とある国。
チューベローズの花の香りが濃くなる時刻。

私は名前も分からない貴族の屋敷の部屋にいた。
幼い頃から身寄りもなく、スラム街で育ち、15歳になった頃に怪しげな人たちに無理矢理連れ去られた。そして奴隷として売り買いされ、気づいたらこの屋敷にいた。
屋敷のメイドたちが用意した、綺麗だけど布地の少ない服を着せられ、主人の部屋に入れられる。ここの主人はふくよかと言えば聞こえはいいが、卑しくぶくぶくと太った男だ。自分の着せられた服を見て、自分が今からどうされるのかが分かった。自分の身を捧げる相手さえ選べないなんて。こんな国、どうにかなってしまえばいいのに。国に恨みさえ抱いたがどうにもならない。いっそ、身投げをしようか。そう思い、分厚いカーテンを開けた。

窓の外にマントをした怪しいタキシードの男がいる。

怪しい男は「いや…こんな頑丈な…?窓割るのって結構音でるよね…やばいかな…ピッキングの練習したんだけど…」と、こちらがカーテンを開けて見ていることに気づく様子もなくブツブツと独り言を続ける。流石に見てられなくてコツコツと窓を叩いてみた。
「えっ⁈あっ、屋敷の人⁉︎………じゃないな?」
男はこちらの音に気づいて驚くが、私を見て近づいてきた。
「君はここの奥さん?メイドではないよね、それにしてはちょっと服が…」
首を振る。すると男は眉を顰めた。
「君は最近買われた?」
これにはうなずく。すると男は怒ったような泣きそうなような顔をした。そして、窓越しの私には聞こえない小さい声で何かつぶやいた。そのあとニコリと笑って、私を見る。
「ね、ここのさ、鍵開けてくれない?そこの引き出しに隠してある鍵でさ…」
男に言われた通りに引き出しから鍵を出し、窓を開ける。すると男はマントをふわりとなびかせ、部屋に入ってきた。
「ありがとう!助かったよ〜ピッキングの練習が足りなかったかな〜?」
ぐちゃぐちゃに曲がった針金をポケットに仕舞いながら、お礼を言う。
「あなたは……泥棒?」
「泥棒とは失礼な!オレに泥棒なんて呼び方は似合わない‼︎怪盗だよ、怪盗!」
男は「ほら!」と言ってマントを見せる。
「ところで何を盗みに?」
誤魔化すように私が聞くと、こほん、と男が改まる。
「オレは君を盗みにきた!」
「……私を?」
「そう!」
男は私の手をとる。
「今から君はオレに盗まれるんだ!予告状も出しているから、これは絶対!」
手を引かれ、部屋からでる。月の光が私の目にキラキラと入る。男が私を見て、バサバサとタキシードを漁る。
「あ!そうそう!え〜と…これ!」
男は部屋にカードを投げ入れ、満足そうに頷いた後、私をそのまま連れ出した。

そのカードに何が書いてあったのか、私は知らない。