モンブランをそれぞれ皿に移し終えた華音は壁掛け時計を見た。
「……遅いな」
もうすぐ昼食の時間。いつもなら水戸がキッチンに立って居るのだが……。
自分の食事の事より、いつも通りに行動していない水戸の事が心配になった。同じ屋根の下に居るとは言え、姿が見えないと不安だ。
朝出掛ける時に見送ってくれた水戸は普段と変わらない様子であったが、実は無理をしていたか、それともその後に急に体調が悪くなったのかもしれない。
女性は男性よりも体調を崩しやすいと言う。
水戸が1人部屋で寝込んでいるのかもしれないと思うと、華音は居ても立っても居られず階段を上がった。
水戸の部屋は長い廊下の突き当たり。自分の家なのに、1度も訪れた事のない場所だった。
部屋に近付くに連れて音声が聞こえてきた。アップテンポなメロディーは生演奏ではなく、また、独特の高音ボイスは水戸やアルナのものではなかった。テレビから流れているみたいだ。
テレビが点いていると言う事は寝込んではなさそうで少し安心すると同時に、さっきまではなかった好奇心が湧き上がってきてどうしてか抑えられなかった。
扉が少しだけ開いていて、良くない事だと頭では分かってはいても身体は言う事を聞かずに室内を覗き込んでいた。
え? 何これ。
初めに見えた物はアニメのポスター。華音はアニメや漫画などの2次元に詳しくないが、毎回の様に親友の刃が語ってくるので記憶には残っていた。確かあれは刃も大好きだと言う深夜放送の魔法少女アニメのキャラクターだ。名前までは覚えていないが、フリルたっぷりの可愛い衣装が印象的だった。そして、刃が着るつもりもないのに購入したコスプレ用の衣装もこのアニメに登場するキャラクターのものだ。
次に視線を向けた先には漫画がズラリと並ぶ本棚に、漫画の間に置かれた魔法少女フィギュアが。
更に視線を彷徨わせると、仲良く並んでテレビを観ている水戸とアルナとほわまろの後ろ姿を発見した。
大きなテレビ画面上では魔法少女が激戦を繰り広げていた。丁度、先の華音の様に。
人間よりも優れた聴力を持つエルフの長耳で華音の足音を聞き取ったアルナが振り返った。
「あ! カノン!」
「え!? か、華音くん!?」
水戸はギクリと振り返り、華音の姿を認めると凍り付いた。
華音は引き攣った笑みを作った。
「ごめん……勝手に。2人がいつまで経っても来ないから捜しに来たんだけど」
「マホーショージョって面白いんだな! アルナ、夢中だぞっ。カノンも観るか?」
アルナがトテトテ走り寄って来て手招く。
華音はアルナの頭をポンッと軽く叩くと、凍り付いたまま瞬きすら忘れた水戸を見た。
初めて見る水戸の部屋は完全にプライベート空間であり、例え家主の息子と言えども知られたくなかったに違いない。
とは言え、もう遅い。見てしまったもの、特に印象的なものはどうやったって記憶から完全消去は不可能に近い。もうお互いに諦めるしかない。
華音が極力気にしていない風を装って昼食の時間だと言う事だけ告げて去ろうとすると、水戸が観念した様に漸く口を開いた。
「魔法少女、好きなんです! も、もっと言うと私アニメが好きなんです!」
「あ、うん。そうだよね」
引いている訳ではないが、華音は反応に困った。
「BLも好きです。すみません……私、腐女子なんです。だ、黙っていて本当にごめんなさい! げ、幻滅しましたよね……」
水戸は耳まで真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠した。
「B……? 何かの暗号? えっと、幻滅はしてないよ? 驚きはしたけど」
「ほ、本当……ですか?」
水戸は開いた指の隙間から華音の表情を窺う。彼は困惑こそしているものの、嫌悪している様子は全くなかった。
華音は穏やかな顔で再度部屋を見回した。
「そっか。水戸さんはこう言うのが好きなんだね。今まであんまり水戸さんの事を知らなかったから何だか安心した」
「や、優しすぎますよ……華音くん。そんなところがやっぱり……」
「ん? 何?」
「いえ! 何でもありません」
好きだなんて、家政婦の立場上言える筈がなかった。
華音は恋愛する事を知った今でも水戸の秘めた想いに気付いていない。
「ねーカノン、マホーショージョ観ようよ~」
アルナが華音の腕をゆさゆさ揺らし、華音はアルナが居た事を思い出した。
「そう言われても、此処水戸さんの部屋だしさ……」
華音が引き下がろうとすると、アルナが駄々をこね始め水戸が宥めた。
「元々は華音くんご一家のお家ですから。私なら大丈夫です。逆に……こ、こんな腐女子空間に華音くんをお招きするのが申し訳ないです……」
「そんな事ないよ。じゃあ入るよ?」
「は、はいっ」
華音は扉を潜ると、水戸とアルナと一緒にテレビ前に並んでアニメを観る。その時、華音はローテーブルの下にほわまろが潜んでいるのを発見した。
ほわまろは薄暗がりの中で赤い双眸を露わに眠っていた。初めの頃は華音と水戸はそれに驚いたが、アルナから兎は目を開けたまま眠る習性があるのだと言う事を教えてもらって今はもう慣れた。
「このアニメ、確かオレの友達が好きなんだよなー」
華音がぼやくと、水戸は画面から華音へ視線を移動させた。
「華音くんのお友達?」
「そう。風間刃って言って、見た目はユルい感じの不良だけど中身はアニメオタクなんだ。今月都内で開催されるアニメフェスに行くって張り切ってたな」
「あぁ! もしかして、フワッとした金髪の?」
水戸は鏡崎家の前でチラッと見た華音の連れの片割れを思い出した。もう1人も不良で特徴的な外見であったが、ユルい感じではなかった。
「水戸さん、アニメが好きなら刃と話が合うかも。……ちょっと不本意だけど」
「それは是非! でも……あの時、追い返す様な事をしてしまって申し訳なかったと言うか……」
「あれは母さんだろ? まあ、刃も雷も気にしてないと思うし、今度家に呼ぼう。母さんはきっと当分家には帰って来ないだろうしさ。……それよりも、こっちの方をどう説明しようかって話だよね」
華音はアニメに夢中になっている幼女(外見)を見て頭を悩ませる。
母が滅多に帰宅しないとは言え、いつかは知る事となるだろう。
水戸も思考を巡らせるも妙案が浮かばず、唸り声が口から漏れるだけだった。
「水戸さんの親戚とか、そう言うのは駄目かな」
華音が遠慮がちに言うと、水戸はこくりと頷いた。
「そうですね。それしかありません。華織様も私の家系までは知らない筈ですから」
「じゃあ、もし何か訊かれたらそう言う事で話を合わせよう」
話がまとまると、2人はアニメ視聴に戻った。
約25分のアニメは作画、声優の演技、物語、全てがハイクオリティで普段アニメを観ない華音でも十分楽しめた。
エンディングが流れ終わると、画面はブルー一色になった。
アルナは魔法少女の消えた画面を名残惜しそうに見つめていた。
「もう終わりか!? 続きが観たいぞっ」
「続きはまだ出てないのよ、アルナちゃん。続きが出たらまた観ようね」
水戸はディスクをケースに収め、アルナに微笑んだ。
その笑みにアルナは渋々諦め、「約束だ!」と微笑み返した。
「へぇ。面白かったよ。ありがとう」
華音も笑みを見せ、2人の女子は更に嬉しくなった。
「カノンもマホーショージョにハマったんだな!」
「う、嬉しいです。華音くんにそう言っていただけて」
華音は普通の幼女の様にはしゃぐ魔女を不思議そうに見た。
「……と言うか、アルナはほぼ本物じゃないか」
「でも、変身は出来るけど出来ないぞ?」
「矛盾……」
「何て言うか、キラってなって服がシャッキーンって変わる感じ? アルナのは単なる惑わしの術だからな。アルナよりも、カノンの方がキラシャッキーンな感じじゃないか? まさにマホーショーネンだなっ」
アルナが目を輝かせて力説すると、水戸の顔に戸惑いの色が浮かんだ。
「華音くんがキラシャッキーンな魔法少年……?」
「ちょ、アルナ! 何訳分かんない事言うんだよ! み、水戸さん違うからね? 信じちゃ駄目だからね?」
華音は必死に弁解する。
幸い存在自体がメルヘンなアルナの言動には説得力はなく、アルナを魔法少女だと本気で信じている水戸もさすがにそれを真に受ける事はなかった。
しかし、水戸だからこそ斜め上の反応をみせた。
「やっぱり華音くんってそう言うの似合いますよね! キラシャッキーンとはなりませんが、ピッタリな衣装があります!」
「あの……水戸さん?」
「少しお待ちいただけますか。すぐにお持ちします」
華音の返事を待たずに水戸はクローゼットに向かい、ゴソゴソ漁り出した。
待つ事数分でそれは華音の目の前に再登場した。
「わ……これ」
いつか刃が勧めてきた青いラインの入った白地の丈の短いワンピースだった。魔法少女らしくリボンとフリル、宝石がふんだんにあしらわれた可愛すぎるデザインで、今観ていたアニメの登場人物のコスチュームだった。
水戸が純粋な表情で勧めてくるそれを、華音は全力で押し返した。
「水戸さん! 少し冷静になって考えて!? オレ男だからね? これ着たら変態になるから!」
「きゃ――! ご、ごめんなさいっ! そうですよね!? 私ったらつい、腐女子モードに……!」
冷静になった水戸は真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠して後退った。
はらりと衣装が落ち、華音は拾って水戸に手渡した。
「オレよりも水戸さんの方が似合うんじゃないかな」
水戸は衣装で顔の下半分を覆い、首を横に振った。
「でも私20歳過ぎてますし……。いい大人がこんなの着て……それこそ変態になります」
本当は自分が着てみたくて購入したのはいいものの、結局着る事が出来ずに今日までクローゼットの中に眠っていたのだ。
「アルナも、カノンと同じ意見だぞっ。アルナも年齢とか気にすると、こんな格好許されないからな。アルナはチカゲのマホーショージョ姿見たいぞ!」
アルナが途中変な事を言った気がしたが水戸は気にせず、最後の言葉だけを受け取って目を輝かせた。
華音も場の空気に合わせて頷いておく。
水戸はバサッと衣装を広げた。
「分かりました! 水戸ちかげ、魔法少女になります! ちょっと変身しますので、華音くんはリビングで待っていていただけませんか? アルナちゃんは変身のお手伝いをお願い」
「うん。じゃあ、楽しみに待ってる。あと、モンブラン買ってきたから食後にでも一緒に食べよう」
「アルナ、了解したぞっ」
華音は水戸とアルナに一旦別れを告げて階段を下りていく。
今日の水戸は別人の様に生き生きとしている。きっとそれが本来の姿なのだろう。意外な気もしたが、華音は彼女の本来の姿を見られて満足だった。
「……遅いな」
もうすぐ昼食の時間。いつもなら水戸がキッチンに立って居るのだが……。
自分の食事の事より、いつも通りに行動していない水戸の事が心配になった。同じ屋根の下に居るとは言え、姿が見えないと不安だ。
朝出掛ける時に見送ってくれた水戸は普段と変わらない様子であったが、実は無理をしていたか、それともその後に急に体調が悪くなったのかもしれない。
女性は男性よりも体調を崩しやすいと言う。
水戸が1人部屋で寝込んでいるのかもしれないと思うと、華音は居ても立っても居られず階段を上がった。
水戸の部屋は長い廊下の突き当たり。自分の家なのに、1度も訪れた事のない場所だった。
部屋に近付くに連れて音声が聞こえてきた。アップテンポなメロディーは生演奏ではなく、また、独特の高音ボイスは水戸やアルナのものではなかった。テレビから流れているみたいだ。
テレビが点いていると言う事は寝込んではなさそうで少し安心すると同時に、さっきまではなかった好奇心が湧き上がってきてどうしてか抑えられなかった。
扉が少しだけ開いていて、良くない事だと頭では分かってはいても身体は言う事を聞かずに室内を覗き込んでいた。
え? 何これ。
初めに見えた物はアニメのポスター。華音はアニメや漫画などの2次元に詳しくないが、毎回の様に親友の刃が語ってくるので記憶には残っていた。確かあれは刃も大好きだと言う深夜放送の魔法少女アニメのキャラクターだ。名前までは覚えていないが、フリルたっぷりの可愛い衣装が印象的だった。そして、刃が着るつもりもないのに購入したコスプレ用の衣装もこのアニメに登場するキャラクターのものだ。
次に視線を向けた先には漫画がズラリと並ぶ本棚に、漫画の間に置かれた魔法少女フィギュアが。
更に視線を彷徨わせると、仲良く並んでテレビを観ている水戸とアルナとほわまろの後ろ姿を発見した。
大きなテレビ画面上では魔法少女が激戦を繰り広げていた。丁度、先の華音の様に。
人間よりも優れた聴力を持つエルフの長耳で華音の足音を聞き取ったアルナが振り返った。
「あ! カノン!」
「え!? か、華音くん!?」
水戸はギクリと振り返り、華音の姿を認めると凍り付いた。
華音は引き攣った笑みを作った。
「ごめん……勝手に。2人がいつまで経っても来ないから捜しに来たんだけど」
「マホーショージョって面白いんだな! アルナ、夢中だぞっ。カノンも観るか?」
アルナがトテトテ走り寄って来て手招く。
華音はアルナの頭をポンッと軽く叩くと、凍り付いたまま瞬きすら忘れた水戸を見た。
初めて見る水戸の部屋は完全にプライベート空間であり、例え家主の息子と言えども知られたくなかったに違いない。
とは言え、もう遅い。見てしまったもの、特に印象的なものはどうやったって記憶から完全消去は不可能に近い。もうお互いに諦めるしかない。
華音が極力気にしていない風を装って昼食の時間だと言う事だけ告げて去ろうとすると、水戸が観念した様に漸く口を開いた。
「魔法少女、好きなんです! も、もっと言うと私アニメが好きなんです!」
「あ、うん。そうだよね」
引いている訳ではないが、華音は反応に困った。
「BLも好きです。すみません……私、腐女子なんです。だ、黙っていて本当にごめんなさい! げ、幻滅しましたよね……」
水戸は耳まで真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠した。
「B……? 何かの暗号? えっと、幻滅はしてないよ? 驚きはしたけど」
「ほ、本当……ですか?」
水戸は開いた指の隙間から華音の表情を窺う。彼は困惑こそしているものの、嫌悪している様子は全くなかった。
華音は穏やかな顔で再度部屋を見回した。
「そっか。水戸さんはこう言うのが好きなんだね。今まであんまり水戸さんの事を知らなかったから何だか安心した」
「や、優しすぎますよ……華音くん。そんなところがやっぱり……」
「ん? 何?」
「いえ! 何でもありません」
好きだなんて、家政婦の立場上言える筈がなかった。
華音は恋愛する事を知った今でも水戸の秘めた想いに気付いていない。
「ねーカノン、マホーショージョ観ようよ~」
アルナが華音の腕をゆさゆさ揺らし、華音はアルナが居た事を思い出した。
「そう言われても、此処水戸さんの部屋だしさ……」
華音が引き下がろうとすると、アルナが駄々をこね始め水戸が宥めた。
「元々は華音くんご一家のお家ですから。私なら大丈夫です。逆に……こ、こんな腐女子空間に華音くんをお招きするのが申し訳ないです……」
「そんな事ないよ。じゃあ入るよ?」
「は、はいっ」
華音は扉を潜ると、水戸とアルナと一緒にテレビ前に並んでアニメを観る。その時、華音はローテーブルの下にほわまろが潜んでいるのを発見した。
ほわまろは薄暗がりの中で赤い双眸を露わに眠っていた。初めの頃は華音と水戸はそれに驚いたが、アルナから兎は目を開けたまま眠る習性があるのだと言う事を教えてもらって今はもう慣れた。
「このアニメ、確かオレの友達が好きなんだよなー」
華音がぼやくと、水戸は画面から華音へ視線を移動させた。
「華音くんのお友達?」
「そう。風間刃って言って、見た目はユルい感じの不良だけど中身はアニメオタクなんだ。今月都内で開催されるアニメフェスに行くって張り切ってたな」
「あぁ! もしかして、フワッとした金髪の?」
水戸は鏡崎家の前でチラッと見た華音の連れの片割れを思い出した。もう1人も不良で特徴的な外見であったが、ユルい感じではなかった。
「水戸さん、アニメが好きなら刃と話が合うかも。……ちょっと不本意だけど」
「それは是非! でも……あの時、追い返す様な事をしてしまって申し訳なかったと言うか……」
「あれは母さんだろ? まあ、刃も雷も気にしてないと思うし、今度家に呼ぼう。母さんはきっと当分家には帰って来ないだろうしさ。……それよりも、こっちの方をどう説明しようかって話だよね」
華音はアニメに夢中になっている幼女(外見)を見て頭を悩ませる。
母が滅多に帰宅しないとは言え、いつかは知る事となるだろう。
水戸も思考を巡らせるも妙案が浮かばず、唸り声が口から漏れるだけだった。
「水戸さんの親戚とか、そう言うのは駄目かな」
華音が遠慮がちに言うと、水戸はこくりと頷いた。
「そうですね。それしかありません。華織様も私の家系までは知らない筈ですから」
「じゃあ、もし何か訊かれたらそう言う事で話を合わせよう」
話がまとまると、2人はアニメ視聴に戻った。
約25分のアニメは作画、声優の演技、物語、全てがハイクオリティで普段アニメを観ない華音でも十分楽しめた。
エンディングが流れ終わると、画面はブルー一色になった。
アルナは魔法少女の消えた画面を名残惜しそうに見つめていた。
「もう終わりか!? 続きが観たいぞっ」
「続きはまだ出てないのよ、アルナちゃん。続きが出たらまた観ようね」
水戸はディスクをケースに収め、アルナに微笑んだ。
その笑みにアルナは渋々諦め、「約束だ!」と微笑み返した。
「へぇ。面白かったよ。ありがとう」
華音も笑みを見せ、2人の女子は更に嬉しくなった。
「カノンもマホーショージョにハマったんだな!」
「う、嬉しいです。華音くんにそう言っていただけて」
華音は普通の幼女の様にはしゃぐ魔女を不思議そうに見た。
「……と言うか、アルナはほぼ本物じゃないか」
「でも、変身は出来るけど出来ないぞ?」
「矛盾……」
「何て言うか、キラってなって服がシャッキーンって変わる感じ? アルナのは単なる惑わしの術だからな。アルナよりも、カノンの方がキラシャッキーンな感じじゃないか? まさにマホーショーネンだなっ」
アルナが目を輝かせて力説すると、水戸の顔に戸惑いの色が浮かんだ。
「華音くんがキラシャッキーンな魔法少年……?」
「ちょ、アルナ! 何訳分かんない事言うんだよ! み、水戸さん違うからね? 信じちゃ駄目だからね?」
華音は必死に弁解する。
幸い存在自体がメルヘンなアルナの言動には説得力はなく、アルナを魔法少女だと本気で信じている水戸もさすがにそれを真に受ける事はなかった。
しかし、水戸だからこそ斜め上の反応をみせた。
「やっぱり華音くんってそう言うの似合いますよね! キラシャッキーンとはなりませんが、ピッタリな衣装があります!」
「あの……水戸さん?」
「少しお待ちいただけますか。すぐにお持ちします」
華音の返事を待たずに水戸はクローゼットに向かい、ゴソゴソ漁り出した。
待つ事数分でそれは華音の目の前に再登場した。
「わ……これ」
いつか刃が勧めてきた青いラインの入った白地の丈の短いワンピースだった。魔法少女らしくリボンとフリル、宝石がふんだんにあしらわれた可愛すぎるデザインで、今観ていたアニメの登場人物のコスチュームだった。
水戸が純粋な表情で勧めてくるそれを、華音は全力で押し返した。
「水戸さん! 少し冷静になって考えて!? オレ男だからね? これ着たら変態になるから!」
「きゃ――! ご、ごめんなさいっ! そうですよね!? 私ったらつい、腐女子モードに……!」
冷静になった水戸は真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠して後退った。
はらりと衣装が落ち、華音は拾って水戸に手渡した。
「オレよりも水戸さんの方が似合うんじゃないかな」
水戸は衣装で顔の下半分を覆い、首を横に振った。
「でも私20歳過ぎてますし……。いい大人がこんなの着て……それこそ変態になります」
本当は自分が着てみたくて購入したのはいいものの、結局着る事が出来ずに今日までクローゼットの中に眠っていたのだ。
「アルナも、カノンと同じ意見だぞっ。アルナも年齢とか気にすると、こんな格好許されないからな。アルナはチカゲのマホーショージョ姿見たいぞ!」
アルナが途中変な事を言った気がしたが水戸は気にせず、最後の言葉だけを受け取って目を輝かせた。
華音も場の空気に合わせて頷いておく。
水戸はバサッと衣装を広げた。
「分かりました! 水戸ちかげ、魔法少女になります! ちょっと変身しますので、華音くんはリビングで待っていていただけませんか? アルナちゃんは変身のお手伝いをお願い」
「うん。じゃあ、楽しみに待ってる。あと、モンブラン買ってきたから食後にでも一緒に食べよう」
「アルナ、了解したぞっ」
華音は水戸とアルナに一旦別れを告げて階段を下りていく。
今日の水戸は別人の様に生き生きとしている。きっとそれが本来の姿なのだろう。意外な気もしたが、華音は彼女の本来の姿を見られて満足だった。