優雅に川面を滑っていくボートを琥珀色の瞳に捉え、華音は十分に集めた水属性のマナを放つ。
マナで形成された水は川の水を巻き込み、大きく波打った。
ボートは波に押し上げられ、その勢いのままボート上の魔女は宙に投げ出された。
華音は更にそこへ、魔術をぶつける。
すると、川底から空中に迸る水滴まで、そこにあるもの全てを凍りつかせた。
しかし、肝心のアルナは含まれていなかった。姿が忽然と消えた。
華音が視線を氷の彫刻から逸らし、彷徨わせると、いち早く魔女の気配を感じ取ったオズワルドが注意を呼びかけようとする――――よりも早く、魔女が音もなく華音の背後に現れた。
慌てて華音が振り向き様に杖を振るうと、アルナは笑い声を漏らしながら身軽に躱し、金髪ツインテールを揺らして華音の脇を走り抜けていった。
華音は直様体勢を立て直し、アルナを追い掛ける。
前方、アルナの正面に桜花が見えた。
「逃がさないわ! くらいなさい――――ファイアブレス!」
桜花が放った炎の波は、対象に牙を剥く。
「わわっ。容赦ないなぁ。てなわけで、きっちりお返しするぞっ」
全く動じた様子を見せないアルナは炎の前に両の手の平を突き出し、瞬時に創り出した魔法壁で炎を弾き返した。
炎は勢いを保ったまま術者へ返っていき、桜花は予想外の展開に動けなくなってしまった。内側からドロシーが呼びかけるも応答なし。
代わりに、華音が動く。
「アイスブレス!」
術名を口にすると、水属性のマナが創り出した冷気の波が瞬く間に炎の波を丸呑みして消し去った。
冷気の波も役目を終えてマナへと還っていき、その青白い光の向こうから華音が心配そうな顔で走って来た。
「桜花、大丈夫だった?」
それは今の事か、それとも魔物と戦って来た事か、桜花にはどちらか判断がつかなかったが、取り敢えずは小さく頷いておいた。
「ありがとう、華音」
「無事なら良かった。あれ? アルナが居ない……?」
桜花から視線を外した華音は、まず敵が居なくなった事に気付いた。
つい数秒前まで、そこに居た筈なのに。
桜花も辺りを見回したが、小さな魔女の姿を見つけられなかった。
2人して、小首を傾げた。
『敵の存在を一瞬でも忘れるなんて、やはりお前は戦闘には向かないな。アイツなら、あそこだ』
「あそこ?」
オズワルドに嫌味を言われた気がするが今は流し、華音は言われた通りの方向を見た。
光り輝く、回転式のアトラクション――――メリーゴーランドの白馬の上にアルナは居た。
ポップな音楽に合わせて回転する市松模様の床の上には彼女の手下も多数居て、赤い双眸を滾らせていた。
夢と希望溢れる光景から、悪夢と絶望溢れる光景へと変わっていた。心なしか、かかっている音楽でさえ、ノイズが混じっているかの様。
『マズイぞ! 急げ、カノン』
オズワルドの切羽詰った声が脳内で響き、華音は足を急かす……その時、魔女がニヤリと口元を歪ませて指を鳴らし、直後、魔物達がスッと消えた。
華音は柵を飛び越えた姿勢のまま、瞠目した。
「え……消えた? あ……! ま、まさか!」
「一足遅かったなっ! 生命力を奪った魔物ちゃん達は、シーラが管理する場所まで届けにいったぞ」
「嘘……だろ」
そのまま華音は膝をつきそうな程、衝撃を受けた。背筋はゾワゾワ粟立ち、血液が全身に巡らなくなっていく。
くるくるメリーゴーランドが回り、一度華音の視界から消えたアルナが再び馬に乗って戻って来た。その表情は、遊具にはしゃぐ純粋無垢な子供そのものだ。
「残念だったな! オズワルドとおんなじ姿だから、その絶望に満ちた顔最高だっ! あははっ」
声も、子供と相違ない。
彼女の残酷さはその幼い外見故なのかは定かではないが、決して許される事ではない。
華音は、残酷さを湛えた笑みに向け、眼光を鋭くした。
「命は……お前の玩具じゃない!」
華音は回転する床に飛び乗った。
桜花も後に続くが、上手く飛び乗れずに転んで床と一緒に回転していった。それを横目に、華音は杖をアルナに振り下ろした。
「真っ向勝負とは、芸がないなぁ!」
アルナは身を投げ、床へ頭部が到達するギリギリでパッと姿を消した。
杖は作り物の馬に当たり、コンっと虚しい音を立てた。
メリーゴーランドが回転をやめ、明かりも消えた。
華音は一旦杖を下げ、桜花に近付いて視線を下げた。
「怪我はない?」
手を差し出すと、桜花は頬を紅潮させながらその手を取った。
「ごめんなさい……大事なところで」
華音と、彼の手助けによって立ち上がった桜花は、並んで同じ方向を見た。
街灯の上に、月の魔女が立って居た。
アルナは夜風に金髪ツインテールと白のケープを躍らせながら、右手を掲げて魔物を空中に空いた漆黒の穴から呼び寄せる。
出現した魔物は全て狼を象っており、唸り声を上げて2人の魔法使いのもとへと攻めて来た。
華音と桜花が魔物を迎え撃っている間に、魔女は再び姿を消した。
魔術で魔物を完全消滅させた後、2人はメリーゴーランドから離れて彼方此方に視線と足を走らせる。
視界に入るのは生命力を奪われた人ばかりで、魔女を見つけられない現状に悔しさばかりが募っていく。きっと、このうちの何人かは永遠に目覚める事はないだろう。
華音が歯噛みすると、ゴゴーっと重たい何かがレールの上を滑っていく音が頭上から降ってきた。
華音と桜花が同時に頭上を見上げると、空中に張り巡らされたレールの上の乗り物……そのまた上にアルナが乗っていた。
それを認めた刹那、アルナが身を投げ、遠くにあったその姿がどんどん近付いて来た。
アルナは逆立ち状態で、右の拳を地面へ向けている。
華音は右へ、桜花が左へ飛び退くと、その中間地点へアルナの拳が叩き落とされた。
タイルが罅割れ、粉塵が舞い、そこに大きなクレーターが生まれた。
アルナは後方へ宙返りして体勢を立て直し、透かさずそこへ華音と桜花が挟み撃ちにする形で杖を振るう。が、簡単に躱され、華音の杖は空を裂き、桜花の杖は華音の水色の頭部へ落とされた。
「――――っ!」
華音は頭を押さえ、蹲る。琥珀色の瞳には涙が滲んでいた。
「ご、ごめんなさい! 華音、大丈夫!?」
顔面蒼白の桜花は華音の眼前へ近付き、苦痛に歪む顔を覗き込んだ。
「だい……じょうぶ…………」
苦痛に耐えて何とか声を絞り出した華音は顔を上げ、潤んだ瞳を見開いた。
「桜花! 後ろ!」
「えっ?」
桜花が振り返ると、そこにはアルナの姿が間近にあった。幼い顔は悪魔の様な笑みを浮かべている。
アルナが右の手のひらを前方へ突き出し、桜花は身構え、華音は一歩動く……が、もう魔女はすぐそこ。間に合う筈もない。
「さすがに連続でパワーアップ出来ないんだ! だーかーらーアルナに出来る事は――――」
アルナの強力な一撃がくるかと思いきや、魔女を中心に閃光が走り、2人の視力を一時的に奪った。
そして、視力が回復した時には再びアルナの姿が消えていた。
今のは何の攻撃でもなく、唯の目眩し。空間移動が可能である彼女には無意味な術であるが、その無意味さが彼女らしかった。純粋に、魔法使い達と戦っている現状が楽しくて仕方がない――――否、最早戦いなどではなく、遊びなのだ。
しかし、華音と桜花は必死だった。こちらには魔法使いの魂の滞在時間と言う名のタイムリミットがあり、彼方此方で人々の生命力を奪う魔物の退治も同時に行わなくてはならないのだ。
焦りで、2人の足は自然と速くなる。
「アルナ、一体何処かしら……――――きゃっ」
突然、桜花の姿が華音の視界から消えた。
華音が半歩後ろを振り返ると、桜花が地面に倒れていて、更に彼女の足元には生命力を失った女性従業員が倒れていた。
華音が手を貸そうとすると、狼の形状の魔物が真横から飛び掛って来て、華音は横目で杖を薙ぐ。
魔物は遠くの地面へ転がり、華音は魔術で追撃。激しい水の渦が魔物を粉々にし、消滅させる。残ったのは水滴と光り輝く2人分の生命力のみ。
桜花が立ち上がると、横を1つの生命力が通り過ぎて、先程桜花が足を引っ掛けてしまった女性従業員へ吸い込まれていった。
もう1つの生命力はメリーゴーランドのある方へと飛んでいった。
生命力を取り戻した女性従業員の青白かった肌に健康的な赤みが差し、ゆっくりと呼吸をし始めたが、まだ意識は夢の中。起きる気配は今のところなかった。
事が済んだら目覚めてくれる事を祈り、華音と桜花はその場を速やかに離れて魔女捜しを続行する。
道中、何度か魔物を撃退しながら、辿り着いたのは海賊船型の巨大なブランコのアトラクション――――バイキングの前だ。
月の魔女はそのど真ん中で仁王立ちして、魔法使い達を見下ろしていた。背後に銀色の満月が輝く。
華音が杖で地面をコツンと鳴らすと、一瞬で大気中の水属性のマナが集い、空中に見事な氷の階段が形成された。
華音は桜花に目配せすると一気に階段を駆け上り、桜花も時折転びそうになりながらも何とか階段が消える前に上りきった。
華音と桜花は二手に分かれ、船上の端に立ってアルナを挟み込んだ。
バイキングはゆらゆら揺れ、華音の立って居る方が天へ向かって角度を変えていく。それに伴い、船全体が斜めになり、それでも3者は平衡を保ち続けた。
再び、バイキングが最初の位置に戻ると、同時に華音と桜花は魔術を放った。
凍てつく冷風と焼け付く熱風がアルナを襲う。
アルナの肩に乗っている白兎のほわまろが微かに震える。
「……だいじょーぶ!」
そう言って、アルナは周囲に魔法壁を形成。
見えない壁が2種類の魔術を防ぐ。
ドォン!
術者のもとへ返す事が出来なかった魔術は行き場をなくし、その場で大爆発を起こした。
船が粉砕し、支柱もポッキリと折れて地面へ倒れて大きな音と砂煙を上げた。
バラバラと崩れゆく船の残骸と共に、魔法使いと魔女も落ちてゆく。
華音はその体勢から、しっかりと敵を見据えた。
「これで終わりにしてやる。――――グロスヴァーグ!」
巨大な波が無防備なアルナを飲み込み、遠くまで押し流す。
大量の水が肺をどんどん満たしていき、呼吸することさえままならない小さな身体は大木に衝突し、水浸しになった地面へずり落ちた。
マナで形成された水は川の水を巻き込み、大きく波打った。
ボートは波に押し上げられ、その勢いのままボート上の魔女は宙に投げ出された。
華音は更にそこへ、魔術をぶつける。
すると、川底から空中に迸る水滴まで、そこにあるもの全てを凍りつかせた。
しかし、肝心のアルナは含まれていなかった。姿が忽然と消えた。
華音が視線を氷の彫刻から逸らし、彷徨わせると、いち早く魔女の気配を感じ取ったオズワルドが注意を呼びかけようとする――――よりも早く、魔女が音もなく華音の背後に現れた。
慌てて華音が振り向き様に杖を振るうと、アルナは笑い声を漏らしながら身軽に躱し、金髪ツインテールを揺らして華音の脇を走り抜けていった。
華音は直様体勢を立て直し、アルナを追い掛ける。
前方、アルナの正面に桜花が見えた。
「逃がさないわ! くらいなさい――――ファイアブレス!」
桜花が放った炎の波は、対象に牙を剥く。
「わわっ。容赦ないなぁ。てなわけで、きっちりお返しするぞっ」
全く動じた様子を見せないアルナは炎の前に両の手の平を突き出し、瞬時に創り出した魔法壁で炎を弾き返した。
炎は勢いを保ったまま術者へ返っていき、桜花は予想外の展開に動けなくなってしまった。内側からドロシーが呼びかけるも応答なし。
代わりに、華音が動く。
「アイスブレス!」
術名を口にすると、水属性のマナが創り出した冷気の波が瞬く間に炎の波を丸呑みして消し去った。
冷気の波も役目を終えてマナへと還っていき、その青白い光の向こうから華音が心配そうな顔で走って来た。
「桜花、大丈夫だった?」
それは今の事か、それとも魔物と戦って来た事か、桜花にはどちらか判断がつかなかったが、取り敢えずは小さく頷いておいた。
「ありがとう、華音」
「無事なら良かった。あれ? アルナが居ない……?」
桜花から視線を外した華音は、まず敵が居なくなった事に気付いた。
つい数秒前まで、そこに居た筈なのに。
桜花も辺りを見回したが、小さな魔女の姿を見つけられなかった。
2人して、小首を傾げた。
『敵の存在を一瞬でも忘れるなんて、やはりお前は戦闘には向かないな。アイツなら、あそこだ』
「あそこ?」
オズワルドに嫌味を言われた気がするが今は流し、華音は言われた通りの方向を見た。
光り輝く、回転式のアトラクション――――メリーゴーランドの白馬の上にアルナは居た。
ポップな音楽に合わせて回転する市松模様の床の上には彼女の手下も多数居て、赤い双眸を滾らせていた。
夢と希望溢れる光景から、悪夢と絶望溢れる光景へと変わっていた。心なしか、かかっている音楽でさえ、ノイズが混じっているかの様。
『マズイぞ! 急げ、カノン』
オズワルドの切羽詰った声が脳内で響き、華音は足を急かす……その時、魔女がニヤリと口元を歪ませて指を鳴らし、直後、魔物達がスッと消えた。
華音は柵を飛び越えた姿勢のまま、瞠目した。
「え……消えた? あ……! ま、まさか!」
「一足遅かったなっ! 生命力を奪った魔物ちゃん達は、シーラが管理する場所まで届けにいったぞ」
「嘘……だろ」
そのまま華音は膝をつきそうな程、衝撃を受けた。背筋はゾワゾワ粟立ち、血液が全身に巡らなくなっていく。
くるくるメリーゴーランドが回り、一度華音の視界から消えたアルナが再び馬に乗って戻って来た。その表情は、遊具にはしゃぐ純粋無垢な子供そのものだ。
「残念だったな! オズワルドとおんなじ姿だから、その絶望に満ちた顔最高だっ! あははっ」
声も、子供と相違ない。
彼女の残酷さはその幼い外見故なのかは定かではないが、決して許される事ではない。
華音は、残酷さを湛えた笑みに向け、眼光を鋭くした。
「命は……お前の玩具じゃない!」
華音は回転する床に飛び乗った。
桜花も後に続くが、上手く飛び乗れずに転んで床と一緒に回転していった。それを横目に、華音は杖をアルナに振り下ろした。
「真っ向勝負とは、芸がないなぁ!」
アルナは身を投げ、床へ頭部が到達するギリギリでパッと姿を消した。
杖は作り物の馬に当たり、コンっと虚しい音を立てた。
メリーゴーランドが回転をやめ、明かりも消えた。
華音は一旦杖を下げ、桜花に近付いて視線を下げた。
「怪我はない?」
手を差し出すと、桜花は頬を紅潮させながらその手を取った。
「ごめんなさい……大事なところで」
華音と、彼の手助けによって立ち上がった桜花は、並んで同じ方向を見た。
街灯の上に、月の魔女が立って居た。
アルナは夜風に金髪ツインテールと白のケープを躍らせながら、右手を掲げて魔物を空中に空いた漆黒の穴から呼び寄せる。
出現した魔物は全て狼を象っており、唸り声を上げて2人の魔法使いのもとへと攻めて来た。
華音と桜花が魔物を迎え撃っている間に、魔女は再び姿を消した。
魔術で魔物を完全消滅させた後、2人はメリーゴーランドから離れて彼方此方に視線と足を走らせる。
視界に入るのは生命力を奪われた人ばかりで、魔女を見つけられない現状に悔しさばかりが募っていく。きっと、このうちの何人かは永遠に目覚める事はないだろう。
華音が歯噛みすると、ゴゴーっと重たい何かがレールの上を滑っていく音が頭上から降ってきた。
華音と桜花が同時に頭上を見上げると、空中に張り巡らされたレールの上の乗り物……そのまた上にアルナが乗っていた。
それを認めた刹那、アルナが身を投げ、遠くにあったその姿がどんどん近付いて来た。
アルナは逆立ち状態で、右の拳を地面へ向けている。
華音は右へ、桜花が左へ飛び退くと、その中間地点へアルナの拳が叩き落とされた。
タイルが罅割れ、粉塵が舞い、そこに大きなクレーターが生まれた。
アルナは後方へ宙返りして体勢を立て直し、透かさずそこへ華音と桜花が挟み撃ちにする形で杖を振るう。が、簡単に躱され、華音の杖は空を裂き、桜花の杖は華音の水色の頭部へ落とされた。
「――――っ!」
華音は頭を押さえ、蹲る。琥珀色の瞳には涙が滲んでいた。
「ご、ごめんなさい! 華音、大丈夫!?」
顔面蒼白の桜花は華音の眼前へ近付き、苦痛に歪む顔を覗き込んだ。
「だい……じょうぶ…………」
苦痛に耐えて何とか声を絞り出した華音は顔を上げ、潤んだ瞳を見開いた。
「桜花! 後ろ!」
「えっ?」
桜花が振り返ると、そこにはアルナの姿が間近にあった。幼い顔は悪魔の様な笑みを浮かべている。
アルナが右の手のひらを前方へ突き出し、桜花は身構え、華音は一歩動く……が、もう魔女はすぐそこ。間に合う筈もない。
「さすがに連続でパワーアップ出来ないんだ! だーかーらーアルナに出来る事は――――」
アルナの強力な一撃がくるかと思いきや、魔女を中心に閃光が走り、2人の視力を一時的に奪った。
そして、視力が回復した時には再びアルナの姿が消えていた。
今のは何の攻撃でもなく、唯の目眩し。空間移動が可能である彼女には無意味な術であるが、その無意味さが彼女らしかった。純粋に、魔法使い達と戦っている現状が楽しくて仕方がない――――否、最早戦いなどではなく、遊びなのだ。
しかし、華音と桜花は必死だった。こちらには魔法使いの魂の滞在時間と言う名のタイムリミットがあり、彼方此方で人々の生命力を奪う魔物の退治も同時に行わなくてはならないのだ。
焦りで、2人の足は自然と速くなる。
「アルナ、一体何処かしら……――――きゃっ」
突然、桜花の姿が華音の視界から消えた。
華音が半歩後ろを振り返ると、桜花が地面に倒れていて、更に彼女の足元には生命力を失った女性従業員が倒れていた。
華音が手を貸そうとすると、狼の形状の魔物が真横から飛び掛って来て、華音は横目で杖を薙ぐ。
魔物は遠くの地面へ転がり、華音は魔術で追撃。激しい水の渦が魔物を粉々にし、消滅させる。残ったのは水滴と光り輝く2人分の生命力のみ。
桜花が立ち上がると、横を1つの生命力が通り過ぎて、先程桜花が足を引っ掛けてしまった女性従業員へ吸い込まれていった。
もう1つの生命力はメリーゴーランドのある方へと飛んでいった。
生命力を取り戻した女性従業員の青白かった肌に健康的な赤みが差し、ゆっくりと呼吸をし始めたが、まだ意識は夢の中。起きる気配は今のところなかった。
事が済んだら目覚めてくれる事を祈り、華音と桜花はその場を速やかに離れて魔女捜しを続行する。
道中、何度か魔物を撃退しながら、辿り着いたのは海賊船型の巨大なブランコのアトラクション――――バイキングの前だ。
月の魔女はそのど真ん中で仁王立ちして、魔法使い達を見下ろしていた。背後に銀色の満月が輝く。
華音が杖で地面をコツンと鳴らすと、一瞬で大気中の水属性のマナが集い、空中に見事な氷の階段が形成された。
華音は桜花に目配せすると一気に階段を駆け上り、桜花も時折転びそうになりながらも何とか階段が消える前に上りきった。
華音と桜花は二手に分かれ、船上の端に立ってアルナを挟み込んだ。
バイキングはゆらゆら揺れ、華音の立って居る方が天へ向かって角度を変えていく。それに伴い、船全体が斜めになり、それでも3者は平衡を保ち続けた。
再び、バイキングが最初の位置に戻ると、同時に華音と桜花は魔術を放った。
凍てつく冷風と焼け付く熱風がアルナを襲う。
アルナの肩に乗っている白兎のほわまろが微かに震える。
「……だいじょーぶ!」
そう言って、アルナは周囲に魔法壁を形成。
見えない壁が2種類の魔術を防ぐ。
ドォン!
術者のもとへ返す事が出来なかった魔術は行き場をなくし、その場で大爆発を起こした。
船が粉砕し、支柱もポッキリと折れて地面へ倒れて大きな音と砂煙を上げた。
バラバラと崩れゆく船の残骸と共に、魔法使いと魔女も落ちてゆく。
華音はその体勢から、しっかりと敵を見据えた。
「これで終わりにしてやる。――――グロスヴァーグ!」
巨大な波が無防備なアルナを飲み込み、遠くまで押し流す。
大量の水が肺をどんどん満たしていき、呼吸することさえままならない小さな身体は大木に衝突し、水浸しになった地面へずり落ちた。