安倍晴明と初めての邂逅を果たした蘆屋道満は――、一度は安倍晴明と共に都へと向かうのを拒否し播摩の国へと帰還した。
しかし、そこで様々な事件に遭遇し、自身の力不足を感じた道満は、安倍晴明のいる都へと昇る決意をする。
そこで、自身の力試しとして安倍晴明と勝負した道満は、晴明に裏をかかれて見事に敗北する。
かくして、安倍晴明の弟子となってその師事を受けた道満は、さらなる成長を遂げて都でも名のしれた陰陽師へと成長していった。
同時に、晴明と共に都に起こる様々な事件を解決に導いた彼は――、晴明の後継者としても見られるようになり、その名声は天に昇る龍にも等しかった。
しかし――、実は、そんな道満の心の中には――暗い影がかかり始めていた。
そして、正暦五年――。
都には病が広まり死都と化そうかとまで言われていた頃、一時大陸の伯道上人の下で再修業をしていた安倍晴明は、これは都の危機であると感じて日本へと帰還した。
その間、都の留守を任されていた安倍晴明の弟子であるところの蘆屋道満は、ひそかに師の秘書である”三国相伝宣明暦経註”――すなわち”金烏玉兎集”を、師の施した封印を解き盗み見てそのすべての技を会得してしまっていた。
さらには――時の帝、一条帝に対し呪詛すら企てて、その行為はすぐに師である安倍晴明の知るところとなっていた。
その時、蘆屋道満はその想いを妖魔側に深く傾倒していた。
なぜなら、その少し前に都を呪ったとして土蜘蛛一族の集落が一つ滅ぼされており、その集落の者の中に”梨花”という道満の想い人がいたからである。
元々、人とは隔絶した霊威を持つ者であった道満は、何より妖魔に近しい考えを持つ者であり、その事件以前から人と妖魔を分けることはしない性格であった。
だからこそ、人のみを優先するその都の――帝の考えを長らく苦く思っていたのであった。
安倍晴明は一条帝への呪詛を調べ、それがこの都で唯一、自らの弟子である蘆屋道満しか行えぬ呪詛であることを看破する。
そのまま都のはずれにある道満の別宅を捜索――、その場で蘆屋道満との初めての命のやり取りを行う事となった。
その戦いは思いのほかあっけなく終わりを告げる。
師の秘書を盗み見た蘆屋道満の呪力が、安倍晴明のものに匹敵するほどになり、愛弟子ゆえに本気になれなかった晴明を圧倒したのである。
それは安倍晴明の人生において、初めてとも呼べる呪術における敗北であった。
「甘いぞ――師よ……、師が本気であれば、そのような無様を晒すことなど無かったろうに」
「道満よ、お主こそ――、なぜそれほどの力を持ちながら、それを悪しき行いのために振るうのだ」
傷つき倒れる晴明に対して、道満は事も無げに答える。
「なぜ? 力ある者が、力を振るわずにどうする?」
そしてさらに続ける。
「それに……だ、拙僧は間違った――悪しきことに呪を用いているつもりは毛頭ない」
「帝を呪うことが、悪しきことではないと考えるのか?!」
その晴明の言葉に、道満は笑みを欠片も浮かべずに答える。
「ならば逆に問おうか? 師よ……」
「なに?」
「人の世の平安を脅かす妖魔――、それから人を助けるは道理にかなっている。――しかし、ただまつろわぬだけの、平穏に生きたいだけであった妖魔たちをもその手にかけているのはなぜだ?」
「……っ!!」
「梨花は――、土蜘蛛とはいえ、ただ密かに平穏に生活する事のみを望んでいた――、それに呪詛を行ったと在らぬ疑いをかけて、その村ごと焼き滅ぼしたのはなぜだ!」
「それは――」
「なぜだ? 師よ――、師ほどの者が、なぜ奴らの――、都の連中の非道を見逃す!!」
その言葉を聞いて、安倍晴明はついに理解した。彼の心の中にくすぶっていた都への不信が――、人の世のみを優先する行いが彼の心についに火をつけてしまったのだと。――だから晴明は答える。
「……そうか、それは都を――帝を恨む気持ちも理解できる。しかし、この都は――人の世の平安を得るには――」
「――妖魔の犠牲が必要だと? 師よ……、師までもが本気でそう言うつもりなのか?」
「……私は――、人の世の安寧を支えるべき職についておる」
晴明は苦しげな表情でそう答える。
その晴明の言葉に、道満は一息ため息をついて答えた。
「――それならば、もはや拙僧は貴様を師とは呼ばぬ……。晴明よ――」
「それならば……これからどうするつもりなのだ?」
「拙僧は――、これより妖魔の元へと向かう」
「!」
「妖魔どもの中には、人に害成すものばかりではなく、そうでないものもいる――。その区別なく殺めている人こそが、そもそもの間違いであろう――。貴様らが妖魔を殺めるならば――、それを守るために拙僧は人を殺める――」
「道満! それでは――、お前は人に恨まれるばかりで」
「――それがどうしたと言うのだ? 妖魔に魅入られし悪鬼――、人に仇なす悪しき陰陽師――。千年の汚名がどうした?! 拙僧は――」
その道満の瞳に燃えるのは、すべてを灰に変えるほどの激情――。
「晴明よ――、お前が人におもねり妖魔に仇なすかぎり――、お前は拙僧の怨敵よ――!」
道満は月光の下――、その燃える瞳を晴明へと向ける。――それはもはや相容れぬ敵対者の瞳。
「――道満様」
不意に背後から何者かの声がする。その声の主を見て晴明の目は驚愕で見開かれた。
「彼らは――、大江山の――」
それは都の怨敵たる鬼神の一族――。その礼を受ける道満はもはや。
「道満――」
その師であったものの力のない言葉を受けて、道満はその身をひるがえして晴明に背を向ける。
「拙僧を殺したければ――播摩の地へと来るがいい。拙僧は人の世を壊す悪鬼羅刹であるぞ――」
それは師への最後の言葉――、人の世を捨てる事への決意の表明であった。
安倍晴明は、その場に崩れ落ちそうになる足をなんとか保ち、蘆屋道満とその部下である鬼神の集団を見送る。
「道満――、あれほどまでに人の世に失望していたのか――」
安倍晴明は、この時改めて弟子であった者の想いを知る。果たして自分は、それを止めるために何をしたというのか。
それは後悔でもあり――、そして、
(すまぬ道満よ――。私にも、妖魔の血は流れておる――。しかし、人として人の中で生きてきたからこそ――、人の世を守ることこそ使命だと――)
「人の世を守る――」それこそが彼の使命であるがゆえに、もはや蘆屋道満は自身の敵となったと見なす外はなかったのである。
――かくして、同じ葛の葉より生まれし子は、その道を大きく二つに分かつこととなった。
霊威を得てその激情に従った蘆屋道満は妖魔と共に魔道へと踏み出し――、叡智を得て人の中で生きた安倍晴明は人を守る守護者としての使命に準ずる。
さて――、
こののち、蘆屋道満は妖魔たちを救うべく日本各地を巡り、彼らの安心して暮らせる場所である都”道摩府”を建設することを目指した。
その動きは、ある日、都の帝の知ることとなり、それを人間への脅威とみなした帝の勅によって、安倍晴明は蘆屋道満を打つべく彼の拠点である播摩の国へと向かった。
その決戦地にて蘆屋道満と再び対決した安倍晴明は、長い戦いの末にその首をとることに成功し、かくして”道摩府”建設は幻となって消えた――。
――かに見えた。
しかし、それは表に見えるだけの歴史にて――、のちの蘆屋一族の文献においては、安倍晴明の手助けもあって、妖魔たちが平和に暮らせる都”道摩府”を建設したのち、隠居して薬屋として静かにその生を終えたとされている。
しかし、そこで様々な事件に遭遇し、自身の力不足を感じた道満は、安倍晴明のいる都へと昇る決意をする。
そこで、自身の力試しとして安倍晴明と勝負した道満は、晴明に裏をかかれて見事に敗北する。
かくして、安倍晴明の弟子となってその師事を受けた道満は、さらなる成長を遂げて都でも名のしれた陰陽師へと成長していった。
同時に、晴明と共に都に起こる様々な事件を解決に導いた彼は――、晴明の後継者としても見られるようになり、その名声は天に昇る龍にも等しかった。
しかし――、実は、そんな道満の心の中には――暗い影がかかり始めていた。
そして、正暦五年――。
都には病が広まり死都と化そうかとまで言われていた頃、一時大陸の伯道上人の下で再修業をしていた安倍晴明は、これは都の危機であると感じて日本へと帰還した。
その間、都の留守を任されていた安倍晴明の弟子であるところの蘆屋道満は、ひそかに師の秘書である”三国相伝宣明暦経註”――すなわち”金烏玉兎集”を、師の施した封印を解き盗み見てそのすべての技を会得してしまっていた。
さらには――時の帝、一条帝に対し呪詛すら企てて、その行為はすぐに師である安倍晴明の知るところとなっていた。
その時、蘆屋道満はその想いを妖魔側に深く傾倒していた。
なぜなら、その少し前に都を呪ったとして土蜘蛛一族の集落が一つ滅ぼされており、その集落の者の中に”梨花”という道満の想い人がいたからである。
元々、人とは隔絶した霊威を持つ者であった道満は、何より妖魔に近しい考えを持つ者であり、その事件以前から人と妖魔を分けることはしない性格であった。
だからこそ、人のみを優先するその都の――帝の考えを長らく苦く思っていたのであった。
安倍晴明は一条帝への呪詛を調べ、それがこの都で唯一、自らの弟子である蘆屋道満しか行えぬ呪詛であることを看破する。
そのまま都のはずれにある道満の別宅を捜索――、その場で蘆屋道満との初めての命のやり取りを行う事となった。
その戦いは思いのほかあっけなく終わりを告げる。
師の秘書を盗み見た蘆屋道満の呪力が、安倍晴明のものに匹敵するほどになり、愛弟子ゆえに本気になれなかった晴明を圧倒したのである。
それは安倍晴明の人生において、初めてとも呼べる呪術における敗北であった。
「甘いぞ――師よ……、師が本気であれば、そのような無様を晒すことなど無かったろうに」
「道満よ、お主こそ――、なぜそれほどの力を持ちながら、それを悪しき行いのために振るうのだ」
傷つき倒れる晴明に対して、道満は事も無げに答える。
「なぜ? 力ある者が、力を振るわずにどうする?」
そしてさらに続ける。
「それに……だ、拙僧は間違った――悪しきことに呪を用いているつもりは毛頭ない」
「帝を呪うことが、悪しきことではないと考えるのか?!」
その晴明の言葉に、道満は笑みを欠片も浮かべずに答える。
「ならば逆に問おうか? 師よ……」
「なに?」
「人の世の平安を脅かす妖魔――、それから人を助けるは道理にかなっている。――しかし、ただまつろわぬだけの、平穏に生きたいだけであった妖魔たちをもその手にかけているのはなぜだ?」
「……っ!!」
「梨花は――、土蜘蛛とはいえ、ただ密かに平穏に生活する事のみを望んでいた――、それに呪詛を行ったと在らぬ疑いをかけて、その村ごと焼き滅ぼしたのはなぜだ!」
「それは――」
「なぜだ? 師よ――、師ほどの者が、なぜ奴らの――、都の連中の非道を見逃す!!」
その言葉を聞いて、安倍晴明はついに理解した。彼の心の中にくすぶっていた都への不信が――、人の世のみを優先する行いが彼の心についに火をつけてしまったのだと。――だから晴明は答える。
「……そうか、それは都を――帝を恨む気持ちも理解できる。しかし、この都は――人の世の平安を得るには――」
「――妖魔の犠牲が必要だと? 師よ……、師までもが本気でそう言うつもりなのか?」
「……私は――、人の世の安寧を支えるべき職についておる」
晴明は苦しげな表情でそう答える。
その晴明の言葉に、道満は一息ため息をついて答えた。
「――それならば、もはや拙僧は貴様を師とは呼ばぬ……。晴明よ――」
「それならば……これからどうするつもりなのだ?」
「拙僧は――、これより妖魔の元へと向かう」
「!」
「妖魔どもの中には、人に害成すものばかりではなく、そうでないものもいる――。その区別なく殺めている人こそが、そもそもの間違いであろう――。貴様らが妖魔を殺めるならば――、それを守るために拙僧は人を殺める――」
「道満! それでは――、お前は人に恨まれるばかりで」
「――それがどうしたと言うのだ? 妖魔に魅入られし悪鬼――、人に仇なす悪しき陰陽師――。千年の汚名がどうした?! 拙僧は――」
その道満の瞳に燃えるのは、すべてを灰に変えるほどの激情――。
「晴明よ――、お前が人におもねり妖魔に仇なすかぎり――、お前は拙僧の怨敵よ――!」
道満は月光の下――、その燃える瞳を晴明へと向ける。――それはもはや相容れぬ敵対者の瞳。
「――道満様」
不意に背後から何者かの声がする。その声の主を見て晴明の目は驚愕で見開かれた。
「彼らは――、大江山の――」
それは都の怨敵たる鬼神の一族――。その礼を受ける道満はもはや。
「道満――」
その師であったものの力のない言葉を受けて、道満はその身をひるがえして晴明に背を向ける。
「拙僧を殺したければ――播摩の地へと来るがいい。拙僧は人の世を壊す悪鬼羅刹であるぞ――」
それは師への最後の言葉――、人の世を捨てる事への決意の表明であった。
安倍晴明は、その場に崩れ落ちそうになる足をなんとか保ち、蘆屋道満とその部下である鬼神の集団を見送る。
「道満――、あれほどまでに人の世に失望していたのか――」
安倍晴明は、この時改めて弟子であった者の想いを知る。果たして自分は、それを止めるために何をしたというのか。
それは後悔でもあり――、そして、
(すまぬ道満よ――。私にも、妖魔の血は流れておる――。しかし、人として人の中で生きてきたからこそ――、人の世を守ることこそ使命だと――)
「人の世を守る――」それこそが彼の使命であるがゆえに、もはや蘆屋道満は自身の敵となったと見なす外はなかったのである。
――かくして、同じ葛の葉より生まれし子は、その道を大きく二つに分かつこととなった。
霊威を得てその激情に従った蘆屋道満は妖魔と共に魔道へと踏み出し――、叡智を得て人の中で生きた安倍晴明は人を守る守護者としての使命に準ずる。
さて――、
こののち、蘆屋道満は妖魔たちを救うべく日本各地を巡り、彼らの安心して暮らせる場所である都”道摩府”を建設することを目指した。
その動きは、ある日、都の帝の知ることとなり、それを人間への脅威とみなした帝の勅によって、安倍晴明は蘆屋道満を打つべく彼の拠点である播摩の国へと向かった。
その決戦地にて蘆屋道満と再び対決した安倍晴明は、長い戦いの末にその首をとることに成功し、かくして”道摩府”建設は幻となって消えた――。
――かに見えた。
しかし、それは表に見えるだけの歴史にて――、のちの蘆屋一族の文献においては、安倍晴明の手助けもあって、妖魔たちが平和に暮らせる都”道摩府”を建設したのち、隠居して薬屋として静かにその生を終えたとされている。