正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

「野乃花ちゃんだよね?」

周囲が異常事態にざわめき、あたりには緊張感が漂う。

野乃花は鼻を鳴らし、眼鏡の向こう側で目を鋭くさせていた。

「気づくのおっそ」

「え……でも野乃花ちゃんは転校して……。この学校にいつから?」

「親の転勤で戻ってきたの。特進コースよ」

「そっか。……久しぶりだね、野乃花ちゃん」

「どの口が言うか。 サイコパス野郎め」

「返す言葉もない」


その会話に私は何も言えない。

彼はひたすら毒を吐かれ、すっかり小さく背中を丸めていた。

周りは爽やかで明るい彼が何かしたのかと興味津々な様子で眺めている。

状況がわかっていないので、野次馬根性で誰も口出しをしない。

奇妙な光景に私の背中からはダラダラと汗が流れていた。


「ふん、自覚はしたんだ。でも許されると思わないでよ」

「……ごめん」

「今さら遅いのよ! あんた本当にムカつく!」

これはちょっとした騒ぎではないと周りがどよめきだす。

なぜ、このような事態になっているか理解できないが、見ていられない。

私はいつも彼に守られ、優しくしてもらっている。

彼を守りたいと、本能が動いた。


「……っ武藤さん?」

「け、ケンカはやめて……」


まるで一方的に彼が悪者扱いだ。

真実はどうであれ、私は彼のやさしさを知っている。

彼だけが責められる姿は見ていたくなかった。

対して野乃花は胸の前で腕組みをする。


「なに、彼女を懐柔でもした!? またイジれる女の子でも見つけてひとりよがりで満足しようとしてるの!?」


八重歯が見えるほどに歯向かう野乃花に私は肩がすくみそうになる。

野乃花の攻撃範囲が広くなると、途端に彼は拳を握って前に歩み出た。

すっかり腹を立てて、ぷんすかと煙を出している。

「武藤さんは関係ないだろ!? これはオレの問題なんだから!」

「また他の誰かが傷つくとわかってて見過ごせるわけないでしょ!」

野乃花がスカートのポケットに手を突っ込んだかと思えば、中からゴムくさいマスクが顔を出す。

軌道に迷いのない動きで中年男性の顔マスクが彼の顔面に飛んでいく。

もはや中年男性いじめと言っても過言ではない。