夜に抱かれた水面には、白い外壁に、天を目指す三角屋根が幾つか生えた細かな装飾が美しい巨大建築――――ヴィダルシュ城と、幻想的な光を放つ蒼月が映り込み、まるで1枚の大きな絵画の様だ。
水面がそっと吹いた夜風に揺れ、光を散らす。
ミッドガイア王国の王都ヴィダルシュにある城は、常緑樹に囲まれた湖上に聳え立っている。重厚な鎧装備の門番が両脇に常に立つ城門を潜り、幅広の木製橋から岸へ渡る事が可能だ。
広い城内の一角、大きな窓から謁見の間と蒼月が臨める部屋で、宮廷魔術師は1人、静寂を味わっていた。
窓際の、月光を受けて青白く光る丸テーブルにはティーセット一式と分厚い本が置かれている。
青薔薇のデザインの白いティーカップには、黄金色のお茶が湯気を立てて上品な香りを漂わせている。これは、今宵の様な満月の下で摘み取られた茶葉を使用したものだ。
茶葉はミッドガイアでは殆ど栽培しておらず、栽培が盛んな隣国ブルーヴェイルからの輸入品だ。
ブルーヴェイルは竜族からなる国で、亜熱帯気候の山岳地帯が連なる。
普段は人間に近しい姿をしている竜族だが、剣も弾くと言われている硬い鱗に覆われた巨大な身体に、硝子玉の様な瞳、鋭い牙と爪、そして自由に空を飛び回る事の出来る大きな翼を持つ本来の姿になれば、足場の悪い場所に生える茶葉も容易に摘み取る事が出来るので彼らに適した産業と言える。
オズワルドはティーカップに口を付け、本に視線を落とした。水色の横髪が前に垂れ、白い頬に少し掠る。
視線をそのままに、片手で邪魔な横髪を耳にかけた。
露になったのは長く先の尖ったエルフ特有の耳でも、丸みを帯びた人間の耳とも違う、その間をとったかの様な形の耳だった。
本のページを何枚か捲り、2杯目のお茶を注いでいると、ギィッと独りでに部屋の扉が開いた。
オズワルドは落ち着いた様子で手を止め、仄暗い室内に目を向ける。
扉の向こうは更なる闇が落ち、物の輪郭が見えにくい。しかし、確かに蠢くモノがあった。
静かに待っていると、少しばかり鎧の音を響かせながらも極めて静かに、1人の人間が扉の内側へ入って来た。
部屋に満ちる月明かりで明らかとなったその人物は、浅葱色と黒色の2色の髪を持つ猫目の騎士だった。先日、魔法鏡の間付近でオズワルドと擦れ違った男である。
騎士はオズワルドの姿を認めると、一礼して八重歯の覗く口を開く。
「夜分に申し訳ありません、リデル様。実は頼みたい事がございまして……」
特徴的な騒がしさは一欠片もなく、まるで耳元で囁くかの様な音量だった。
他に物音がない空間だからと言って、決して適切ではない。当然、オズワルドの眉間に皺が刻まれていた。
「お前、ノックもなしに入って来るとはいい度胸だな。そんな声じゃ聞こえないぞ」
騎士は困った様に笑い、頬を掻いた。
「以前、もう少し静かにしてくれないかと注意を受けましたので……。静かさを演出してみたんですが」
「お前は限度と言うものを知らないのか」
「いやー……難しいっすね。それに、リデル様はこれぐらいなら聞こえてるんじゃないですか? どうせ、僕の足音も聞こえていたんでしょう?」
騎士がオズワルドの耳に視線を向けると、オズワルドはそっと横髪を被せた。琥珀色の瞳には、微かな戸惑いが覗いていた。
「え? 隠しちゃうんです? せっかく綺麗な形してるのに」
「……それで、私に頼みたい事とは?」
「ほら、聞こえてたじゃないっすかー。あのですね、今から僕と手合わせ願いたいんです」
騎士は籠手をはめた手をグッと握り、サファイアブルーの瞳に子供の様な無邪気さと獣の様な凶暴さを宿した。
オズワルドは溜め息をついて本を閉じ、席を立った。
「なるほどな。お前の用件は分かった。だが、私はお前の名前も知らない」
「これは失礼しました! 僕は第2騎士団副団長、マルス・リザーディアと申します」
騎士はビシッと敬礼し、両耳の逆円錐形のクリスタルのピアスが揺れた。
「マルスか。手合わせとは……私の職業を知っての事か?」
「ええ。勿論。僕は宮廷魔術師のオズワルド・リデル様と手合わせしたいんです」
「お前は剣士だろう。剣術と魔術では勝負にならないが?」
「それも承知の上です。いつもは騎士団の皆と剣を交えていますが、魔法の使い手とも戦ってみたいのです。色々な相手に対応出来た方がいいでしょう? 先日の魔女の件もありますし。それに、リデル様だって相手が誰であろうと関係なくお強いじゃないっすか」
マルスはヘラヘラと笑うが、その目に迷いはなく、確かな自信に溢れていた。
唯の能天気なお調子者ではない。
オズワルドは彼に興味が沸いた。口角を上げる。
「……いいだろう。私も最近身体が鈍っていてな」
「やった。では、参りましょう」
マルスが肩から垂らした赤い布を翻し、オズワルドはその後をついていった。
夜空に剣戟の音が響く。
夜の静寂とは無縁なその場所は、城門に程近い場所に位置する騎士の宿舎だ。
城よりも、縦にも横にも小さい2階建ての建物の前には、広大な地面があり、ハートの描かれたミッドガイア王国の国章の入った銀の鎧で、首から下までをがっちり固めた、剣や槍を装備した男達で溢れていた。
城内の見回り、謁見の間や城門での見張りをする以外は、彼らは此処で過ごしている。
オズワルドが普段、訪れる事のない場所だ。その為、剣をぶつけ合っていた騎士達が宮廷魔術師の姿を認めるなり、ざわつき始めた。
マルスは気にせず、オズワルドを引き連れて仲間達の横を通り過ぎる。
ざわつきの中、1つだけマルスにハッキリと向けられた声があった。
「マルス! お前、どう言うつもりだ! こんな所に、リデル様をお連れするなんて……」
マルスの横には、30代半ばぐらいの、茶髪に翠眼の男が血相を変えて立っていた。いつもは揺るぎない信念を宿す瞳も、今は何処か頼りなく、畏れを抱いていた。
マルスはニッと八重歯を覗かせ、手の平を男に向けた。
「心配いらないっすよ、団長。今からリデル様と手合わせするだけっすから」
「だけって……!」
団長は眉を吊り上げ、向けられた手の平に剣先を向けた。
「リデル様は魔術師だが、我々よりもお強い。勝負にならないし、下手したらお前……死ぬぞ!?」
マルスは剣先を握り、サファイアブルーの瞳で真っ直ぐエメラルドグリーンの瞳を捉えた。蒼月よりも青く、刃よりも鋭いそれに、団長はゾクリとした。
「確かに、リデル様はお強い。しかし、だからこそ、加減をご存知です。それに、僕だって強いっすからね。負ける気がしません」
「……そう、か。――――リデル様、うちの馬鹿がすみません」
団長が申し訳なさそうに頭を下げると、オズワルドは苦笑した。
「構わない。私の方こそ、稽古の手を止めてしまって悪いな」
「と、とんでもございません! 本来なら、もう就寝している時間なのですが、出来る限り早く力を身に付けたいもので……」
「魔女か。私の方で何とかするつもりだが、いつ此処が襲撃されるか分からないからな」
オズワルドの脳裏に浮かぶのは、満面の笑みでこちらを見る月の魔女アルナの姿。彼女とは漸くあちらの世界で接触が出来たが、それによってこちらの世界の警戒が強まった。
オズワルド自身は次元を超えられないが、何らかの力を送って妨害していると言う事は魔女達の知るところだ。
つまり、オズワルドを徹底的に潰す為には此処を叩くのが手っ取り早く、次元を自由に行き来出来る魔女達ならそれが一番効率がいい。
オズワルドも、騎士達と同様、いつでも魔女の襲撃に備えているのだが、静寂を堪能出来る程の平和な夜が続いている。これでは、魔女が精霊を取り込んで城へ挨拶に来る前と同じだ。
例えるなら、嵐の前の静けさ。……いや、既に嵐が過ぎ去ったかの様だと例えた方が適切かもしれない。それぐらい、暫くの間こちらには何もないのだ。
それでも、宮廷魔術師も騎士も国を護る存在。気を抜く訳にはいかない。
オズワルドと団長が真剣な表情を浮かべている横で、マルスは場違いな程の朗らかな笑みを浮かべていた。
「さあ、リデル様。戦いましょう!」
いつの間にか、団長の剣を払い、自分の剣を腰の鞘から抜いて肩に担いでいた。
オズワルドは小さく笑い、マルスを見た。
やはり、この男には興味がある。それに、ずっと訊きたい事があった。
両者は距離を取り、周りは彼らを囲うギャラリーと化した。
月光を反射させる銀の長剣を構えたマルスは、小首を傾げてオズワルドの手元を見た。
「武器、何かお貸ししましょうか? 魔術師でも、手ぶらじゃ心許ないでしょう?」
「いや、結構だ」
言って、オズワルドは右手を天へ翳した。
すると、数分もしないうちに、蒼月の前に黒い点が見え、徐々にそれが大きくなっていった。やがて逆光を受けるその物体は誰の目にも、鳥である事が認識出来た。
羽音を立てずに緩やかに高度を下げ、オズワルドの手にふわりと着地したその鳥は青みがかった白梟だった。蒼月の色が染み込んだかの様な白い羽が舞い落ちた。
オズワルドは梟の頭を撫で、不思議そうな顔をしているマルスに笑みを向けた。
「コイツも私の使い魔だ。普段は烏を使っているが、あちらの世界で仕事中なのでな。コイツは杖にはなれないが、弓になれる」
オズワルドが梟を宙へ放すと、梟は青白い光に包まれて一瞬で姿を変え、再び主の手に収まった。
「杖よりも、弓の扱いに慣れているのでな」
オズワルドは翼を模した形の純白の弓を見せつけ、意味深に笑った。
水面がそっと吹いた夜風に揺れ、光を散らす。
ミッドガイア王国の王都ヴィダルシュにある城は、常緑樹に囲まれた湖上に聳え立っている。重厚な鎧装備の門番が両脇に常に立つ城門を潜り、幅広の木製橋から岸へ渡る事が可能だ。
広い城内の一角、大きな窓から謁見の間と蒼月が臨める部屋で、宮廷魔術師は1人、静寂を味わっていた。
窓際の、月光を受けて青白く光る丸テーブルにはティーセット一式と分厚い本が置かれている。
青薔薇のデザインの白いティーカップには、黄金色のお茶が湯気を立てて上品な香りを漂わせている。これは、今宵の様な満月の下で摘み取られた茶葉を使用したものだ。
茶葉はミッドガイアでは殆ど栽培しておらず、栽培が盛んな隣国ブルーヴェイルからの輸入品だ。
ブルーヴェイルは竜族からなる国で、亜熱帯気候の山岳地帯が連なる。
普段は人間に近しい姿をしている竜族だが、剣も弾くと言われている硬い鱗に覆われた巨大な身体に、硝子玉の様な瞳、鋭い牙と爪、そして自由に空を飛び回る事の出来る大きな翼を持つ本来の姿になれば、足場の悪い場所に生える茶葉も容易に摘み取る事が出来るので彼らに適した産業と言える。
オズワルドはティーカップに口を付け、本に視線を落とした。水色の横髪が前に垂れ、白い頬に少し掠る。
視線をそのままに、片手で邪魔な横髪を耳にかけた。
露になったのは長く先の尖ったエルフ特有の耳でも、丸みを帯びた人間の耳とも違う、その間をとったかの様な形の耳だった。
本のページを何枚か捲り、2杯目のお茶を注いでいると、ギィッと独りでに部屋の扉が開いた。
オズワルドは落ち着いた様子で手を止め、仄暗い室内に目を向ける。
扉の向こうは更なる闇が落ち、物の輪郭が見えにくい。しかし、確かに蠢くモノがあった。
静かに待っていると、少しばかり鎧の音を響かせながらも極めて静かに、1人の人間が扉の内側へ入って来た。
部屋に満ちる月明かりで明らかとなったその人物は、浅葱色と黒色の2色の髪を持つ猫目の騎士だった。先日、魔法鏡の間付近でオズワルドと擦れ違った男である。
騎士はオズワルドの姿を認めると、一礼して八重歯の覗く口を開く。
「夜分に申し訳ありません、リデル様。実は頼みたい事がございまして……」
特徴的な騒がしさは一欠片もなく、まるで耳元で囁くかの様な音量だった。
他に物音がない空間だからと言って、決して適切ではない。当然、オズワルドの眉間に皺が刻まれていた。
「お前、ノックもなしに入って来るとはいい度胸だな。そんな声じゃ聞こえないぞ」
騎士は困った様に笑い、頬を掻いた。
「以前、もう少し静かにしてくれないかと注意を受けましたので……。静かさを演出してみたんですが」
「お前は限度と言うものを知らないのか」
「いやー……難しいっすね。それに、リデル様はこれぐらいなら聞こえてるんじゃないですか? どうせ、僕の足音も聞こえていたんでしょう?」
騎士がオズワルドの耳に視線を向けると、オズワルドはそっと横髪を被せた。琥珀色の瞳には、微かな戸惑いが覗いていた。
「え? 隠しちゃうんです? せっかく綺麗な形してるのに」
「……それで、私に頼みたい事とは?」
「ほら、聞こえてたじゃないっすかー。あのですね、今から僕と手合わせ願いたいんです」
騎士は籠手をはめた手をグッと握り、サファイアブルーの瞳に子供の様な無邪気さと獣の様な凶暴さを宿した。
オズワルドは溜め息をついて本を閉じ、席を立った。
「なるほどな。お前の用件は分かった。だが、私はお前の名前も知らない」
「これは失礼しました! 僕は第2騎士団副団長、マルス・リザーディアと申します」
騎士はビシッと敬礼し、両耳の逆円錐形のクリスタルのピアスが揺れた。
「マルスか。手合わせとは……私の職業を知っての事か?」
「ええ。勿論。僕は宮廷魔術師のオズワルド・リデル様と手合わせしたいんです」
「お前は剣士だろう。剣術と魔術では勝負にならないが?」
「それも承知の上です。いつもは騎士団の皆と剣を交えていますが、魔法の使い手とも戦ってみたいのです。色々な相手に対応出来た方がいいでしょう? 先日の魔女の件もありますし。それに、リデル様だって相手が誰であろうと関係なくお強いじゃないっすか」
マルスはヘラヘラと笑うが、その目に迷いはなく、確かな自信に溢れていた。
唯の能天気なお調子者ではない。
オズワルドは彼に興味が沸いた。口角を上げる。
「……いいだろう。私も最近身体が鈍っていてな」
「やった。では、参りましょう」
マルスが肩から垂らした赤い布を翻し、オズワルドはその後をついていった。
夜空に剣戟の音が響く。
夜の静寂とは無縁なその場所は、城門に程近い場所に位置する騎士の宿舎だ。
城よりも、縦にも横にも小さい2階建ての建物の前には、広大な地面があり、ハートの描かれたミッドガイア王国の国章の入った銀の鎧で、首から下までをがっちり固めた、剣や槍を装備した男達で溢れていた。
城内の見回り、謁見の間や城門での見張りをする以外は、彼らは此処で過ごしている。
オズワルドが普段、訪れる事のない場所だ。その為、剣をぶつけ合っていた騎士達が宮廷魔術師の姿を認めるなり、ざわつき始めた。
マルスは気にせず、オズワルドを引き連れて仲間達の横を通り過ぎる。
ざわつきの中、1つだけマルスにハッキリと向けられた声があった。
「マルス! お前、どう言うつもりだ! こんな所に、リデル様をお連れするなんて……」
マルスの横には、30代半ばぐらいの、茶髪に翠眼の男が血相を変えて立っていた。いつもは揺るぎない信念を宿す瞳も、今は何処か頼りなく、畏れを抱いていた。
マルスはニッと八重歯を覗かせ、手の平を男に向けた。
「心配いらないっすよ、団長。今からリデル様と手合わせするだけっすから」
「だけって……!」
団長は眉を吊り上げ、向けられた手の平に剣先を向けた。
「リデル様は魔術師だが、我々よりもお強い。勝負にならないし、下手したらお前……死ぬぞ!?」
マルスは剣先を握り、サファイアブルーの瞳で真っ直ぐエメラルドグリーンの瞳を捉えた。蒼月よりも青く、刃よりも鋭いそれに、団長はゾクリとした。
「確かに、リデル様はお強い。しかし、だからこそ、加減をご存知です。それに、僕だって強いっすからね。負ける気がしません」
「……そう、か。――――リデル様、うちの馬鹿がすみません」
団長が申し訳なさそうに頭を下げると、オズワルドは苦笑した。
「構わない。私の方こそ、稽古の手を止めてしまって悪いな」
「と、とんでもございません! 本来なら、もう就寝している時間なのですが、出来る限り早く力を身に付けたいもので……」
「魔女か。私の方で何とかするつもりだが、いつ此処が襲撃されるか分からないからな」
オズワルドの脳裏に浮かぶのは、満面の笑みでこちらを見る月の魔女アルナの姿。彼女とは漸くあちらの世界で接触が出来たが、それによってこちらの世界の警戒が強まった。
オズワルド自身は次元を超えられないが、何らかの力を送って妨害していると言う事は魔女達の知るところだ。
つまり、オズワルドを徹底的に潰す為には此処を叩くのが手っ取り早く、次元を自由に行き来出来る魔女達ならそれが一番効率がいい。
オズワルドも、騎士達と同様、いつでも魔女の襲撃に備えているのだが、静寂を堪能出来る程の平和な夜が続いている。これでは、魔女が精霊を取り込んで城へ挨拶に来る前と同じだ。
例えるなら、嵐の前の静けさ。……いや、既に嵐が過ぎ去ったかの様だと例えた方が適切かもしれない。それぐらい、暫くの間こちらには何もないのだ。
それでも、宮廷魔術師も騎士も国を護る存在。気を抜く訳にはいかない。
オズワルドと団長が真剣な表情を浮かべている横で、マルスは場違いな程の朗らかな笑みを浮かべていた。
「さあ、リデル様。戦いましょう!」
いつの間にか、団長の剣を払い、自分の剣を腰の鞘から抜いて肩に担いでいた。
オズワルドは小さく笑い、マルスを見た。
やはり、この男には興味がある。それに、ずっと訊きたい事があった。
両者は距離を取り、周りは彼らを囲うギャラリーと化した。
月光を反射させる銀の長剣を構えたマルスは、小首を傾げてオズワルドの手元を見た。
「武器、何かお貸ししましょうか? 魔術師でも、手ぶらじゃ心許ないでしょう?」
「いや、結構だ」
言って、オズワルドは右手を天へ翳した。
すると、数分もしないうちに、蒼月の前に黒い点が見え、徐々にそれが大きくなっていった。やがて逆光を受けるその物体は誰の目にも、鳥である事が認識出来た。
羽音を立てずに緩やかに高度を下げ、オズワルドの手にふわりと着地したその鳥は青みがかった白梟だった。蒼月の色が染み込んだかの様な白い羽が舞い落ちた。
オズワルドは梟の頭を撫で、不思議そうな顔をしているマルスに笑みを向けた。
「コイツも私の使い魔だ。普段は烏を使っているが、あちらの世界で仕事中なのでな。コイツは杖にはなれないが、弓になれる」
オズワルドが梟を宙へ放すと、梟は青白い光に包まれて一瞬で姿を変え、再び主の手に収まった。
「杖よりも、弓の扱いに慣れているのでな」
オズワルドは翼を模した形の純白の弓を見せつけ、意味深に笑った。