学校帰りの駅前は、地元の学生達で賑わっていた。華音、刃、雷も、その一部で、高層ビルの並ぶ一角、一際煌びやかな照明と音声で自己主張する施設の中に居た。
 コインゲームやクレーンゲームがあるこの場所は、ゲームセンター。沢山の学生や大人達で溢れている。
 此処は刃がアニメのフィギュアを手に入れる為によく通う店舗の1つであり、華音と雷もよく付き合わされている。
 しかし、本日の目的はフィギュアではなく、単純にアーケードゲームを楽しみに来た。
 自動扉を潜り抜けてすぐ、刃はレーシングゲームへ向かっていき、華音と雷を手招き、2人用だったのでゲームが得意な雷が相手をする事になった。
 座り心地の良い操縦席に腰を下ろした2人はお金を投入し、目の前の画面に目を映す。

「普段ギャルゲーばっかりやっているけど、こう言うのも得意なんだぜ!」

 刃は誇らしげだ。
 対して、雷は余裕の笑み。

「そうかよ。だけど、俺の圧勝に決まってるけどな!」

 2人は火花を散らし、レース開始の合図と共にアクセルを目一杯踏み込んだ。
 熱中し出した親友を横目に、華音は暇潰しに店内を歩く。ああなった2人は、暫く止める事が出来ない。
 元々ゲームが好きでない華音にとって、此処は退屈な空間だった。親友の付き合いでなければ、絶対に立ち寄らない。
 周りの音を拒絶するかの様な大音量に包まれたアーケードゲームのコーナーを抜けると、様々な景品が並ぶクレーンゲームのコーナーに辿り着く。
 此方は比較的静かだが、人が多い。女子生徒2人組や集団、男子生徒集団、カップルなどが目立つ。平日の夕方とあって、小学生や家族連れは殆ど居ない。
 クレーンゲームにも、景品にも、興味がない華音はその場を素通りして、自販機横のベンチへ移動しようとした。
 その時、クレーンゲームの前に貼り付いて唸り声を上げる、女子生徒の横姿が目に付いた。
 金のボタンと金の刺繍の入ったネイビーのブレザーに、インディゴブルーのネクタイとチェックのプリーツスカートは、鏡国高校2年生の制服だ。
 腰まである長さのウェーブした髪は赤茶色、景品を睨む瞳は栗色で、豊満な胸と、スラリと長い足を持つ、まるでアニメのキャラクターの様な美貌を持つ少女を、華音が見間違える筈がなかった。
 華音はそっと、近付いて手を伸ばした。

「重心を捉えなきゃ駄目だよ」

 少女の手を摺り抜け、触れたのはクレーンゲームの操作ボタン。
 流れる様な動作で、あっさりとガラスケースの向こうの景品をアームで吊り上げて景品取り出し口に落とした。

「はい、桜花」

 華音が穏やかな顔で景品を差し出すと、桜花は戸惑いつつも恐る恐る受け取った。
 ふんわりとした、両手に収まる大きさの桜色の猫の縫いぐるみだ。
 桜花は操作ボタン横の100円玉のタワーと、突然現れた同級生を見比べ、縫いぐるみで口元を隠した。頬がほんのりと赤い。

「あ、ありがとう……華音」

 数分粘って100円玉タワーが崩れていくばかりで、景品は全く手に入る気配がなかったのに、華音はたった1回で終わらせてしまった。
 恥ずかしさと嬉しさで、体中が熱くなる。
 桜花は、サッサとお金を猫柄の財布にしまった。

「あ。と言うか、桜花のお金で勝手にごめん。今代金を……」

 鞄を探る華音。その手を、桜花の手が止めた。

「大丈夫よ! わたしが欲しかったものだし。とってくれて本当にありがとう」
「そう? それならいいんだけど」
「ところで、華音もこんな所に来るんだ」

 桜花の瞳は、意外だと言っている。
 華音は小さく笑い返した。

「刃と雷の付き合い。ゲームは得意じゃないしね」
「え? でも、これ、簡単にとったよね?」
「あぁ。クレーンゲームは、景品の向きや形状、重さ、アームの強さから、どうすればとれるのか計算すればいいだけだから。要は観察力があればいい」
「……む、難しいわね」
「そう言う桜花も意外だね。ここで会うなんて」
「う、うん。たまに来るのよ。そうだ。猫ちゃんのお礼をするわ!」
「別に大丈夫だよ。桜花のお金でとったんだし……」
「駄目よ! こう言うのは借りを作っちゃ駄目なの」

 既に踵を返そうとしていた華音の腕を桜花が掴み、別方向へ歩き出した。片手には財布が握られている。
 引き摺られる体勢になってしまった華音は諦め、桜花の手をそっと振り解いて大人しく後をついていく事にした。
 辿り着いたのは、華音が行く予定だったベンチ……正確には自販機前だった。
 飲料が並ぶ自販機の隣には、アイスクリームの自販機がある。
 桜花はアイスクリームの自販機にお金を投入し、華音を振り向いた。

「さあ、どれでも好きなものを選ぶといいわ」
「どれでもって……」

 甘い物は好きではない。奢ってくれるなら、隣の飲み物が良かったと思うも、文句を言える立場でもない。

「えーっと……じゃあ、桜花のオススメで」

 無難にそう言ってみると、桜花はニンマリと笑い、ボタンに手を伸ばした。

「オススメって言うか、すっごく気になってたのがあるの」

 ポチッとボタンを押せば、ガコンッと取り出し口に商品が落ちた。
 桜花は手を突っ込んで商品を掴み取り、華音に手渡した。
 華音はひんやりとしたそれを受け取り、見慣れないパッケージを眺めた。

「へぇ……たこ焼き味……。…………。…………」

 その後、言葉を失った。
 何度見直しても、パッケージにはたこ焼きの写真とたこ焼きと言う文字が書かれていて、裏の名称の欄にはちゃんと「アイスクリーム」と記載されていた。
 つまり、世にも奇妙な、たこ焼き味のアイスクリームだ。
 こんなもの、16年の人生で1度も見た事がない。それは、甘い物が好きではないからと言う、単純な理由ではない。
 華音の横で、桜花は目を幼子の様に輝かせている。

「凄いでしょ!? 一際気になる存在だったのよ。凄く美味しそうなんだけど、周りのアイスクリームの誘惑に負けて、いつも買えなかったのよ……」

 内心、単なる嫌がらせかと思ったが、桜花の様子を見る限りそうでもなかった。
 華音は嫌とも言えず、作り笑いを浮かべて礼を言った。
 2人で並んでベンチに座り、桜花からの期待の眼差しを受けながら、華音はプラスチック棒を持ってパッケージをペロッと捲る。
 現れたのは、バニラカラーとソースカラーに、青のりが飾り付けられた円柱型のアイスクリームだ。匂いはあまりしない。
 これは見た目だけに違いない、と華音は決心し、アイスクリームを口に運ぶ。
 最初はひんやりとした温度が唇から口内へ伝わり、口内の熱で解けていくアイスクリームから次第に味が広がっていった。
 冷蔵庫から取り出したばかりのソースの味と小麦粉っぽい味、更には氷漬けのタコが転がり込んできて、青のりの独特の香りが止めを刺した。
 まごうことなく、これはたこ焼きだ。けれど、アイスクリーム。砂糖の甘さも伝わってくる。
 香ばしいのか、甘いのか、ジューシーなのか、何が売りなのか分からない、アンバランスな味だった。
 当然、華音は俯いて口を押さえた。
 桜花は首を傾げ、華音の顔を覗き込む。

「どうかしたの?」
「これ……ヤバイ」
「え!? そんなに美味しいの!?」

 桜花は言葉の意味を解釈し間違え、心底はしゃいだ。
 華音が青白い顔を上げると、桜花の嬉しそうな顔があった。

「ねぇ、わたしにも少しだけちょうだい!」
「オレはもういらないけど……」

 桜花には申し訳ないが、華音は一口で限界だった。
 反対に、何故か桜花の顔が一層明るくなる。

「いいの!? やったぁ。じゃあ、残りはわたしが食べちゃうね」
「食べちゃうねって、それ、オレの」

 食べかけ……と言おうとした時には、桜花が華音の手からアイスクリームを奪い取り、大きな口で頬張っていた。

「あ! 本当。美味しいねっ」

 ぺろりと舌舐めずりをした桜花は至福の表情。
 元は華音へのお礼としてあげたのではなかったのか。
 何をどう突っ込んだらいいのか分からなくなってしまった華音は、呆然と桜花がアイスクリームを咀嚼するのを眺めていた。

「うんっ。美味しかったぁ。いつもミントチョコ食べていたのが馬鹿らしく思える程、美味でした。華音も残さずに最後まで食べれば良かったのに」

 桜花は綺麗にアイスクリームのなくなったプラスチック棒を、ユラユラ揺らす。
 華音は桜花から視線を外し、顔を片手で覆って溜め息を吐いた。

「君さ……もう少し意識したら?」
「意識? 何の?」
「分からないなら、いいよ……」

 自ら言い出すのは、こちらだけが意識しているみたいで面映ゆいので憚られた。
 初対面の時もそうだったが、桜花は異性に対して鈍感な様だ。華音も大概だが、さすがにこれは気にしてしまう。
 華音は気持ちを切り替える為、話題を変える。

「桜花、1人?」
「えっ」

 プラスチック棒を揺らす手がピタリと止まった。
 少しの沈黙。
 桜花はプラスチック棒を握って、俯いた。

「そうよ。……笑わないでね。わたし、友達がいないの」
「それは……仕方のない事じゃない? 転校して来たばかりだし」

 華音は何て事ない風に言うが、桜花の表情は深刻だった。

「そう、なんだけど。わたしの家、昔から引っ越しばかりで、転校も多くて。今まで友達があんまり出来なかったのよ。だから、今も、どうしたら良いのか、どうしたら友達が作れるのか分からなくて、独りなの……」

 華音に、桜花の気持ちは分からない。けれど、寂しそうな顔を見ているのは、こちらも辛かった。
 逡巡の後、華音は口を開いた。

「……じゃあさ、オレが」
「あっ……! べ、別に君に友達になってほしい訳じゃないんだから!」

 立ち上がった拍子に、桜花は足を滑らせた。
 後ろへ傾く身体を、華音がサッと立ち上がって受け止めた。
 そこへ、タイミング悪く刃と雷が来た。

「かがみん、雷にギリ負けちまったわー……って!?」
「おっと!?」

 刃と雷は、瞠目して硬直した。
 華音の腕の中には、同級生の美少女が収まっているではないか。
 親友達の姿を認め、華音も硬直した。
 これは言い訳が難しい状態だ。
 案の定、硬直が解けた親友達はニヤニヤしだした。

「勝手にどっか行っちまったと思ったら、彼女とイチャついてたんだな」と雷。弟を見る目だ。
「桜花ちゃんを先に取られて悔しーけど、ここまで大胆にやられちゃあー認めるしかないわなー」と刃。勝利を勝ち取った戦友を見る目だ。

 華音は頬をほんのりと赤く染め、桜花を離して2人に詰め寄った。

「違う! 勝手に勘違いするな。桜花が転びそうになったから助けただけ」
「桜花って。ちょいちょい気になってたけど、いつの間にかがみん、名前で呼ぶようになったワケ? 今朝も、2人でこそこそしてたし~」

 刃の疑念は更に深まった。

「それは……桜花に頼まれたからで」

 華音の視線が下がっていく。
 これ以上は、何だか墓穴を掘りそうな予感がした。
 そこへ、桜花が止めを刺した。

「華音とわたしは、唯の魔法使い仲間なだけだから!」

 周りの騒音が聞こえないぐらい、シンっと静まり返った。
 華音の背中に、ひんやりと汗が伝う。

「華音? それに、魔法使い?」

 当然の疑問を口にした刃は、怪訝そうだ。2次元好きではあるが、何も、3次元にまで持って来る様なタイプではない。
 雷も、掛ける言葉が見当たらずに口を閉ざしたままだ。

「かがみんってさ、魔法……」

 再び沈黙を破った刃の声は、羽音に掻き消された。
 烏と猫、華音と桜花の使い魔が呼びに来たのだ。
 出来ればこのタイミングで来ないでほしかったが、外から悲鳴が聞こえて来て、やむを得ず、華音は桜花と共に使い魔を引き連れて外へ向かった。