夕飯はカップ麺ではなく、華音と雷がタッグを組んで作る事となった。
 華音の恐れ(おのの)く様子に、雷が機転を利かせたのが始まりで、正気を取り戻した華音が手を貸す事を申し出て、今の状況が出来上がった。
 1人暮らしにピッタリな子供の背丈程の冷蔵庫には炭酸飲料しか入っておらず、食材は3人で近くのスーパーまで行って買い揃えた。支払いは、勿論割り勘だ。
 料理の全く出来ない役立たずの家の主は隣の部屋に追い払い、普段使われている形跡が殆どない台所に立つのは客人である華音と雷の2人だ。
 成績優秀、運動神経抜群の優等生は、当たり前の様に料理も出来る。但し、美術センスが唯一備わっていない為に、見栄えは悪い。それを普段、家の手伝いをしている雷が手際よくフォロー。
 味も見た目もパーフェクトな料理の完成だ。
 華音と雷は出来たばかりの料理を手に、刃のもとへ戻った。

 香ばしくて食欲をそそる美味しそうな匂いが、テレビに夢中になっている刃の鼻をつく。
 刃はテレビから目を離し、テーブルに置かれた料理を見て目を輝かせた。
 白い皿の上には、絹の如くきめ細やかな薄く焼かれた卵がそこに固められた物を優しく包み込み、真紅のケチャップがその上で軽やかにステップしている。黄、赤に加え、ハーブの緑が添えられ、色鮮やかで美しい。シンプル故、それが顕著に表れる。そして、小さめのマグカップに入った、玉ねぎがじっくり溶け込んだ飴色スープが天井の明かりを反射させて揺らめいた。
 華音と雷は「時間がなかったから」と前置きしたが、普段カップ麺ばかり食べている刃にとって、これは十分なご馳走だった。
 早速、3人でいただきますをして食べ始める。

 スプーンで卵のベールを割ると、中からケチャップライスが湯気を立てて顔を覗かせた。更に、ライスに紛れてやや大きめに切られた鶏肉、飴色玉ねぎがゴロゴロ入っていた。一度口へ含めば、ケチャップの甘酸っぱさと卵の優しい味わい、しっかりと味付けされた鶏肉と玉ねぎの香ばしさが調和され、舌先を至福で満たした。
 刃はつい蕩けそうになる頬を押さえ、もう1度スプーンでオムライスをすくった。

「ナニコレ。めっちゃ美味いんだけど!? 何したらこんな味になんの」
「何って。普通の材料と作り方だよ。逆に、刃は普段何食べてるんだ」

 華音が苦笑すると、隣で雷がスープを飲み干して首をゆるゆる横へ振った。

「いや。マジで美味いぞ、鏡崎。プロなのか? お前は。手際も良かったし。俺は盛り付け以外に出る幕なかったわ」
「え? そう? どうも」
「てか、かがみんの盛り付けがどんなだったのか気になる~」

 刃がスプーンをそのままに、ズイっと顔を華音に近付けた。
 困惑する華音に対し、雷は数分前の事を思い出してにやけていた。
「出来たケチャップライスを皿に豪快に叩きつけ、薄焼き卵をひらりと置いた。その光景はまるで、潰れて内容物をぶちまけるスライムの様だった……。そして、その上にケチャップを絞り出そうとし、止めに旗を立てようとしていたから、さすがに止めた」
「殺人……いや、殺スライム現場じゃねーか……」

 刃は笑いを通り越し、一種の恐ろしさを感じた。

「そんで、俺がライスを整形し、卵で綺麗に包み込んでケチャップとハーブで飾り付けたワケ。味は良くても、あれじゃヤバイわ」
「まあ、ある意味SNS映えしそうな気ぃするけど」
「いいねが一杯つくかもな。撮っときゃ良かったかな」

 親友達に揶揄された気がし、華音は1人不愉快な想いがした。唯一褒められた味を黙々と噛み締めた。

「見た目はともかく、料理出来んなら家政婦いらなくね? あの水戸さん? だっけ。少し見ただけだったけど、可愛かったなぁ」

 刃は食事を再開しながらも、器用に声を出した。
 華音は手を止め、表情を曇らせた。

「正直……大抵の事は自分で出来る。だけど、雇い主は母さんだから。それに、水戸さんの事は嫌いじゃない。必要ないなんて思わせない様に、オレは出来ないふりをしてる。まあ、きっとそれもバレてるだろうけど……。前の家政婦はそれが嫌で辞めたんだけどね。水戸さんはまだ居てくれるから」

 それを聞いて、刃は己の軽い発言を申し訳なく思った。雷もまた、笑みを消した。
 代わりに、華音が屈託ない笑みを浮かべ「食べ終わったら、勉強再開だよ」と言って、オムライスを頬張った。
 雷は上等だと言わんばかりにニッと笑い、刃は苦い物がオムライスに紛れていたかの様に眉間にはっきりと皺を寄せた。


 夕食を終えてから1時間程みっちり勉強をした後、雷は満足した様子で帰っていった。
 刃は、部屋にまだ居座るもう1人の親友を横目に見た。

「かがみんは帰んなくていーの?」

 華音はテーブルに出しっぱなしにしていた教科書類を鞄に収めながら、静かに首肯した。

「ちょっと帰りづらいと言うか……。泊めてくれると助かる」
「だよなー。まあ、いいけどさ。でも、心配するだろうから水戸ちゃんにでも連絡しておけよ」
「水戸ちゃん? うん。そのつもり」

 テレビを見始めた刃の横で、華音はスマートフォンの液晶画面をタップして点灯させた。
 すると、SNSに水戸からのメッセージが届いていた。唯、それが届けられた時刻は数時間前……丁度校門を出たぐらいだった。内容は、母が帰宅するとの事で、これをその時にきちんと確認していれば、きっと今の状況にはならなかっただろうと華音は深く悔いた。
 けれど、過ぎてしまった事はたとえ魔法使いの力を借りたとしてもどうにもならない。それこそ、魔女達の野望である歴史改竄を行う他ないだろうが、そんな事は以ての外。胸に空虚感が広がっていくも、それを受け入れる程、容量に余裕はない。
 華音は自分で選択した道を見据え、友達の家に一泊する旨を打ち込んだメッセージを水戸へ送った。

「シャワー借りていいか?」

 スマートフォンをテーブルに置いて立ち上がった華音は、訊いておきながら既にそのつもりでネクタイを緩めていた。
 丁度テレビ番組がコマーシャルに切り替わったタイミングだったので、刃の反応は早かった。

「いいぜ。何なら、俺が背中流そうか?」
「そ、それは間に合ってます……」
「何だよ、それ。つれねーな」
「そんな事より、着替えも借りたいんだけど。さすがに、ずっと制服着てるのも嫌だし」
「着替え? なら、とっておきのがあるんだ」

 本日2度目の“とっておき”
 刃は嬉々として、押入れの方へ歩いて行った。そうして、取り出して来たのは一着の服。それを見て華音は絶句した。

「オレ、着替え頼んだよな?」
「ああ。これを着るといいぜ」

 刃が悪戯な笑みで押し付けるそれは、青いラインの入った丈の短い白のワンピースだった。装飾に宝石やリボンやフリルがふんだんに使われ、アニメの美少女が着ていそうなデザインだ。案の定、刃はファンだというアニメのキャラクターのコスチュームだと言った。

「数量限定って事でつい買っちゃったんだけど、俺が着るワケにもいかねーし。どうせなら、彼女に着てもらおうと思って取っておいたんだ!」
「相手がコスプレ好きだったら喜ぶかもしれないけど……。と言うか、何でそれをオレに?」
「似合いそうだから? かがみん細いから着れるよ! 丈はかなり際どい事になるだろうけどなっ」
「嬉しくない……。でも……」

 何処か馴染みがあった。
 色合いといい、何だかオズワルドの衣装と似ていた。きっと、女性版になったらこうなるのだろう。
 しかしながら、オズワルドの衣装も自分が着るのは認めていない華音は、当然この衣装も全力で拒否した。
 華音をからかえて満足した刃は、今度はちゃんとした男物の服を用意した。