エンテの纏う鉄製のグローブとブーツが、炎の光を反射させて赤く輝く。艶やかな黒髪が熱風に踊り、炎と同じ色の瞳がぼんやりと地上の魔法使いを映す。
「あ。オズワルドモドキ。また会った」
相変わらず、無感動な声色だ。
華音は杖を構え、魔女相手にどう戦うか考える。
すると、脳内にオズワルドの声が響いた。
『カノン。戦闘になる前に、エンテに訊いておけ。何故、スペクルムの私を消しに来ないのか、と』
華音は小さく頷き、その体勢のまま口を開いた。
「エンテ。何で、スペクルムのオズワルドを消さないんだ? オレはお前の言う通り、オズワルドモドキ。オレを消すよりも、オズワルド本人を消した方が効率が良くないか?」
「ぼくも同意見だ。……けど、」
エンテは地上へ降り、華音に歩み寄る。
「シーラ、言った。オズワルドも、スペクルムに居場所ない。人間達に酷い事された。ぼくたち8人の魔女も同じ。だから、同情。オズワルドは半分人間だが、もう半分はぼくたちと一緒。エルフ。居場所のない者同士、手を取り合う。シーラはそう望んでいる。共に歴史変える」
エンテは小さな手を差し伸べる。
「それが……お前達の目的…………」
華音はその手を掴めず、動揺していた。
あっさりと目的を教えてもらえたが、同時にオズワルドには決して訊けなかった素性にまで触れてしまった。
しかし、本人は然程気にしていない様子だった。
『エンテの言う通りだ。私は人間の父とエルフの母との間に産まれた、ハーフエルフだ。ハーフエルフはどちらの種族にも属せない故、忌み嫌われ、居場所がない。だがな。私は自分の出生を恨んだ事はない。魔女達とは違うんだよ。同情? 手を取り合う? 笑わせる。必要な事は聞けた。もう用済みだ』
オズワルドが敵意を向けるのと、エンテが敵意を向けるのはほぼ同時だった。
エンテは掴まれる事のなかった手を引っ込め、火属性のマナを集める。
「交渉決裂。燃やしていいよね」
マナは火球となって、華音へと風を切って飛んでいく。
野球ボールサイズのそれが同時に3つ眼前に迫るが、華音は動揺しない。
水の加護があるから大丈夫。
大丈夫な筈……。
火球が顔面に当たるか否かの所で突如嫌な予感がし、迎え入れずに横へ飛び退いた。
ジュっと、焦げた臭いが鼻を掠めた。
視界に入った水色の横髪の毛先が、ほんの少し焦げ付いていた。
「何これ」
『やはり精霊を取り込んでいるだけある。相手の魔力が強すぎて、水の加護があまり役に立たないようだ』
「落ち着いた声で言うなよ……」
『全力で躱せよ? さもなければ、カノンのこんがり焼きが出来上がる。おっと……ゴルゴも加えた方がいいか。カノンのこんがり焼き~ゴルゴンゾーラを添えて~』
「オシャレな料理名みたいに言うなよ……」
「何、独りで喋ってる?」
エンテが火球を放ちながら、会話に割り込んできた。
彼女には、憑依したオズワルドの声は聞こえない。
火球は1つのみならず、数個が一気に襲い来る。とても1度に躱せない。
華音は水を具現化させ、放つ。
しかし、ジュウッと良い音を立てて水は蒸発。少しばかり勢いが弱まったものの、殆ど先と変わらない光景が眼前に迫る。
華音は後ろへ飛び退き、横へ飛び退き、忙しなく火球を躱した。何とか、全てだ。
荒くなった呼吸を整え、相手の動きをじっと窺う。
また、エンテは飽きもせず、火球を空中に浮かべていた。
華音は走って間合いを詰めるも、やはり飛んで来た火球に足止めをされてしまい、術者には到底届かない。せめて杖が届く範囲に入れれば、こちらにも形勢逆転の機会があるかもしれないのに。
どうしたら。
華音が思考を巡らせると、オズワルドからの指示が届いた。
『水の分身を創れ』
サラっと言うが、華音にはそのやり方が分からない。
取り敢えず、攻撃系魔術と同様にマナの流れを感じ取ってみる。
すると、水のマナが華音の中に居るオズワルドの膨大な魔力に引き寄せられ、渦巻いていく。
想像する。水が分裂し、人型へ変化していく様を。
そうして、華音の周囲には魔法使いの姿をした自分自身が沢山居た。その数、10体。
オズワルドは素直に感心した。
『やれば出来るじゃないか。だが、私ならば10倍の数を出せるがな』
分身とは言え、自分が10人居るだけでも不快なのに、その10倍になったらどうにかなってしまいそうだ。おまけに、華音にとって憎き魔法使いの姿で。
分身は個々で勝手に動き出す。戦闘能力はないが、動きは華音そのもの。華音の意思と同じく、エンテを倒そうとしている。
華音は分身に紛れ、共にエンテに近付いていく。
さすがの魔女も、無表情にほんの少しの焦りを見せた。
「え。オズワルドモドキたくさん。どれ? うん。どうしよ。……ま、いっか。全部、焼く」
エンテは紅蓮の炎を、まるで竜のブレスの様に一直線に放ち、線上に居た分身を一掃する。
蒸発して消えていく分身を見送り、華音は進む。
まだ、半数の分身が華音の周囲に居る。
エンテとの距離が、杖が届く程になると、魔法使いは華音唯1人となっていた。
エンテが最後の1人へ炎を繰り出す――――その前に、華音は杖を頭上高くに放り投げ、空中で一回転した杖は青白い光を放ち、烏の姿へ戻る。
使い魔は黒翼を大きく広げ、羽ばたいて強風を巻き起こす。
エンテが反射的に目を閉じると、形作られていた炎はマナへと戻り分散していった。
この僅かな隙に、華音はエンテの懐に入り、再び杖に変化した使い魔を思いっきり振るう。
魔女は吹き飛ぶ。が、地面に背中をぶつける寸前に片手を付いて体勢を立て直し、空中浮遊した。
「驚いた。ちょっと、ぼく、危なかった」
エンテは無表情、無感動な口調で、態とらしく額の汗を拭う仕草をする。
火のマナが収束し始める。
「でも、まだぼくより弱い」
更に、収束したマナが華音の足下に巨大魔法陣を描く。
莫大な量のマナに、オズワルドは喫驚し、華音の内側から叫んだ。
『避けろ! カノン!』
「え――――」
ドォン!
熱、風、衝撃、全てが一体化し、魔法使いの少年を丸呑みした。
力に耐え切れなかったその身体は吹き飛び、電柱にぶつかった事で地上へ留まった。
うつ伏せる華音の周辺に、幾つもの小さな水溜りが出来ていた。
完全防御とはならなかったが、水の加護が働いた様だ。おかげで、本来ならば飛び散っている身体も、五体満足。全身の傷も、直接死に関わる程ではなかった。
それでも、全く無事ではなく、意識をいつ手放してもいい状態だった。
杖が烏に戻り、主を護る様にして前に出て羽ばたく。
『カノン……起きられるか?』
オズワルドがそっと声を掛けると、華音はそれに応える様にゆっくりと身体を起こした。
だが、全身を駆け巡る激痛のせいで膝を着いてしまった。
ふと、右腕が視界に入る。破れた白い袖から、焼け爛れた肌が覗いていた。
認めた瞬間、ヒリヒリと痛み出す。同時に、背中の火傷痕も疼いた。
痛みを耐える様に閉じた瞼の裏に、ぼんやりと人影が映る。
「何で出来ないの!」
発せられた声は母のものだ。
そして、少しだけ輪郭がはっきりとし始めた人影もまた、母だった。
母は右手に銀色の薬缶を持ち、振りかぶる。
華音は両手で耳を塞ぎ、蹲った。
「……ごめんなさい……ごめんなさい…………母さん」
『カノン……』
オズワルドはこれ以上、何も言う事は出来なかった。
使い魔がバサバサと翼を早く動かし、慌て始める。
塞ぎ込んでしまった華音の代わりに、彼の中からオズワルドが戦況を確認する。
相手はほぼ無傷。現在、空中浮遊を保ったまま、再び大量のマナを集めている。
これは先程と同等の威力。
水の加護では、もう華音を護りきれない。今度こそ、終わりだ。
「とどめ」
『カノン! カノン! おい!!』
エンテとオズワルドが声を発したのは同時で、その後すぐに魔術が繰り出された。
炎の大波が術者の眼前から、対象へと降下して押し寄せる。
熱風に髪やローブが踊り、肌がじりじり焼けても、華音は一向に記憶の世界から戻らない。蹲ったまま、記憶の中の母に怯えているだけ。
使い魔も、必死になって風を起こして華音を護ろうとしているが、羽に火が燃え移った瞬間悲鳴を上げて華音の後ろへ飛んでいった。それと入れ替わりに、細い線の人影が横から飛び出した。
「華音!」
声が聞こえたのと同時に、華音の身体は軽く吹き飛び、地面に叩きつけられた。
「あ。オズワルドモドキ。また会った」
相変わらず、無感動な声色だ。
華音は杖を構え、魔女相手にどう戦うか考える。
すると、脳内にオズワルドの声が響いた。
『カノン。戦闘になる前に、エンテに訊いておけ。何故、スペクルムの私を消しに来ないのか、と』
華音は小さく頷き、その体勢のまま口を開いた。
「エンテ。何で、スペクルムのオズワルドを消さないんだ? オレはお前の言う通り、オズワルドモドキ。オレを消すよりも、オズワルド本人を消した方が効率が良くないか?」
「ぼくも同意見だ。……けど、」
エンテは地上へ降り、華音に歩み寄る。
「シーラ、言った。オズワルドも、スペクルムに居場所ない。人間達に酷い事された。ぼくたち8人の魔女も同じ。だから、同情。オズワルドは半分人間だが、もう半分はぼくたちと一緒。エルフ。居場所のない者同士、手を取り合う。シーラはそう望んでいる。共に歴史変える」
エンテは小さな手を差し伸べる。
「それが……お前達の目的…………」
華音はその手を掴めず、動揺していた。
あっさりと目的を教えてもらえたが、同時にオズワルドには決して訊けなかった素性にまで触れてしまった。
しかし、本人は然程気にしていない様子だった。
『エンテの言う通りだ。私は人間の父とエルフの母との間に産まれた、ハーフエルフだ。ハーフエルフはどちらの種族にも属せない故、忌み嫌われ、居場所がない。だがな。私は自分の出生を恨んだ事はない。魔女達とは違うんだよ。同情? 手を取り合う? 笑わせる。必要な事は聞けた。もう用済みだ』
オズワルドが敵意を向けるのと、エンテが敵意を向けるのはほぼ同時だった。
エンテは掴まれる事のなかった手を引っ込め、火属性のマナを集める。
「交渉決裂。燃やしていいよね」
マナは火球となって、華音へと風を切って飛んでいく。
野球ボールサイズのそれが同時に3つ眼前に迫るが、華音は動揺しない。
水の加護があるから大丈夫。
大丈夫な筈……。
火球が顔面に当たるか否かの所で突如嫌な予感がし、迎え入れずに横へ飛び退いた。
ジュっと、焦げた臭いが鼻を掠めた。
視界に入った水色の横髪の毛先が、ほんの少し焦げ付いていた。
「何これ」
『やはり精霊を取り込んでいるだけある。相手の魔力が強すぎて、水の加護があまり役に立たないようだ』
「落ち着いた声で言うなよ……」
『全力で躱せよ? さもなければ、カノンのこんがり焼きが出来上がる。おっと……ゴルゴも加えた方がいいか。カノンのこんがり焼き~ゴルゴンゾーラを添えて~』
「オシャレな料理名みたいに言うなよ……」
「何、独りで喋ってる?」
エンテが火球を放ちながら、会話に割り込んできた。
彼女には、憑依したオズワルドの声は聞こえない。
火球は1つのみならず、数個が一気に襲い来る。とても1度に躱せない。
華音は水を具現化させ、放つ。
しかし、ジュウッと良い音を立てて水は蒸発。少しばかり勢いが弱まったものの、殆ど先と変わらない光景が眼前に迫る。
華音は後ろへ飛び退き、横へ飛び退き、忙しなく火球を躱した。何とか、全てだ。
荒くなった呼吸を整え、相手の動きをじっと窺う。
また、エンテは飽きもせず、火球を空中に浮かべていた。
華音は走って間合いを詰めるも、やはり飛んで来た火球に足止めをされてしまい、術者には到底届かない。せめて杖が届く範囲に入れれば、こちらにも形勢逆転の機会があるかもしれないのに。
どうしたら。
華音が思考を巡らせると、オズワルドからの指示が届いた。
『水の分身を創れ』
サラっと言うが、華音にはそのやり方が分からない。
取り敢えず、攻撃系魔術と同様にマナの流れを感じ取ってみる。
すると、水のマナが華音の中に居るオズワルドの膨大な魔力に引き寄せられ、渦巻いていく。
想像する。水が分裂し、人型へ変化していく様を。
そうして、華音の周囲には魔法使いの姿をした自分自身が沢山居た。その数、10体。
オズワルドは素直に感心した。
『やれば出来るじゃないか。だが、私ならば10倍の数を出せるがな』
分身とは言え、自分が10人居るだけでも不快なのに、その10倍になったらどうにかなってしまいそうだ。おまけに、華音にとって憎き魔法使いの姿で。
分身は個々で勝手に動き出す。戦闘能力はないが、動きは華音そのもの。華音の意思と同じく、エンテを倒そうとしている。
華音は分身に紛れ、共にエンテに近付いていく。
さすがの魔女も、無表情にほんの少しの焦りを見せた。
「え。オズワルドモドキたくさん。どれ? うん。どうしよ。……ま、いっか。全部、焼く」
エンテは紅蓮の炎を、まるで竜のブレスの様に一直線に放ち、線上に居た分身を一掃する。
蒸発して消えていく分身を見送り、華音は進む。
まだ、半数の分身が華音の周囲に居る。
エンテとの距離が、杖が届く程になると、魔法使いは華音唯1人となっていた。
エンテが最後の1人へ炎を繰り出す――――その前に、華音は杖を頭上高くに放り投げ、空中で一回転した杖は青白い光を放ち、烏の姿へ戻る。
使い魔は黒翼を大きく広げ、羽ばたいて強風を巻き起こす。
エンテが反射的に目を閉じると、形作られていた炎はマナへと戻り分散していった。
この僅かな隙に、華音はエンテの懐に入り、再び杖に変化した使い魔を思いっきり振るう。
魔女は吹き飛ぶ。が、地面に背中をぶつける寸前に片手を付いて体勢を立て直し、空中浮遊した。
「驚いた。ちょっと、ぼく、危なかった」
エンテは無表情、無感動な口調で、態とらしく額の汗を拭う仕草をする。
火のマナが収束し始める。
「でも、まだぼくより弱い」
更に、収束したマナが華音の足下に巨大魔法陣を描く。
莫大な量のマナに、オズワルドは喫驚し、華音の内側から叫んだ。
『避けろ! カノン!』
「え――――」
ドォン!
熱、風、衝撃、全てが一体化し、魔法使いの少年を丸呑みした。
力に耐え切れなかったその身体は吹き飛び、電柱にぶつかった事で地上へ留まった。
うつ伏せる華音の周辺に、幾つもの小さな水溜りが出来ていた。
完全防御とはならなかったが、水の加護が働いた様だ。おかげで、本来ならば飛び散っている身体も、五体満足。全身の傷も、直接死に関わる程ではなかった。
それでも、全く無事ではなく、意識をいつ手放してもいい状態だった。
杖が烏に戻り、主を護る様にして前に出て羽ばたく。
『カノン……起きられるか?』
オズワルドがそっと声を掛けると、華音はそれに応える様にゆっくりと身体を起こした。
だが、全身を駆け巡る激痛のせいで膝を着いてしまった。
ふと、右腕が視界に入る。破れた白い袖から、焼け爛れた肌が覗いていた。
認めた瞬間、ヒリヒリと痛み出す。同時に、背中の火傷痕も疼いた。
痛みを耐える様に閉じた瞼の裏に、ぼんやりと人影が映る。
「何で出来ないの!」
発せられた声は母のものだ。
そして、少しだけ輪郭がはっきりとし始めた人影もまた、母だった。
母は右手に銀色の薬缶を持ち、振りかぶる。
華音は両手で耳を塞ぎ、蹲った。
「……ごめんなさい……ごめんなさい…………母さん」
『カノン……』
オズワルドはこれ以上、何も言う事は出来なかった。
使い魔がバサバサと翼を早く動かし、慌て始める。
塞ぎ込んでしまった華音の代わりに、彼の中からオズワルドが戦況を確認する。
相手はほぼ無傷。現在、空中浮遊を保ったまま、再び大量のマナを集めている。
これは先程と同等の威力。
水の加護では、もう華音を護りきれない。今度こそ、終わりだ。
「とどめ」
『カノン! カノン! おい!!』
エンテとオズワルドが声を発したのは同時で、その後すぐに魔術が繰り出された。
炎の大波が術者の眼前から、対象へと降下して押し寄せる。
熱風に髪やローブが踊り、肌がじりじり焼けても、華音は一向に記憶の世界から戻らない。蹲ったまま、記憶の中の母に怯えているだけ。
使い魔も、必死になって風を起こして華音を護ろうとしているが、羽に火が燃え移った瞬間悲鳴を上げて華音の後ろへ飛んでいった。それと入れ替わりに、細い線の人影が横から飛び出した。
「華音!」
声が聞こえたのと同時に、華音の身体は軽く吹き飛び、地面に叩きつけられた。