どうしよう……。この魔女、て言うか女……なのか? とにかく意味分かんない。

 華音が杖を構えると、ライラは大量の雷球を飛ばしてきた。
 華音は構えた杖で1つ1つ確実に弾き飛ばす。
 更にライラは大量のマナを収束させ、雷霆を幾つも発生させる。

「くらうがいい――――ブリッシュラーク!」

 落雷は無差別に辺りに突き刺さり、周囲の木を薙ぎ倒していく。
 雷の頭上にも迫り、近くにいた桜花が火の魔術で相殺。すぐさま彼を安全なところまで導いた。

「ほんっと……これ、絶対って断言出来るな」

 華音は左腕を押さえ、肩で呼吸する。白い袖は焼け焦げ、血に濡れた白い肌が露出していた。落雷の直撃は免れたが少し掠ってしまった。

「こんなものか? 水星の魔術師よ。お前の実力はそんなものではあるまい? 仮初の姿だとしても、お前から感じる魔力はお前そのものだ。さあ、見せてみよ」

 バッと冥王星の魔女は護りの体勢に入る。

「随分と自信があるんだ? それじゃあ後悔なんてしないでね」

 華音も勝ち気な態度を見せ、水属性のマナを集め始める。心臓は忙しなかった。

 後悔するのはオレの方だし……! 絶対返り討ちにされるパターンだよ!?

 現在の頭の中を再現したかの様な大きな渦潮を発生させ、ライラへと放つ。
 ライラは大渦潮の中心で腕を組んだまま微動だにしない。
 数秒で大渦潮が長身の魔女をすっぽりと呑み込み、華音はほんの少しだけ杖を握る右手の力を抜いた。

「やったか!?」
『ああ。返り討ちにされるパターンだな』
「ええぇっ!? お前、オレの心読んだ?」
『一体化しているからある程度は……?』

 別次元の自分同士で盛り上がる中、大渦潮の中心から外側へ向かって目映い雷光が発生。一瞬で大渦潮はマナへと還り、電気が空中を漂った。
 指先で電気に触れたライラは不適な笑みを浮かべていた。

「足りぬな。これではあっという間に水星は太陽の周りを1周してしまうぞ」

 片手を上げ、背後に向かって大剣を象った雷を飛ばす。
 一直線に迫っていた紅蓮の炎が掻き消され、短い悲鳴が聞こえた。

「何あのヒト……前しか見てなかったじゃない……」

 桜花は頭に摩り傷がない事を確かめて背後を見る。真後ろの木の幹には雷の大剣が突き刺さっていた。

「火星の魔術師も大した事はない様だ。我はガッカリだ。しかし、歴史改竄したらまた出会える。その時はせいぜい楽しませてくれ」

 木の幹に突き刺さった雷の大剣が消えると、桜花の周囲にサイズ違いの同じ物が出現して包囲する。
 華音の頭上にはその剣を全て掻き集めても足りないぐらいの超巨大な剣が待機している。
 それらは術者の合図により、対象へと放たれる。
 桜花はその場で回転しながら杖を振るって剣を払い落とし、華音は天まで伸びる氷柱を創り出して巨大な剣先を受け止める。
 氷柱はバキバキと中心部からひび割れて電気を纏いながら砕けていく。
 この間にもライラは詠唱を開始していた。
 まだ相手の攻撃を回避しきれていない2人の遙か上空、暗雲が星空を覆い隠して雷鳴を轟かせた。
 ライラが人差し指を天高く挙げる――――が、すぐに手を下ろした。

「電波を受信した」

 その一言で、せっかく収束していたマナは飛散して急に吹き荒れた強風に暗雲は攫われていった。
 そして強風は竜巻を生み、やがて治まると中からライラと良く似た女性が現れた。
 金色の星の飾りを付けた桜色の長髪に、赤い双眸、服装はライラとは対照的な白を基調としファーは白色でふんわりと広がるスカートは羽モチーフだ。

『天王星の魔女ウィンドール……!』

 オズワルドが叫ぶと、華音は目を見張った。
 天王星の魔女は地上へ天使の様にフワッと舞い降りると、真っ先に冥王星の魔女のもとへ向かった。

「ライラ。お魚が美味しく焼けたわ。冷めないうちに食べましょう」
「ふむ。それは重大だな。今すぐに帰らねば」

 ライラはあっさりと華音と桜花の前から立ち去る。
 理由に納得はいかないが、2人は死を回避出来た。態々引き留める必要はない。
 天王星の魔女の方にも敵意はない様に思われたが、不意に振り向いて感情の窺えない瞳に2人を映した。

(わらわ)は天王星の魔女ウィンドール。大いなる風を司る者。次に会うのが楽しみね」

 魔女2人はスッと消え、魔法使い2人は緊張感から解放された。
 華音は杖を支えにしゃがみ込む。今頃になって負傷した左腕が痛み出した。

「ライラ、電波だったけど強かった……」
『ああ。命拾いしたな。不本意だが双子の妹に感謝だ』
「双子……確かに似てた。でも、それなら何だか尚更ライラって女性っぽくないな。ウィンドールは体格的にも声的にも女性らしかったのに」
『そりゃあ、アイツ男だからな』
「え!? 魔女言ってるのにか」
『私も気になって昔訊ねた事がある。何でも、魔女7人+魔術師1人と言うのも面倒なんだと。だから、あえて言わなかったらしい。だが、そんな事は水星の1日が1年より長い事実よりも些細な事だ。さてと、もう時間だな』

 いつも通り淡々とした別れを告げると、華音は元の黒髪黒目の少年の姿に戻り杖も元の烏の姿に戻って隣を羽ばたいた。

「華音! 大丈夫?」
「おい、華音!」
「カノン~っ」

 元の姿に戻った桜花と離れた場所に避難していた雷の他に、アルナも華音のもとへ駆け付けた。
 立ち上がろうとする華音の身体を雷が支えた。

「はは……死ななくてよかったよ。本当なら死んでたらしいからね」

 華音が苦笑混じりで零すと、アルナは華音の怪我に気付いてすぐさま月属性のマナを集め始めた。

「今すぐに治すぞっ」

 柔らかな光が華音の傷口を包み込み、痛みを取り除いた後跡形もなく綺麗に傷口を塞いだ。

「ありがとう、アルナ」
「うんっ! カノンが無事で良かったぞ」
「って、刃は? 一緒だっただろ?」

 華音が辺りを見渡し、雷と桜花も彼の姿を捜した。
 すると、石段を上がってくる金髪頭が見えた。刃は笑顔で皆に手を振っている。

「おーい、皆無事かぁ?」
「お兄ちゃん!」
「兄ちゃん! どこ行ってたんだよ、さがしたぜ」

 刃の後ろから、雨と風牙が飛び出して雷の傍に来た。
 雷は弟妹を暫く眺めると、ゆっくりと歩いて来る刃を見た。

「刃、お前……!」
「ああ。迷子になってたぜ? ふっふっふ。これで俺に借りが出来たなぁ? 雷くん」
「ムカつくけど、サンキュー。借りって、何が望みだ?」
「そうだなぁ。黒毛和牛の串焼きでどうだ!」
「足下見やがって! いいよ、買って来るよ!」
「あ! お兄ちゃん、めぐも一緒に行く~」
「おれもついていってやるぜ。兄ちゃん、すぐ迷子になるからな」

 高木兄妹は石段を駆け下りていった。
 もう眼下の祭り会場は元通りのざわめきを取り戻していた。先の出来事が一時の幻想だったかの様に、誰も気にする事はなく祭りを楽しんでいた。
 華音と桜花、アルナのおかげで死者は1人も出なかった。
 祭りのざわめきで桜花は思い出す。

「あ! そうだ。タピオカドリンクまだ買ってなかったわ。ちょっと買って来る」

 駆け出そうとすると、行く手を刃に塞がれた。

「俺が買って来るよ。もうすぐ花火上がるし、お前らはここで待ってな」
「でも、風間くん……」
「いーのいーの。そんで、華音お金ちょうだ~い」

 刃が手の平を出しながら華音に歩み寄ると、華音は少し不満そうにその手に一万円札を握らせた。

「お釣りは返せよ?」
「そこは釣りはいらねーぜ、じゃねーのかよ。屋台で一万円札って」
「お釣りはやらないけど、お前も何か好きな物買ってもいいから。……気を遣ってくれてありがとう」

 最後の礼の言葉はやや声を潜め、それに対して笑顔で応えた刃はお金を握り締めて歩き去っていった。

「充実した一時をお過ごし下さい! じゃあな」

 華音と桜花、それに使い魔とアルナが残された。残念ながら2人きりではなかったが、華音はまあいいかと思った。
 桜花もアルナに不快感を抱いていない様だし、アルナには今回沢山助けられたし邪魔者扱いするのは憚られた。
 華音を真ん中に3人は手摺りの前に並列して夜空を見上げた。
 祭り会場の喧騒を裂いて、細い高音が天まで上昇し弾ける。轟音を響かせた空には大きな火の華を咲かせ、消える間もなく次々と別の色と形の華を咲かせて夜空を彩った。
 桜花は感嘆の声を上げて花火に夢中で、そんな彼女の横顔を華音は愛おしそうに眺めた。更に、アルナが華音のその横顔を盗み見ていた。見られている側は見られているとは気が付いていない。
 アルナは華音の横顔に大人びた笑みを向けて、ひっそりとその場を立ち去った。

 さすがに場違いだな。なんだ。両想いじゃないか。

 華音と桜花がアルナが居なくなったのに気付いたのは大分後の事だった。
 最初のうちは少しだけアルナの事を考えたが、想い人と同じ空間に居ると言う現実の方が重要で薄情にも華音の頭の中はすぐに桜花の事で埋め尽くされた。
 花火が上がる度、心臓もどくんどくんと活発に跳ねる。花火の音に反応しているだけなのか、緊張故なのか定かではなかった。それでも、押し込んでいた感情が溢れ出て来た。

「桜花。オレさ、オレは桜花の事……」
「ん? 何か言った?」

 タイミング悪く花火の音が華音の声を掻き消してしまった。
 華音は首を横に振った。

「花火綺麗だね」

 聞こえなくて良かった。華音自身、感情が抑えきれなかっただけで冷静ではなかったのだから。この続きはもう少し先の未来にちゃんとした形で伝えたい、そう思った。
 ふわりと笑う華音の顔を見て、桜花はドキッとした。高鳴る心臓を押さえ、夜空に視線を戻した。

「そうね」

 2人並んで花火を眺める。濃紺の空を七色の光で彩る光景は力強くも儚くて美しかった。