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 昨夜何度も推敲した文書を彼女の前に差し出す。
 差し出す、といってもPDFにしたテキストデータなので送信するが正解かもしれない。

「……ふむふむ」

 目の前で自分の書いた文章を読まれている時間というのは何ともこそばゆい。
 文字数こそそこまでないが彼女が笑ったり、あははという息遣いにさえ反応してしまう。

 何より駒場が俺の文章をじっくり読んでくれていることが嬉しかった。
 中身のせいもあるとは思うが、これは一種の長めのラブレターのようなものだからだ。

 駒場は書いてるだけあって読む時間も早いらしい。
 読むのに数分かけたあと、満足そうにうんうんと頷き、こちらを向いた。

「いいじゃーん! ていうか、ほぼノロケじゃないこれ? 伊沢くんってば、私の事好きすぎ」

 にひひ、と照れくさそうに笑う。
 その表情には嫌悪の感情はひとつもなく、むしろ嬉しさや喜びが俺の方にも伝わってくる。俺の大好きな駒場の笑顔だ。俺がこれは恥ずかしいかもと思ったことも、喜んで受け取ってくれる。そういうところが本当に大好きだ。

「い、いいだろ別に……身近なものから書くこともあるって本にも書いてあったし……」
「なるほどなるほど~? じゃあ私も彼女視点で書いちゃおっかな~?」

 書いていくうちに彼女への気持ちが整理されたのもあるだろうか。
 俺は彼女のことが愛おしいとさえ感じていた。

 駒場だけには死んでほしくない。お互い死ぬのはわかっているはずなのに、俺の数少ない寿命をあげられるのなら、彼女の時間にしてほしい……とさえ思うようになっていた。

「なーに?」
「いや、なんでも。楽しそうだなって」
「そう? 私楽しそうにしてる? かわいい?」
「かわいいかわいい」
「むー……なんだよお……」

 ぷくと頬を膨らませる駒場。
 こういうやり取りをいつまでもしていたい。 

「……大丈夫だよ。愛されてるのはすごく伝わってきたし、そんなすぐに逝かないってば」
 
 駒場は心配させまいとまた違う笑顔を見せる。こちらのことを慮っていることが最大限伝わってくる、一枚フィルターがかかったような笑顔。それを見ていると一層心配になってしまう。そんな気持ちが伝わってしまったのだろうか。

 なら、手でも繋ぐ?と言われ、すっと手を出された。

「おて。……なんちゃって」
「わん」
「わっ!んもう、我慢のきかないワンちゃんだなあ」

 出された駒場の手を迷わずすっと握る。
 彼女の手は……まだ暖かい。

「ふふ、私たちラブラブだね?」

 無言で肩を寄せると、体温が伝わっていく。
 それがお互いが生きていることの証拠のように感じられて。

 幸せな時間とは、このことを言うのだろう。
 永遠にこの時間が続けばいいと思った。