何度か、季節を見送った。学年は上がって今度こそ最後の絵の具の出番。出来上がったポスターの写真を撮って柚葉に送る。返信はなかったけれど、送った写真とメッセージを確認した形跡はある。

その足跡さえも無くなったのは、初雪が降った日。比較的あたたかい地方で、雪なんて滅多に降らない。ちらつく雪がコートに張り付いて、接写で撮ると結晶の形が綺麗に写った。

秋口には、そろそろ厳しいんだって、と珍しく弱音を零していた柚葉は、年が変わる少し前のとても寒い日に、遠くへ行ってしまった。もしかしたら、とても近くに、来てくれたのかもしれない。風のない日のことだった。


卒業を間近に控えて、暇といえば暇、忙しいといえば忙しい時期。新生活に必要な物、今日ならいくつか買ってあげると姉がいうからほいほいついて行った結果、役目はほとんど荷物持ち。姉が家に入っていった後も坂道をぜえぜえ言いながら歩いていると、柚葉の家から彼女の母親が出てきたところだった。手には白い袋を持っていて、ちょうど良かったと引き止められる。


「今家に行こうと思っていたの。晃明くん、春からK大に行くんだって?⠀おめでとう。体に気をつけて。こっちに帰ってきたときは顔出してね。そう、これ、柚葉に頼まれていて。受験期が終わってから渡してって釘刺されていたから遅くなっちゃって。大事なものだったんじゃない?」
「あ……」


労いの言葉にお礼を、とか。もちろん顔を出すつもりでいたとか、すぐにでも伝えたいのに言えなかった。白い袋から透けて見えたそれは、いつか渡したアルバムだった。


「中身は見ていないのだけど、そのアルバム、美代子さんの作った物でしょう?⠀スクラップブック、だっけ。病室で、柚葉が大切に持っていたの、ありがとうね」
「こんなことしか、できなくて」
「そんな風に言わないで。晃明くんにお返事打ってって何度か頼まれて……もちろん、内容はあまり見ないようにしてたからね。そのときの柚葉、とても嬉しそうにしていたから。晃明くんがいてくれて良かったと思っているのよ」


ここしばらくは鳴りを潜めていた感情の波がぐっと引くのを感じて、寄せ返しを堪えられる気がしなかったから、腰まで深く頭を下げて柚葉の母親の前から立ち去った。

姉の荷物を乱暴に廊下に投げ置き、自室へと駆け込む。割れ物が入っているとか叫ぶ声が聞こえたけれど、耳を塞いだ。体を縮めて、白い袋からアルバムを取り出す。もっと長く、借りていても良かったのに。でも最後の最後まで、僕のことを気にしてくれていたのだと思うと、胸の奥は冷たいばかりではなく、あたたかくて。


ページを捲っていく。柚葉の母親が言っていたように、僕の母は手先が器用でこういう制作がとても好きだった。写真が好きだったということもある。闘病生活が長かったから、目の前にあるものを大切にしながらも、いつも何かを残そうとしていた。いくつかあるアルバムのうち、この一冊は途中で終わっていたはずだ。あるページを見開きにしたとき、その瞬間に、瞳から滑り落ちた涙が透明フィルムの上に落ちた。フィルムが無ければ、文字を滲ませていただろう。

会えない間に、お互いが送り合った写真が不器用ながら丁寧に貼られていた。切り口がズレていたり、文字の震えは、満足に動かない指先で書いたものだからだろうか。知らない写真もあった。病室とは違う場所のようで、ピアノが置いてある日差しの良い広い部屋。最後に会った日よりも細くなった指先で鍵盤を撫でる柚葉の姿。

柚葉は以降のページに時々写っていた。自分で自分を撮ることは頼んでもしなかったから、人に撮ってもらったのだろう。きっと、僕の手に戻ることを考えてのことだと思った。


最後のページには、いつかの花火の写真。
僕が、返事をしなかった、あの日の。


『この写真を晃明に送ることは、すごく勇気が必要でした。』
『でもこの日が、晃明が夕日の写真を送ってくれて、電話をかけた日に繋がっていると思うと、その勇気を誇らしく思います。』
『晃明がわたしを好きなことは、もう十分過ぎるほど伝わって、この一年間はとても、とても、幸せでした。』

『わたしが晃明を想うときには、花が降ればいいのにと、ふと思いました。もしくは、一等星が綺麗に見える夜になる、だとか。』

『ただ、それだけです。』

『ありがとう。』




【そして、君を想うときには。】