9
夕梨がいなくなったからだろうか。それとも俺の寿命もそろそろなのだろうか。
静かになった病室の枕で、夢なのか現実なのかわからない夢を見る。
華やかで、それでも抑え目なふんわりとした香り。
さらりとした長い黒髪に、朗らかな優しい声。
────目の前に夕梨がいた。
「ゆ…う……り……?」
「あはは……。思ったより早く会っちゃったね」
彼女の声だ。夕梨の声だ。俺の大好きな人の声だ。
「悔やむことはあんまりなかったと思うけど、やっぱり最後に君に会えなかったのが残念だったのかなあ? だからこーんな夢に出てきちゃったりして。枕元に立つ彼女って思うと少し怖いかも。そういえば、伊沢くん知ってる? 結婚してないと死に目に会えないんだってさ。うちら高校生なのに結婚できるわけないじゃんってねー」
豆知識を添えながらおどける姿も、生前と変わらない。
本当に、生きた夕梨がそこにいる。
「らしい、な」
「ま、そういうわけで次はせめて結婚できる年齢まで生きよ! 偶然や運命って割とあるんだよ。私たちが会えたみたいにね。きっと、0よりは1の方が報われる。私たちを繋げてくれるものは、もう世の中に遺ってる。まあしばらく会えなくても、大丈夫。君が見つけられなくても私から探しにいくしね!」
これが夢だとしても構わなかった。
ただ夕梨とこうしてまた話せることが嬉しくて、たまらない。
「……なあ夕梨、好きだ」
「……うん。私も大好きだよ和樹のこと。ていうか、じゃなかったらここまでして会いに来ないよ~」
精一杯の笑顔でおどけてみせているが、それがからげんきなのは見てすぐにわかった。
顔を隠すように、夕梨はぎゅっと俺の身体を抱きしめる。その声は震えていた。
「……暖かいね」
「うん……暖かい」
正直、寒いか暖かいかもわからない。
でも体温はなくても繋がっている。
こうしているだけで、心が満たされていく。
愛する人からの抱擁。人の温かみ。
それを目いっぱい感じることが出来た。
「話せて嬉しい」
「……俺も話せてよかった」
「ふふ、最後まで一緒の気持ちだね」
俺は夕梨を強く抱きしめる。
こんなにぴったりで、大好きな人はこの世に夕梨しかいない。
「本当にこれが最後……かあ……」
「最後……?」
夕梨が寂しそうな表情をちらりと見せた。ような気がした。
抱きしめていた腕を離し、どこか去って行こうとする夕梨の手を掴む。
「やだ、いやだ。俺も連れて行ってくれ……」
「……だめだよ、君は少しでも長く生きなきゃ」
「どうせ生きられたとしても年は越せないんだ。なら、俺は夕梨と一緒に行きたい」
必死で夕梨を引き留める。
「……いっしょにいく?」
「……もう離れるのは嫌なんだ」
「しょうがないなあ。じゃあ寂しくないように手を握ってこ?……二度と離れないようにね。ぎゅーって」
彼女の手の暖かさは……わからない。
でもこの感触を離してしまったら。二度と会えない。そんな気がして、固く握り返す。
彼女とだったら、どこまでもいけるような気がするから。
彼女と同じ道へ一歩、歩き出す。
───ぷつりと遠くの方で自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
でもそれでよかった。
彼女に出会えたことが俺にとって、とても大切な出会いだった。
だから俺は目を閉じてそのまま、その夢に微睡むことにした。
夕梨がいなくなったからだろうか。それとも俺の寿命もそろそろなのだろうか。
静かになった病室の枕で、夢なのか現実なのかわからない夢を見る。
華やかで、それでも抑え目なふんわりとした香り。
さらりとした長い黒髪に、朗らかな優しい声。
────目の前に夕梨がいた。
「ゆ…う……り……?」
「あはは……。思ったより早く会っちゃったね」
彼女の声だ。夕梨の声だ。俺の大好きな人の声だ。
「悔やむことはあんまりなかったと思うけど、やっぱり最後に君に会えなかったのが残念だったのかなあ? だからこーんな夢に出てきちゃったりして。枕元に立つ彼女って思うと少し怖いかも。そういえば、伊沢くん知ってる? 結婚してないと死に目に会えないんだってさ。うちら高校生なのに結婚できるわけないじゃんってねー」
豆知識を添えながらおどける姿も、生前と変わらない。
本当に、生きた夕梨がそこにいる。
「らしい、な」
「ま、そういうわけで次はせめて結婚できる年齢まで生きよ! 偶然や運命って割とあるんだよ。私たちが会えたみたいにね。きっと、0よりは1の方が報われる。私たちを繋げてくれるものは、もう世の中に遺ってる。まあしばらく会えなくても、大丈夫。君が見つけられなくても私から探しにいくしね!」
これが夢だとしても構わなかった。
ただ夕梨とこうしてまた話せることが嬉しくて、たまらない。
「……なあ夕梨、好きだ」
「……うん。私も大好きだよ和樹のこと。ていうか、じゃなかったらここまでして会いに来ないよ~」
精一杯の笑顔でおどけてみせているが、それがからげんきなのは見てすぐにわかった。
顔を隠すように、夕梨はぎゅっと俺の身体を抱きしめる。その声は震えていた。
「……暖かいね」
「うん……暖かい」
正直、寒いか暖かいかもわからない。
でも体温はなくても繋がっている。
こうしているだけで、心が満たされていく。
愛する人からの抱擁。人の温かみ。
それを目いっぱい感じることが出来た。
「話せて嬉しい」
「……俺も話せてよかった」
「ふふ、最後まで一緒の気持ちだね」
俺は夕梨を強く抱きしめる。
こんなにぴったりで、大好きな人はこの世に夕梨しかいない。
「本当にこれが最後……かあ……」
「最後……?」
夕梨が寂しそうな表情をちらりと見せた。ような気がした。
抱きしめていた腕を離し、どこか去って行こうとする夕梨の手を掴む。
「やだ、いやだ。俺も連れて行ってくれ……」
「……だめだよ、君は少しでも長く生きなきゃ」
「どうせ生きられたとしても年は越せないんだ。なら、俺は夕梨と一緒に行きたい」
必死で夕梨を引き留める。
「……いっしょにいく?」
「……もう離れるのは嫌なんだ」
「しょうがないなあ。じゃあ寂しくないように手を握ってこ?……二度と離れないようにね。ぎゅーって」
彼女の手の暖かさは……わからない。
でもこの感触を離してしまったら。二度と会えない。そんな気がして、固く握り返す。
彼女とだったら、どこまでもいけるような気がするから。
彼女と同じ道へ一歩、歩き出す。
───ぷつりと遠くの方で自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
でもそれでよかった。
彼女に出会えたことが俺にとって、とても大切な出会いだった。
だから俺は目を閉じてそのまま、その夢に微睡むことにした。