「……何が起こった」
『精霊の分離だ……! (ゲート)を護る彼らを、唯魔力の強いだけのエルフが支配出来るとは思っていなかったが……こう言う事になるとは予想外だ』

 華音の呟きに答えたのはオズワルドだった。
 桜花の方はドロシーも現状把握出来ておらず、探る様に魔女を眺めていた。
 エンテは片目をうっすらと開け、出ていこうとする精霊を押さえる様に鳩尾をギュッと両手で押し込んだ。

「勝手に出て行く事、ぼくは許さない……っ。シーラと、他の皆、一緒に幸せな世界、創る。邪魔、させない……うぐっ」

 また、エンテの口から炎が吐き出された。
 必死な魔女を前に、華音は杖を構える事すら出来ない。
 オズワルドはこれを好機だと思っているに違いないと思ったら、彼から告げられた言葉はまさにそうだった。

『今のうちに止めを刺せ。もうこちらに勝機はない』
「だけど、オズワルド……」
『相手にも正義があるなどと考えて躊躇していたら、この先切りがないぞ。お前には護りたいモノがある。私にも護りたいモノがある。だから、それを壊そうとしているアイツらを倒すんだ。見掛けはガキだが、手加減する必要はない。カノン、やれ!』
「…………分かった」

 華音は杖をしっかり構え、意識を集中させる。
 目を閉じれば全身が痛むし、耳に魔女の悲痛な叫びが雪崩込む。
 けれど、これで本当に最後にしなくてはいけない。
 水面を静かな状態に保った華音は目を開け、呪文を口にした。
 巨大な氷の剣が形成され、エンテの小さな身体を貫く。
 エンテの口から更に多くの炎が吐き出され、姿が希薄になる。

「ああ……残念。でも、ぼく死んでも、まだ皆がいる。きっと、良い世界に、なる。ぼくも、また皆と過ごせる…………」

 エンテは赤い光を散らして消え、中から女性を象った炎の塊が飛び出して何処かへと消えていった。
 華音と桜花の中からも魔法使い達が消え、2人は元の高校生の姿へと戻った。
 瞬間、緊張の糸が切れ、華音が倒れかける。

「っと……危ない」

 桜花が受け止めた。
 華音は戸惑いの目を桜花に向けた。

「桜花、怪我は……」
「え? ああ、身体のあちこちに擦り傷と、背中を強打。でも、平気よ! わたし、こう見えて頑丈だから! ……いたたっ」

 胸を張ってみせた桜花だが、すぐに腰を曲げて激痛に目を閉じた。



 電柱の上。夜風に揺れながら立つ、月の魔女アルナの姿があった。

「あらら~。エンテ死んじゃった――――うっ、ヤバ……」

 身体に違和感を覚え、咄嗟に胸を押さえると、体内で精霊が暴れだした。
 口から月色の光が漏れる。
 肩に乗った白兎は、心配そうに主を見つけている。

「でも、アルナ、イイモノ見ちゃったもんね! 苦し……。ぐぬぬ……。とにかく、早く帰ろ…………死ぬ……」

 ルビー色の瞳には、しっかりと地上の高校生2人が映っていた。
 アルナは苦しみ悶えながら空中に身を投げ、スッと消えた。

 
 誰も寄り付かない廃ビルの仄暗い一室で、12個のルビー色の瞳が輪を作ってぎらつく。
 そこへ、光が溢れて一瞬室内を照らし、中からアルナが現れた。全ての視線が彼女へ向けられる。
 アルナはその視線の1つ、人魚の様な風貌の妖艶なエルフに弾んだ声で現状報告した。

「シーラぁ。エンテが死にました! 氷の剣で一突き! あっけない最期だったぞっ」
「それはもう知っている。と、言うかだ。アルナ……」

 シーラは長い指先でアルナの額を弾き、腰に手を当てた。

「仲間の死を、そんな楽しげに報告するな」
「うぅ~だって、アルナ、べつにエンテの事何とも思ってないしぃ。それに、歴史改竄すれば、エンテだって生き返るんだし、今は問題なくない?」
「その通りだが、お前は……。まあ、いい。とにかくだ。エンテの死もそうだが、我々と精霊が分離してしまった。ここにきて、大きな戦力の低下だ」

 シーラが話を進め始め、アルナは退屈そうに割れた窓辺に腰掛けた。
 輪の中で、一番背の高い長髪の毒々しい魔女が発言する。

「と言う事は、スペクルムにもう戻れないのだな……」
「精霊の持つ時空間魔法がなくなっちゃったから……」

 隣の、神々しい魔女が静かに応える。
 毒々しい魔女と神々しい魔女は声と背丈は毒々しい魔女の方が男性っぽいが、顔つきは何処か似ていた。
 シーラの隣の、メタリックなワンピースを着た魔女が腰に手を当て、屈んでシーラに批難の目を向ける。

「ほら、シーラが甘い事言ってるからこうなっちゃったじゃない。精霊分離はいつか来るとしても、そうなる前にオズワルドを消しておくべきだったのよ。リアルムに居るのはアイツじゃないんでしょう?」
(わたくし)も同感だわ」

 花冠を付けた魔女も深く頷く。

「そう言うな。奴の過去を知る者として、放ってはおけないのだ。しかし、私も何もしていなかった訳ではない」
「……と、言うと?」

 和装の魔女が問い掛ける。
 皆、シーラの次の言葉に期待を寄せていた。輪の外のアルナも、興味津々な様子だ。
 シーラは答える。

「スペクルムに、私の使い魔を置いて来た。いずれ、役に立つだろう。今は、ブラックホール……そして、ホワイトホールの復活に全力を注ごう」

 全員は首肯する。
 輪の中央には丸椅子が置かれ、その上に、大きめの鳥籠が置かれていた。その中で、淡く光る幾つもの生命力が微かに揺れた。




 橋を渡り、城門へ足を踏み入れようとした時、傍らの水面が揺れた。

「ヴィルヘルム王子? どうかしましたか?」

 前を歩いていた護衛騎士が、後ろで足を止めたヴィルヘルムを振り返った。
 水面が穏やかになり、気のせいだったかと(かぶり)を振って、ヴィルヘルムは騎士に続いて城門を潜る。
 ヴィルヘルムの背中が遠ざかると、水面から白い海洋生物が顔を覗かせた。
 離れたつぶらな赤い瞳に、大きく横へ広がる口、透き通る水面からはどっしりとした身体が見え、背びれがなくて表面がツルツルしていた。
 城門が2人の門番によって閉じられると、その生物は水中深くへと潜っていった。