「――申し訳ありません晴明様……、それは確かに本当の話です」

 安倍晴明邸宅前にて、若い武者がそう言って申し訳なさそうに晴明に語る。

「むう――、それで……、いまだ犠牲者は増えていると?」
「はい……」

 晴明は眉根を寄せて考え込む。――なぜなら……。

(ふむ――道満は確かに、鬼神を退治したと言った……。しかし、いまだ犠牲者が増えていると?)

 そう――、貴族を狙った吸血による殺害……、その首謀者を退治したはずが、同じ手口の殺害がいまだ続いているのである。
 無論、それを調べるために派遣された兵――”検非違使”や……陰陽師が犠牲になってもいる。
 これはいったい何と――?

「失礼ではありますが――、その……貴方のお弟子さんとは話が出来ないでしょうか?」

 武者はそう言って晴明に真剣な目を向ける。晴明は困った表情で答えた。

「今、道満は寝ておる――、起こしてきてもよいが……」

 そんな事をすれば道満はへそを曲げて何も語らなくなるだろう。晴明は今までの経験で十分理解していた。

「起こして来てもらってよろしいか?」

 当然こうなるだろう――、晴明は小さくため息をついた。
 目の前の武者は――、はっきり言って融通が利かないことで有名である。
 その名を源頼光(みなもとのよりみつ)――、かの平安京最強武装集団”清和源氏武士団”の三代目となる若君なのだ。
 その父である源満仲(みなもとのみつなか)は酒飲み友達ではあるが――、だからこそその息子の気性はよく知っている。

「あとで――お宅に道満を向かわせるのでは――ダメですかね?」
「なるべく早くお話をしたいのですが?」

 ――うん、そうだよね。そう来るよね君なら。
 晴明がそういって困った表情をしていると――、よく聞く声が耳に届いてくる。

「晴明よ――、弟子のへまを隠そうというのか?」
「あ――、これは……」

 さらに困ったことになったと、苦笑いを浮かべる晴明。
 今晴明に声をかけたのは……当然、

「なんともやってくれたな? 晴明――、出来の悪い弟子に仕事を丸投げした挙句に――このザマだとは……」
「これは――、光栄どの……」

 晴明に向かって嘲笑と侮蔑を浮かべた表情をするのは、まさしく自身の師である賀茂保憲(かものやすのり)の息子――、賀茂光栄(かものみつよし)であった。
 彼は晴明にとっては弟弟子に当たる人物だが――、何かと晴明を目の敵にして、いろいろ裏で晴明の悪い噂を広めている者でもある。
 ――なんとも嫌な場面に嫌な人物が――と、晴明は困った表情で頭を掻いた。

「もしや――その弟子とやらは……女鬼に魅入られて――、それを見逃したわけではあるまいな?」
「それは――」

 ――と、不意に晴明の屋敷の奥から足音がする。

「そんな事はありえんな――」
「む……」

 屋敷の奥から誰あろう道満本人が現れ――、そしてそれを源頼光が目を細めて見つめた。

「貴方が?」
「ああ――拙僧(おれ)が蘆屋道満だ……」
「そうですか――」

 頼光はいたって冷静な表情で道満の頭から足を眺める。その目を道満はただ黙って見つめ返した。

「鬼神を退治したというのは?」
「確かだ――、死体もとりあえずは保管してある……、拙僧(おれ)の術式の中ではあるが――」
「保管されていたので?」
「当然だ――、妙な因縁をつけられても困るからな――」

 頼光の質問にすらすらと答える道満は、その口角を上げて笑いながら光栄を睨みつけた。
 光栄は嘲笑を崩さず答える。

「ふん――、それが本当の首謀者なら……なぜ、いまだ犠牲者は増えておるのだ?!」
「知らんな――、拙僧(おれ)は師に言われたとおりに鬼神を退治した……。それからあとは関係ない話だ……」
「関係ないだと?! 犠牲者をも愚弄するつもりか?!」

 光栄はそう言って道満に怒りの目を向ける。道満はそれをつまらないものを見る目で見ながら笑った。

「はは――愚弄ね……、そもそもなぜ前の犠牲者と――、そして今回の犠牲者が同じ、首謀者によるものだと断言するのだ?」
「む?」

 その道満の言葉ににこやかに笑って補足する晴明。

「確かに道満は鬼神を退治してはいます――。ならばその後の犠牲者は、別の鬼神によるものだと考えられるのでは?」
「ははは――何を苦しい言い訳を……見苦しい」
「見苦しいも何も――、なぜ我が弟子の言葉を、頭ごなしに否定なさるので?」
「それは――」

 晴明の言葉に口ごもる光栄。道満はそれに追い打ちをかける。

「貴様は……これまでの犠牲者を出した鬼神が”女鬼”だと知っていた。それは貴様の得意な占術だとかで調べた結果であろう? ならば、それ以降の犠牲者が何者によるものかもわかるハズではないか!」
「ち――」

 道満の言葉に光栄は顔を歪ませる。さらに道満は続ける。

「少なくとも――拙僧(おれ)は……、貴様らが事件が解決していないと言うなら、何度でも出向いてやるさ――」
「もう一度鬼神退治をすると?」
「当然だ――、ここまで疑われて黙っていられるか」

 光栄は目を細めて何かを思案する――、そして……、

「ならば次は――、晴明、貴様が弟子の監督をするのだな……。そうでなけれは貴様の弟子への疑いは無くならぬと思え……」
「はいはい――当然、理解しておりますとも」

 晴明はにこやかに光栄に応じた。
 かくして――再び、連続吸血殺害事件の捜査は再開される。

 ――その先に道満にとっての一つの運命が待つ。


◆◇◆


「まずい――、なんてマズい血だ……。こんなものを喜んで飲む気が知れぬ……」

 闇夜のとある屋敷にて――、麗しい姫君の喉に食いつく男があった。
 その瞳は憎悪に輝き――、その全身からあまりに巨大な妖気を放出している。

「ああ――、早く来い……仇よ――、早く我に気づけ……」

 その男には血を飲む趣味はない。だが――それをせねば、奴らは気づかぬだろう。
 憎悪――、それこそが彼が犠牲者の血を飲む理由――。
 優しかったあの……――、その仇を討つのが自分の使命だと……そう信じて。

「はあ――、今宵も来ぬのか? ならば――、死体はさらに増えよう……」

 闇の中でらんらんと輝く目が笑う。

「すべては貴様のせいだ――、この我をここまでさせたのだからな……」

 その男は今宵の犠牲者の衣をはぎ……、それを身に纏う――。
 そして、闇に向かって小さく吠え声をあげた。

 ――ああ、ここまでの憎悪を抱いて――。
 父上――、私には彼を止める手立てはありません。
 彼の想いは――、茨木童子(いばらきどうじ)の想いは――、

 ――おそらく、誰にも止める権利はない。