「いやあ、そのかっこーも新鮮でいいっすね!」

 オズワルドの服装は、マルスと同じくラフだった。白いシャツに、サスペンダー付きのダボっとした紺色のズボン。これだけ見れば、唯の少年だ。
 しかし、表情には純粋さはなく、影が纏わりついていた。

「……大波に身体を磨り潰されるか、氷の剣に身体を貫かれるか、お前は一体どっちがお望みだ?」
「わわ……本当にすみませんって! 態とじゃないですっ」
「どうだか」

 オズワルドはマルスの向かいに腰掛けた。
 丸テーブルには、既にお茶とお菓子が用意されていた。お菓子はマルスが持ってきたという、一口サイズのラズベリーパイ。お茶はオズワルドの部屋にあった茶葉を使って淹れたと言うが……。
 オズワルドはティーポットから注がれたお茶を見、息を飲んだ。

「濃すぎないか」

 ティーカップを持ち上げ、眉根を寄せた。
 水色(すいしょく)だけで既に濃厚だ。
 マルスはティーポットを下ろし、得意げに八重歯を見せた。

「茶葉を沢山使った方が、より美味しいお茶が出来るのではないかと!」
「茶葉を沢山……」

 嫌な予感がし、席を立ってオズワルドは茶葉を確認しにいった。
 棚に並べていた茶葉の入った小瓶が1つ、空になっていた。

「おい、マルス。お前、今までお茶を淹れた事ないだろう」
「あーはい。僕、コーヒーの方が好きなんで……」

 オズワルドは席に戻り、ティーポットの蓋を開けた。

「このお湯の量に対して、この茶葉の量はおかしい」
「そうなんっすか?」

 マルスもティーポットの中を覗き込み、山盛りになっている茶葉に小首を傾げた。
 オズワルドは苛々しながら続けた。

「茶葉の種類にもよるが、ティーカップ2杯分で3g程度でいい」
「そんなに少なくて良かったんですね!?」
「それと、お湯を沸騰させすぎだ。お茶の香りや味わいが損なわれている」
「コーヒーはアツアツがいいんですけど、お茶は違うんすね!?」
「もう1つ……」

 蓋を静かに閉め、オズワルドはマルスの純粋無垢なサファイアブルーの瞳を捕らえた。

「この茶葉は、ついこの間メアリに調達して来てもらったばかりだ」

 メアリは給仕係りで、主に食料調達を行っている30代の女性だ。茶葉やお菓子を毎度、オズワルドの部屋まで届けてくれるのだ。

「んーっと……それはつまり?」

 鋭さを増した琥珀色の瞳に動じず、マルスは純粋な疑問を口にした。

「こんな無駄遣いしておいて、またすぐに調達を頼む事は出来ない」
「それもそうっすねー……あ! それなら!」

 まるで反省なしのマルスは名案とばかりに、手を叩いた。

「街に買いに行けばいいんですよ! リデル様直々に!」
「はあ!?」
「だから、行きましょうよ! 茶葉と言えば、城下街に売っているでしょう?」

 マルスは席を立ち、その気だ。

「お前、自分の言ってる事分かっているのか」
「ええ。勿論、僕に責任があるので、お供しますけどね!」
「寧ろ、お前1人で行くべきだろう」
「せっかくですし、リデル様も城の外へ出ましょうよ! いい機会じゃないですか」
「何処がだ。それに、私は……」

 立ち上がったオズワルドの頭に、ちょこんと何かが乗った。紺色のキャスケット帽子だった。

「それ被っていれば大丈夫っすよ! 誰にも気付かれない事間違いなしです。さ、善は急げ!」
「善って、お前は悪だろう! 私は行かない……」

 マルスに手を引かれ、抵抗も虚しく、あっさりとオズワルドは部屋の外へ連れ出された。
 マルスは恐ろしい程の馬鹿力だった。



「あら? 第2騎士団副団長様は、今日は休暇をとったのでは?」

 廊下で、朝食のワゴンを引いているおさげのメイドが足を止めた。
 マルスはニンマリと笑った。

「そ! だから、今から城下街へ遊びに行くっす」
「城下街ですか。それはいいですね。ところで……」

 メイドはマルスの後ろへ視線を向け、それを受け取ったオズワルドは気不味そうに目を伏せた。

「悪いが、朝食は帰って来てから部屋に持って来てくれ」
「はい! って……」

 目を瞬かせるメイドの横を、マルスとオズワルドは通り過ぎていった。
 メイドは振り返る。

「今の……リデル様?」


 度々、使用人や騎士に擦れ違ったが、誰もオズワルドに気付く者は居なかった。前を行くマルスは彼らに挨拶をしつつ、何処か含んだ笑みでオズワルドを振り返った。そんなマルスと目が合う度、オズワルドはこれでもかと表情を歪めさせた。
 居館(パラス)を出、緑に囲まれた煉瓦造りの道を抜け、城門の前まで辿り着いた。
 2人の騎士が重厚な鎧を身に纏い、厳つい表情で立って居た。

「団長!」

 そのうちの1人に、マルスは意気揚々に駆け寄った。
 団長は「マルスか」と、表情を緩め最初は興味がなかったが、彼の影に隠れたラフな格好の少年の姿が目に付くと、忽ち表情を強ばらせた。

「お、おい! その少年は誰だ!? 何故城内に居る?」
「少年ですって~」とマルスはオズワルドにだけ聞こえる声で言うと、ピリピリとした空気を背中に受けながら、笑顔を顔に貼り付けた。
「城内に迷い込んじゃったみたいっす。今から城下街に送り届けて来ます」
「そうか……って、そんな訳あるか! ずっと見張りをしている俺達の目を掻い潜って、そんな一般人が侵入出来るものか! 怪しいから牢に……」

 事態が思ったより大きくなり始め、オズワルドは名乗り出ようと思ったが、それはそれで宮廷魔術師である己のプライドが許さなかった。かと言って、このままだと不審者扱いで牢にぶち込まれると言う屈辱を受ける事になってしまう。
 数秒の間葛藤していると、首に見た目よりもがっちりとした腕が絡みついた。

「もう僕達、友達なんで大丈夫っすよ。ねーオズくん」
「誰が友達だ! 馴れ馴れしくするな」

 オズワルドが腕を振り解くと、目の前の団長ともう1人の騎士がぽかんと口を開けていた。

「え。今の声、リデル様……? オズくん……オズ……オズワルド!?」

 団長の叫びにも近い声に、オズワルドの背中に冷たい汗が伝った。帽子で隠れた顔も血の気を失っていく。
 リデル様何を、と言いかけた団長の横をマルスはオズワルドを引き連れて颯爽と通り過ぎた。

「オズくんと休暇楽しんで来るっす!」
「お、おい! 待て、マルス!!」

 団長の困惑した声を無視し、マルスは宮廷魔術師の手を掴んだまま橋を一気に駆けていった。

「……と言うか、リデル様ってあんな方だったかな。もう少し話しにくい雰囲気があった気がするが……」

 団長は首を傾けた。