日以降もティミーはよく家に来ている。たまにサフィーと言い合いをしているが、お互いを本気では傷つけない、まるで姉弟のような言い合いだ。歩きながら話を聞いているとサフィーが急に止まった。
「サフィー?」
「花が咲いてる…?」
サフィーが上の方を指さす。少し遠くにある木の上の方に薄いピンクが見える。
「花ではないと思うなぁ。」
2人で木の近くに行く。すると木の下には上品そうな女性がいた。困った顔で上を見ている。
「こんにちは。あの…どうかされましたか?えぇ〜と…マダム?」
おそらく上流貴族の女性だと思ったので、なるべく丁寧な言葉で話しかける。
「…あら、こんにちは。お嬢さんもこんにちは。」
オレの後ろにいるサフィーもお辞儀をする。
「木の上に何か?」
「えぇ…帽子が飛ばされてしまって…追いかけてきたけど木に引っかかってしまっていて…大切な人からの贈り物なのに…」
眉を下げて悲しそうな顔をする。女性は取ろうと努力したのだろうドレスの裾が汚れていた。
「花…帽子だったの?」
サフィーがオレに聞く。うなずいて上をもう一度見た。遠目に見たとき、かなり上の方に引っかかっていたようだったからオレが登って取ってくるのも難しい。幹は太くて登りにくそうだし、帽子が引っかかっているところは枝が細くなっていて折れそうだ。
「トム。木に手をついてくれる?」
「ん?こう?」
サフィーに言われるがまま、木の幹に手をつく。
「えっ!サフィー⁉︎」
サフィーがオレの肩に飛び乗って、木が枝分かれしているところに腕を伸ばす。オレが驚いて固まっているうちに軽々と上に上に登って行った。あっという間に帽子の近くに行くとサフィーが乗っている枝が揺れた。オレと一緒に木の下にいる貴婦人が小さく悲鳴をあげる。サフィーは咄嗟に動きを止めて枝の揺れが小さくなるのを待った。そして揺れが止まってから、帽子を手に取る。帽子が無事なことを知らせるようにオレたちに見せてから慎重に降りてきた。枝分かれしたところまでくるとオレはサフィーに向かって腕を広げた。サフィーは迷うことなくオレに飛びつく。
「サフィー!君ってこんなに動けたんだね!」
ふふふ、とサフィーが笑いながら、オレに帽子を差し出した。
「これは君があの人のために取ってきたんだろう?君が渡すべきだよ。」
ほら、と貴婦人の前に行くように背中を押す。
「あの…これ…」
サフィーがおそるおそる貴婦人に帽子を差し出す。貴婦人は少し屈んでサフィーから帽子を受け取り、思いっきりサフィーを抱きしめた。
「ありがとう!小さなヒーロー!この帽子、とても大切なものなの!何かお礼がしたいわ…えっと、やだ、私、今日はこれしか持ち歩いてないの。もらってくれる?」
貴婦人がサフィーにペンダントを渡す。
「気に入らなかったら売ってお金にでもして!」
「いや、これは流石に…高価なものですよね…?」
オレは保護者として断ろうとすると、貴婦人が手で制する。
「いいえ、この帽子の大切さと比べたらなんでもないくらいなの。本当にありがとう。ねぇ、小さなヒーロー。何か困ったことがあったら、私、絶対あなたの力になるから。」
貴婦人はサフィーの額にお礼のキスをした。

貴婦人と別れた後、サフィーはペンダントを差し出してきた。
「トム。これもらって?」
オレはサフィーにペンダントを握らせる。
「それは君があの人に優しくしたからもらったんだ。いざという時まで身につけておいたらどうかな?スラムだと目立つかもしれないから服の中には隠しておくんだよ。」
「うん…!」
サフィーはお礼をされたのが初めてだったのだろう。少し照れくさそうにペンダントをじっと見つめていた。
「ね、サフィー?」
「なあに、トム?」
「君があんなに軽々と木に登れるなんて初めて知ったよ。」
「私も私があんな高い木に登れるなんて初めて知ったわ!」
「今日は無事だったから良かったけど、怪我をするんじゃないかと思ってヒヤヒヤした。あんまり心配させないで?君はオレの家族なんだから。」
「えっと…ごめんなさい?」
「でも君が優しい子であることを誇りに思うよ。」
ぎゅっとサフィーを抱きしめる。サフィーもオレの背中に手をまわした。

家に帰るとティミーが待っていた。オレはその日のサフィーの勇敢で優しい行動をティミーに身振り手振りを交えながら話して「親馬鹿じゃん。」と言われるのだった。