「――人間」
門前にて傷と疲労で動けず、目前の相対する二人を見守る千脚大王静寂。そこに栄念法師と、それにつれられて来た姫が現れる。
「アレは――、蘆屋道満殿……か」
「道満様――」
そう二人は呟き――、今まさに睨み合う二人を見つめる。
「――道満殿は……あの傷であの若武者と戦う気なのか?」
「道満様は――、勝つことが出来るのでしょうか?」
そう口々に疑問を語る二人に――、絶望的は表情で静寂は答える。
「あの道満という人間は――、そこそこやる人間らしい――。だが、あの若武者――、源頼光はもはや人外のナニカと言える存在だ――」
「ならば……」
静寂のその答えに悲痛な表情を浮かべる姫に、静寂は深く頷いて――、
「勝てる見込みはあるまい――、そうなればわしらも……」
「静寂様――」
「……すまない。姫――、もはやわしはここまで――、命を懸けても守ると誓ったのに」
「いいえ――」
静寂の後悔に首を横に振ってこたえる姫。その姫に向かって、不意に道満から声がかかった。
「おい――、お前ら……今のうちに、出来るだけこの場を離れろ――。この三つ蛇岳ではない別の場所へと向かうのだ」
「え? それは――」
道満の言葉に困惑の顔をする姫。
「――静寂は、この霊山で生まれた妖魔ゆえに――、ここから離れれば大きく力を失うだろう。でも――、生きていれば何とかなる……、何とかして見せろ!!」
「道満――」
その言葉に驚きの表情を向ける静寂――、しかし、確かにすぐに頷いた。
「わしとしたことが――、この期に及んで何とも情けない姿を姫に晒したものだ。俺は――姫と平和に暮らせるならば――、生まれたこの霊山すら惜しくはない」
その言葉に涙する姫――、そして、
「それでいい――。達者で……平和に静かに暮らせ――、親子……そしてついでにその法師とも――な」
その道満の言葉にその場の三人は小さく笑い――、そして肩を貸し合いながらその場を後にする。道満はその背後を見て――、確かに笑った。
「――どういうつもりです? あんなことを――、私があなたを倒して、すぐに追跡すれば同じでしょう?」
「は――、おいぼっちゃん……。もう拙僧に勝てたつもりか?」
「――力の差は歴然だと――、私は思いますが?」
その頼光の言葉に――、道満はいたって強気の表情で言葉を返す。
「そりゃまた――高い鼻だな。へし折りやすくていいぜ」
「冷静に考えたうえでの話です――、なぜなら……。貴方は我が四天王相手に”傷を得て”いる」
「――」
頼光のその言葉の意味は――、要するに”四天王相手に傷を受ける程度の者”は自分には勝てないという事なのだろう。道満はそれを聞いて――、
「は――」
まさしく鼻で笑った。
「お前は生真面目で正直なのが取り柄だが――、正直すぎて他人の事など構わんと言ったふうだな」
「はあ? 我が四天王たちは――、今のように言われても怒らないですが?」
「――それが、”他人の事など構わん”っという事だと、理解できんようだな」
道満のその不敵な笑いに少しムッとする頼光。その手の刀を構えて断ち切る体勢をとる。
「こうなった以上――、道満殿にも痛い目を見てもらわねばならぬようですね」
「――はは、生意気にぼっちゃんが言ってくれるな」
「私の方が年上ですが?」
静かなにらみ合いは一瞬――、頼光が闇にあって高速で奔った。
「――ふ」
道満はその”直視鳶目の法”を以て、その動きを見極めようとする。頼光の斬撃は空に光線を描き――、そして道満へと向かう。
(――この軌道なら)
道満がその剣線を見極め――、そしてその斬撃を左肩すれすれで通そうとしたとき。その頼光の刀の光線が大きく変化を起こした。
「な!!」
道満の驚きと血しぶきが飛ぶのは同時であった。
「ぐお――」
左腕が深く切られ――、血が絶え間なく流れる。
「ほう――、切られた瞬間にも何とか軌道を反らしましたか」
そう言って静かに笑う頼光。それを見てさすがの道満も顔を歪ませる。
(――なんだ? 今、拙僧の軌道反らしに対応して、頼光がさらに軌道を変化させたように見えた)
道満はそう考えつつ頼光を見る。――その頼光の瞳が妖しく輝く。
(なるほど――、こいつも拙僧と同一……もしくは拙僧以上の異能感覚持ちであったか――。頼光は術師の家系ではないゆえに、おそらく先天的な何か――)
その一瞬でそこまで見抜いた道満はさすがというべきだが、それで対策が出来たというわけではなく――。
(という事は――、これまでの戦いで戦況を有利にしてきた、”直視鳶目の法”の優位性がほぼなくなったという事か――)
それはまさに最悪の状況――、言っても蘆屋道満は術師だからである。
道満は他の術師に比べて近接戦闘が得意である。でも――それは本職に比べれば劣る程度であり、呪による身体強化及び”直視鳶目の法”で何とか達人クラスに至っている状態。
その片方の優位性が失われれば――、達人クラスの剣士に対しては、近接戦闘においては遠く及ばないことになる。
ならば遠距離ならば? ――それもおそらく頼光には効かない。なぜなら、頼光が自分と同程度の魔眼を有するのだと仮定すると、遠距離攻撃は完封されてしまうと予想できるからである。
何より道満は、近接攻撃を得意とする故に――、逆に本来術師なら得意とする遠距離攻撃の手札が少ない。
(――こうなったら)
道満は心の中で呟きつつ森へと身を躍らせる。
「へえ? 逃げますか?」
すぐにその後を追う頼光。その視界に背を向けて逃げる道満が写った。
「甘いですね――」
それはかの渡辺源次とすら互角ともいえる神速の太刀。一気に道満との間合いを詰めた頼光は――、その道満の無防備な背中に切りつけたのである。
「獲りまし――」
不意に煙と共に道満が消える――。それは一枚のヒトガタとなって空を舞った。
「あ――」
その瞬間――、頼光は背後からの熱を感じて、本能にしたがって身をひるがえした。
ドン!!
森に爆炎と共に衝撃波が広がる――、頼光は寸でのところで回避し地に転がった。そのまま転がるのに身を任せて態勢を整え一瞬で立ち上がる。――そこに道満が突っ込んできた。
「この!!」
「ふ――」
体勢を整えたとはいえ、少し身のバランスを崩した頼光は、その道満の霊手刀による連撃を防ぐだけになる。
「――この、よく避ける」
「――」
道満の斬撃は確かに鋭く――、並の達人ならそれで終わっていたであろうが、
「――申し訳ありませんが。見えていますよ」
「ち――」
頼光は防戦をしつつ後退し、その身のバランスを取り戻していく。そうしてすぐに攻防は逆転した。
「く――」
今度は頼光の縦横無尽の斬撃に防戦を強いられる道満。その中で道満は考える。
(――頼光の斬撃は。かの源次に比べれば洗練されてもおらん荒れた剣――、でも――、こいつの斬撃軌道は、こちらが避け始めた後から軌道を変えて命中に変えてくる)
それはようするに後出しじゃんけんそのものであり――、それに何とか追いついて攻撃を避けられているのは、道満の持つ”直視鳶目の法”がかの魔眼と同一の効果を持つ故であった。
それでも道満は避け切れず全身に切り傷が増えていく。道満の全身は血にまみれて、それが道満の意識すら刈り取りに来る。
「はあ――、はあ――」
さすがの道満も”直視鳶目の法”を維持し続けることで疲労がたまり、動きが目に見えて遅くなっていく。しかし、頼光はというと――。
(コイツの気力は底なしか――)
その動きの冴えを見て道満は心の中で悪態をついた。それも当然――、これほどの魔眼を長期間維持して、全く疲れが見えていないのは明らかにおかしいからである。
道満は舌打ちしつつ、一気に後方へと後退し、再び頼光に背を向けて走り出した。
「逃げるばかりですね――」
平然と言う頼光に――、何も言わずにただ逃げる道満。
(――これは、打つ手がない――。さすがに拙僧でもあんなバケモンを相手に、どうこうできるような呪は――)
道満は天才とは言え独学で呪を学んできた身。並の妖魔程度ならまだしも――これほどの相手を想定して呪の勉強はしていない。
それほどこの源頼光は規格外過ぎる力を持っていた。
(――確かに奴の言う通りだ)
逃げつつ道満は最初の会話を思い出す。
”冷静に考えたうえでの話です――、なぜなら……。貴方は我が四天王相手に傷を得ている”
頼光の言う通り――、頼光四天王で傷を得ている程度の実力ではここが限界であった――か、
そう考える道満であったが――、ふとこの場を去った姫たちを想う。
(――このまま逃げるか? なんて――馬鹿なことは思わん。かの者達の想いを守ると誓った。そう――これは彼らの為だけではない――)
――そう、これは姫たちの想いを救う、それだけの意味しかないわけではなく。
(――これは拙僧の信念――、かつての後悔を決してせぬために――)
その時――道満は”かつて”を思い出す。自身の実力不足ゆえに、守るべき者を守れずに這いずったあの時の事を――。
(ならば――、躊躇わず進むか……)
そう考えた瞬間、道満は自然と達観した表情になる。
「逃げても無駄だと――」
逃げる道満を――その最高速にて追う頼光は、すぐに道満に刀の間合いまで迫る。
「ここまで――」
そう頼光がいった瞬間――、道満の様子が大きく変化を始めた。
「ぬ?」
頼光は驚きの表情を道満に向ける。その道満の手には小さな刃が握られ――、その刃でもって自傷をしていたからである。
「え? 何を――」
「は――」
道満は薄く――そして凶悪に笑う。それは――悪しき妖魔の嘲笑にも似て――。
次の瞬間――、道満の全身から凄まじい光焔が迸り、森の闇を赤く染め上げてゆく。その光焔は衝撃波を伴い頼光を押し返してゆく。
「な――なんで――。これは」
その時、頼光は驚愕の光景を目にする。道満の黒い髪の一房が、一瞬にして白く変わったのである。
「道満殿?! 貴方は――、まさか――、寿命――自身の命を削って?!」
「はは――わかるか頼光」
「なぜです?! 何の関係もないただの妖魔に――、どうしてそこまで?!」
「わかるまいな――、お前には」
その道満の言葉に二の句を告げない頼光。そして――、
【かごめかごめ――、籠牢にて鳴く鳥、いずれ時に解き放たれん。暁の鐘が鳴るときに――】
道満の歌声が森全体に荘厳に響き渡る。頼光はただ呆然とそれを眺める。
【天を仰ぎし紅蓮の姿――、大地を護る水底の姿――、二つの力が交わる処に、隠されし絶えざる力あり――】
道満を挟んで――、大空に輝く三角形が描かれ、その反対の大地に闇の三角形が描かれていく。
【後ろの面影に、誰ぞ隠れん――、その名を唱えよ――、オム・マ・ニ・ペ・メ・フーム――】
道満の歌声と共に――、天の三角と地の三角が交わり合一する。
「あ――」
それだけを頼光は声に出す。その目に映るのは――、
「六芒星――」
「唱えるは――、六芒の大呪――、その霊威を以て我に……”力あれ――”」
その瞬間、森を――その天を割いて、上空に至るまでの光の柱が生まれる。その中心にいるのは――、
「道満――、蘆屋……道満」
あまりの光景にそのまま絶句する頼光。そして――、
ドン!!
次の瞬間には、空高く吹き飛ばされていた。
「ぐ――お」
反吐を吐きながら飛翔する頼光に、無数の光線が収束する。
(は――や)
実は――、その光線の一つ一つが道満の操る霊手刀の輝きであり、その人の目では不可視に近い存在となった連撃を頼光は黙って受け続ける。
(あ――、なぜ……)
その中にあっても頼光は考える。なぜ道満は命を削るほどの呪を――、ただの妖魔のために使うのか?
(な――)
もはや抵抗は無駄となり――、ただ光線に翻弄される木の葉と化す頼光。そして――、
「――」
そのまま頼光は意識を闇に没したのである。
◆◇◆
(――ああ、馬鹿な事をした)
その呪を維持しながら道満は考える。
(これで拙僧の寿命は――命はだいぶ削れたはず)
その髪の一房を白髪に変えて――、ただ心の中で呟く。
(――でも、まあいいさ……意地は――、そして約束は守り通した)
道満は笑いながら目を瞑る。道満は――頼光が意識を失うのを確認した後――、
(ああ――、師よ……。禁じられた呪は使ってしまったが……。これでよかったのだな?)
そこに後悔は一遍も存在しない。ただ――笑いながら蘆屋道満はその意識を闇に没したのである。
門前にて傷と疲労で動けず、目前の相対する二人を見守る千脚大王静寂。そこに栄念法師と、それにつれられて来た姫が現れる。
「アレは――、蘆屋道満殿……か」
「道満様――」
そう二人は呟き――、今まさに睨み合う二人を見つめる。
「――道満殿は……あの傷であの若武者と戦う気なのか?」
「道満様は――、勝つことが出来るのでしょうか?」
そう口々に疑問を語る二人に――、絶望的は表情で静寂は答える。
「あの道満という人間は――、そこそこやる人間らしい――。だが、あの若武者――、源頼光はもはや人外のナニカと言える存在だ――」
「ならば……」
静寂のその答えに悲痛な表情を浮かべる姫に、静寂は深く頷いて――、
「勝てる見込みはあるまい――、そうなればわしらも……」
「静寂様――」
「……すまない。姫――、もはやわしはここまで――、命を懸けても守ると誓ったのに」
「いいえ――」
静寂の後悔に首を横に振ってこたえる姫。その姫に向かって、不意に道満から声がかかった。
「おい――、お前ら……今のうちに、出来るだけこの場を離れろ――。この三つ蛇岳ではない別の場所へと向かうのだ」
「え? それは――」
道満の言葉に困惑の顔をする姫。
「――静寂は、この霊山で生まれた妖魔ゆえに――、ここから離れれば大きく力を失うだろう。でも――、生きていれば何とかなる……、何とかして見せろ!!」
「道満――」
その言葉に驚きの表情を向ける静寂――、しかし、確かにすぐに頷いた。
「わしとしたことが――、この期に及んで何とも情けない姿を姫に晒したものだ。俺は――姫と平和に暮らせるならば――、生まれたこの霊山すら惜しくはない」
その言葉に涙する姫――、そして、
「それでいい――。達者で……平和に静かに暮らせ――、親子……そしてついでにその法師とも――な」
その道満の言葉にその場の三人は小さく笑い――、そして肩を貸し合いながらその場を後にする。道満はその背後を見て――、確かに笑った。
「――どういうつもりです? あんなことを――、私があなたを倒して、すぐに追跡すれば同じでしょう?」
「は――、おいぼっちゃん……。もう拙僧に勝てたつもりか?」
「――力の差は歴然だと――、私は思いますが?」
その頼光の言葉に――、道満はいたって強気の表情で言葉を返す。
「そりゃまた――高い鼻だな。へし折りやすくていいぜ」
「冷静に考えたうえでの話です――、なぜなら……。貴方は我が四天王相手に”傷を得て”いる」
「――」
頼光のその言葉の意味は――、要するに”四天王相手に傷を受ける程度の者”は自分には勝てないという事なのだろう。道満はそれを聞いて――、
「は――」
まさしく鼻で笑った。
「お前は生真面目で正直なのが取り柄だが――、正直すぎて他人の事など構わんと言ったふうだな」
「はあ? 我が四天王たちは――、今のように言われても怒らないですが?」
「――それが、”他人の事など構わん”っという事だと、理解できんようだな」
道満のその不敵な笑いに少しムッとする頼光。その手の刀を構えて断ち切る体勢をとる。
「こうなった以上――、道満殿にも痛い目を見てもらわねばならぬようですね」
「――はは、生意気にぼっちゃんが言ってくれるな」
「私の方が年上ですが?」
静かなにらみ合いは一瞬――、頼光が闇にあって高速で奔った。
「――ふ」
道満はその”直視鳶目の法”を以て、その動きを見極めようとする。頼光の斬撃は空に光線を描き――、そして道満へと向かう。
(――この軌道なら)
道満がその剣線を見極め――、そしてその斬撃を左肩すれすれで通そうとしたとき。その頼光の刀の光線が大きく変化を起こした。
「な!!」
道満の驚きと血しぶきが飛ぶのは同時であった。
「ぐお――」
左腕が深く切られ――、血が絶え間なく流れる。
「ほう――、切られた瞬間にも何とか軌道を反らしましたか」
そう言って静かに笑う頼光。それを見てさすがの道満も顔を歪ませる。
(――なんだ? 今、拙僧の軌道反らしに対応して、頼光がさらに軌道を変化させたように見えた)
道満はそう考えつつ頼光を見る。――その頼光の瞳が妖しく輝く。
(なるほど――、こいつも拙僧と同一……もしくは拙僧以上の異能感覚持ちであったか――。頼光は術師の家系ではないゆえに、おそらく先天的な何か――)
その一瞬でそこまで見抜いた道満はさすがというべきだが、それで対策が出来たというわけではなく――。
(という事は――、これまでの戦いで戦況を有利にしてきた、”直視鳶目の法”の優位性がほぼなくなったという事か――)
それはまさに最悪の状況――、言っても蘆屋道満は術師だからである。
道満は他の術師に比べて近接戦闘が得意である。でも――それは本職に比べれば劣る程度であり、呪による身体強化及び”直視鳶目の法”で何とか達人クラスに至っている状態。
その片方の優位性が失われれば――、達人クラスの剣士に対しては、近接戦闘においては遠く及ばないことになる。
ならば遠距離ならば? ――それもおそらく頼光には効かない。なぜなら、頼光が自分と同程度の魔眼を有するのだと仮定すると、遠距離攻撃は完封されてしまうと予想できるからである。
何より道満は、近接攻撃を得意とする故に――、逆に本来術師なら得意とする遠距離攻撃の手札が少ない。
(――こうなったら)
道満は心の中で呟きつつ森へと身を躍らせる。
「へえ? 逃げますか?」
すぐにその後を追う頼光。その視界に背を向けて逃げる道満が写った。
「甘いですね――」
それはかの渡辺源次とすら互角ともいえる神速の太刀。一気に道満との間合いを詰めた頼光は――、その道満の無防備な背中に切りつけたのである。
「獲りまし――」
不意に煙と共に道満が消える――。それは一枚のヒトガタとなって空を舞った。
「あ――」
その瞬間――、頼光は背後からの熱を感じて、本能にしたがって身をひるがえした。
ドン!!
森に爆炎と共に衝撃波が広がる――、頼光は寸でのところで回避し地に転がった。そのまま転がるのに身を任せて態勢を整え一瞬で立ち上がる。――そこに道満が突っ込んできた。
「この!!」
「ふ――」
体勢を整えたとはいえ、少し身のバランスを崩した頼光は、その道満の霊手刀による連撃を防ぐだけになる。
「――この、よく避ける」
「――」
道満の斬撃は確かに鋭く――、並の達人ならそれで終わっていたであろうが、
「――申し訳ありませんが。見えていますよ」
「ち――」
頼光は防戦をしつつ後退し、その身のバランスを取り戻していく。そうしてすぐに攻防は逆転した。
「く――」
今度は頼光の縦横無尽の斬撃に防戦を強いられる道満。その中で道満は考える。
(――頼光の斬撃は。かの源次に比べれば洗練されてもおらん荒れた剣――、でも――、こいつの斬撃軌道は、こちらが避け始めた後から軌道を変えて命中に変えてくる)
それはようするに後出しじゃんけんそのものであり――、それに何とか追いついて攻撃を避けられているのは、道満の持つ”直視鳶目の法”がかの魔眼と同一の効果を持つ故であった。
それでも道満は避け切れず全身に切り傷が増えていく。道満の全身は血にまみれて、それが道満の意識すら刈り取りに来る。
「はあ――、はあ――」
さすがの道満も”直視鳶目の法”を維持し続けることで疲労がたまり、動きが目に見えて遅くなっていく。しかし、頼光はというと――。
(コイツの気力は底なしか――)
その動きの冴えを見て道満は心の中で悪態をついた。それも当然――、これほどの魔眼を長期間維持して、全く疲れが見えていないのは明らかにおかしいからである。
道満は舌打ちしつつ、一気に後方へと後退し、再び頼光に背を向けて走り出した。
「逃げるばかりですね――」
平然と言う頼光に――、何も言わずにただ逃げる道満。
(――これは、打つ手がない――。さすがに拙僧でもあんなバケモンを相手に、どうこうできるような呪は――)
道満は天才とは言え独学で呪を学んできた身。並の妖魔程度ならまだしも――これほどの相手を想定して呪の勉強はしていない。
それほどこの源頼光は規格外過ぎる力を持っていた。
(――確かに奴の言う通りだ)
逃げつつ道満は最初の会話を思い出す。
”冷静に考えたうえでの話です――、なぜなら……。貴方は我が四天王相手に傷を得ている”
頼光の言う通り――、頼光四天王で傷を得ている程度の実力ではここが限界であった――か、
そう考える道満であったが――、ふとこの場を去った姫たちを想う。
(――このまま逃げるか? なんて――馬鹿なことは思わん。かの者達の想いを守ると誓った。そう――これは彼らの為だけではない――)
――そう、これは姫たちの想いを救う、それだけの意味しかないわけではなく。
(――これは拙僧の信念――、かつての後悔を決してせぬために――)
その時――道満は”かつて”を思い出す。自身の実力不足ゆえに、守るべき者を守れずに這いずったあの時の事を――。
(ならば――、躊躇わず進むか……)
そう考えた瞬間、道満は自然と達観した表情になる。
「逃げても無駄だと――」
逃げる道満を――その最高速にて追う頼光は、すぐに道満に刀の間合いまで迫る。
「ここまで――」
そう頼光がいった瞬間――、道満の様子が大きく変化を始めた。
「ぬ?」
頼光は驚きの表情を道満に向ける。その道満の手には小さな刃が握られ――、その刃でもって自傷をしていたからである。
「え? 何を――」
「は――」
道満は薄く――そして凶悪に笑う。それは――悪しき妖魔の嘲笑にも似て――。
次の瞬間――、道満の全身から凄まじい光焔が迸り、森の闇を赤く染め上げてゆく。その光焔は衝撃波を伴い頼光を押し返してゆく。
「な――なんで――。これは」
その時、頼光は驚愕の光景を目にする。道満の黒い髪の一房が、一瞬にして白く変わったのである。
「道満殿?! 貴方は――、まさか――、寿命――自身の命を削って?!」
「はは――わかるか頼光」
「なぜです?! 何の関係もないただの妖魔に――、どうしてそこまで?!」
「わかるまいな――、お前には」
その道満の言葉に二の句を告げない頼光。そして――、
【かごめかごめ――、籠牢にて鳴く鳥、いずれ時に解き放たれん。暁の鐘が鳴るときに――】
道満の歌声が森全体に荘厳に響き渡る。頼光はただ呆然とそれを眺める。
【天を仰ぎし紅蓮の姿――、大地を護る水底の姿――、二つの力が交わる処に、隠されし絶えざる力あり――】
道満を挟んで――、大空に輝く三角形が描かれ、その反対の大地に闇の三角形が描かれていく。
【後ろの面影に、誰ぞ隠れん――、その名を唱えよ――、オム・マ・ニ・ペ・メ・フーム――】
道満の歌声と共に――、天の三角と地の三角が交わり合一する。
「あ――」
それだけを頼光は声に出す。その目に映るのは――、
「六芒星――」
「唱えるは――、六芒の大呪――、その霊威を以て我に……”力あれ――”」
その瞬間、森を――その天を割いて、上空に至るまでの光の柱が生まれる。その中心にいるのは――、
「道満――、蘆屋……道満」
あまりの光景にそのまま絶句する頼光。そして――、
ドン!!
次の瞬間には、空高く吹き飛ばされていた。
「ぐ――お」
反吐を吐きながら飛翔する頼光に、無数の光線が収束する。
(は――や)
実は――、その光線の一つ一つが道満の操る霊手刀の輝きであり、その人の目では不可視に近い存在となった連撃を頼光は黙って受け続ける。
(あ――、なぜ……)
その中にあっても頼光は考える。なぜ道満は命を削るほどの呪を――、ただの妖魔のために使うのか?
(な――)
もはや抵抗は無駄となり――、ただ光線に翻弄される木の葉と化す頼光。そして――、
「――」
そのまま頼光は意識を闇に没したのである。
◆◇◆
(――ああ、馬鹿な事をした)
その呪を維持しながら道満は考える。
(これで拙僧の寿命は――命はだいぶ削れたはず)
その髪の一房を白髪に変えて――、ただ心の中で呟く。
(――でも、まあいいさ……意地は――、そして約束は守り通した)
道満は笑いながら目を瞑る。道満は――頼光が意識を失うのを確認した後――、
(ああ――、師よ……。禁じられた呪は使ってしまったが……。これでよかったのだな?)
そこに後悔は一遍も存在しない。ただ――笑いながら蘆屋道満はその意識を闇に没したのである。