制服に着替えて更衣室を出ると、扉に背を預けてオズワルドは小さく息を吐いた。
まさか、別次元のドロシーが猫の格好で登場するとは。未だに猫に対する恐怖は消えず、身体が勝手に反応してしまう。
我ながら情けない。
あのタイミングで教室を出るのは不自然だった。何事もなかったかの様に、急いで戻らなければ。
急ぎ足で閑散とした廊下を進み、階段の前に差し掛かった時だ。待ち伏せていたかの様に、陰から同級生の女子が出て来て恥じらいながらも優等生を呼び止めた。
「鏡崎くん! あ、あのね」
知らない人物だった。少なくともオズワルドにとっては。
オズワルドは穏やかな雰囲気で、一生懸命紡ごうとしている言葉の続きを待つ。その間、彼女の容姿をさらりと観察した。
小柄で痩せ型、肩に付く程度の明るい茶髪、薄く化粧を施した可愛らしい顔、少し胸元を開けたカッターシャツ、雰囲気は活発そうで男女問わず友人が多そうだった。
「あのねっ……すごく突然なんだけど、あたし、鏡崎くんの事が好きです! すっごく見た目もカッコいいし、頭良いし、優しいし」
これは世間での鏡崎華音に対する印象そのもの。オズワルドも知っていた為、彼女の告白が一気に薄っぺらいものに感じた。優等生を演じるのも馬鹿らしくなり、顔から笑みを剥がして僅かに視線を逸らした。
しかし、緊張のあまり彼の顔を見られない彼女はそのあからさまな拒絶に気付かなかった。
「すぐに返事くれなくていいんだ。ただね、明日の文化祭一緒に回って欲しいの……。それから、あたしの事良いって思ったら付き合って下さいっ」
緊張している割には積極的で、何としてでも学校一のイケメン優等生をものにしようと言う野望が垣間見えた。
オズワルドにとってはとにかく不快であるが、年頃の少年少女達は異性にこうやって詰め寄られるとつい頬が弛んでしまうのではなかろうか。それは恋愛に疎い華音だって例外ではなく、こちらの一存で勝手に返事をするべきではないかと思った。
明日の約束に対しての返事を期待している女子生徒に真剣な目を向けると、丁度階段を上って来る桜花の姿が見えた。
制服に着替えた彼女は優等生を呼びに来た様で、今まさに声を掛けようとして直前で口を噤んで踊り場まで引き返して行った。
オズワルドはくすりと笑う。
「鏡崎くん、どうしたの?」
「あ、ごめん……いや」
答えなんてもう決まっているじゃないか。
スッと改まる。
「オレ、好きな娘がいるんだ。だからごめんね」
相手を傷付けない様に、なるべく優しい表情と口調で告げた。
この胸の高鳴りは華音のものか、それとも……。
女子生徒は「そっ……か」とあっさりと受け入れ、暗い面持ちで廊下の向こうへ走り去った。その背中が寂しそうに見えたが、あまり罪悪感は沸かなかった。
オズワルドは階段の近くまで行き、踊り場で固まっている桜花に声を掛けた。
「何してるんだ」
「何って……えっと、華音を呼びに来たんだけど、お取り込み中だったから……あの娘はいいの?」
漸く動き出したが、桜花の言動はぎこちなかった。
「ちゃんと断ったからいい。それよりも」
オズワルドが階段を下りて桜花に迫ると、反射的に桜花は後退り自ら壁際まで追い詰められた。
間近に迫る綺麗な顔に、桜花はたじろぐ。
「えっ……やっぱりわたし何かしちゃった? 華音、怒っ」
その名を聞いた瞬間彼の表情が不機嫌になり、同時に額を指で思い切り弾かれた。
桜花は涙目で額を押さえる。
「いった……もう、華音」
「先程から華音華音って。お前はまだ気付いていないのか」
「だから何に? 高木くんにも言われたんだけど、何の事かよく分からないわ?」
はぁ……とオズワルドは大きな溜め息を吐き、桜花の顔のすぐ横の壁に勢いよく片手を付いた。桜花の華奢な肩が跳ね上がる。

「愚かなお前に特別に教えてやる。私は別次元の鏡崎華音、つまりオズワルド・リデルだ」
「オズワルド・リデル……」
名前を復唱すると、桜花は口を開いたまま動かなくなった。
オズワルドは壁から手を離し、桜花から少し離れた。
「イカズチはすぐに気付いたと言うのに。まあ、私が誰かまでは特定出来ていなかったが」
肩をすくめ、窓の前に移動する。そこから見える校庭でも、明日の準備で生徒達が忙しそうにしていた。
「本当に?」
桜花の静かな確認の声に、オズワルドは窓に背を向けて桜花を見た。
「カノンの悪ふざけに見えるか?」
からかう様な口調で言うと、桜花がずいっと迫って来た。今度はオズワルドがたじろいだ。
「わたし、オズワルドと話してみたかったのよ! 嬉しい」
オズワルドを見上げる栗色の瞳はキラキラと輝き、無邪気だった。
「はぁ? 何だそれは」
「だって、いつもオズワルドと話してる華音楽しそうだもの。どんな話してるのか気になって」
「大した話はしていないし、お互いに楽しんではいない」
「でも、何でオズワルドが? 華音の身体だよね? 華音は何処?」
「話すとしたらその辺りからか……」
階段を上る音と騒がしい話し声が聞こえて来た。
「……場所を変えた方がよさそうだな」
「あ! それなら良い場所があるから帰りに寄りましょ」
2人で階段を下りて行くと、男子生徒4人組と擦れ違った。彼らは一旦話をやめて擦れ違い様に2人をまじまじと見、通り過ぎた後にまた話し始めた。
「さっきの、隣のクラスの鏡崎と赤松じゃね」
「何で一緒に?」
「あの2人最近よく一緒に居るし、付き合ってんだろ」
「マジか。あんな美少女を……って、鏡崎も美少年だわ。勝てる気がしねー」
4人の会話にオズワルドは苦い顔をし、桜花に刃と雷も誘う事を提案。勿論快く了承してくれたが、華音の事を思うと複雑な気持ちだった。まだまだ噂通りの関係になるのは先の様だ。
「良い場所って……ここの事か」
オズワルドは不満げな顔で、皿の上のケーキとプチシュークリームの山をフォークで突いた。
「とか言いつつ、オズワルドさん楽しんでるじゃん」
山の反対側を刃が突く。
料金を払えば種類豊富な軽食やスイーツを時間制限まで好きなだけ食べる事が出来ると知って、早速皿にスイーツの山を築いたのはオズワルドだった。雷と刃の皿はパスタやサラダがバランスよく乗っており、桜花の皿は中華まんとポテト、時々枝豆が無造作に乗っていた。
文化祭の準備を終え、4人が話し合いの場として向かったのは駅前のスイーツバイキングの店だった。
人気店である為、日が落ちてから来たのにも関わらず入店に1時間はかかった。
淡いピンクと白のストライプ柄の内壁に板チョコ風の床、アンティーク調の丸テーブル、チョコレート色のブラウスの上にフリルのあしらわれたエプロンを着用した若い女性店員、全てに可愛らしさがあり若い女性をターゲットにしている様だった。現に、店内は学校帰りの女子高校生や会社帰りのOL、主婦などで溢れていた。ポツポツと男子高校生の姿も見受けられるが、オズワルド達を含めても数える程しかいない。
丸テーブルを4人で囲うのは、桜花が転校して来たばかりの昼食以来だった。
数ヶ月前の事を懐かしむ雷と刃は、桜花の皿を見て随分変わったと思った。変わったと言うよりは本性を見せたと言った方が正しい。最初こそ桜花は猫を被り親しみやすい女子を目指していた様だが、今ではすっかりこの通りで人目を気にせず好きなものを幸せそうに頬張っている。そんな一面を目の当たりにすると、華音が惚れたのも分かる気がした。
可愛い。
2人の心の声が重なった。
「ん? なぁに?」
桜花の純粋な瞳が向けられていて、2人はギクリとした。一瞬心の声が聞こえてしまったのかと思ったが、自分達が無意識に桜花を見ていた為だと気付いて少しだけホッとした。
「何でもねーよ」と、今度は口から出た声が重なった。
「そう?」
桜花は大して気にした素振りはなく、食事を再開した。
「変な真似はするなよ」
オズワルドが雷と刃に忠告と言う名の脅迫をすると、2人は返す言葉もなく苦笑して縮こまった。
しかし、何処か2人には華音の為ではなく自分の為に言っている風に聞こえた。
畏れ多くも、それについて刃が話を振った。
「ドロシー王女だっけ……に桜花ちゃん重ねてるよな」
「そんなつもりはない」
きっぱり言い切ったオズワルドは、先程よりもハイペースでスイーツを上品に平らげていく。堆く積み上げられた山が半分以上削られた。
大食い動画さながらの見事な光景だが、圧倒されると同時に刃と雷は胸焼けを覚えた。
「オズワルドさん、冷静なフリして動揺してんだろ。てか、普段甘いもん食わない華音の胃袋にそんな詰め込んで大丈夫なのかよ」
雷が最もな指摘をすると、オズワルドはおしぼりで口周りを丁寧に拭いた後ティーカップに口を付けた。お湯にティーパックを浸しただけで一杯分が手軽に作れるお茶は、想像以上に美味しく王城に住む魔術師の舌も満足させてくれた。そしてティーカップをソーサーに戻し、残りのスイーツの山を見た。
「胃に収めてしまえば全て同じだ。問題ない」
フォークを持ち、平然とした顔でスイーツの山を胃の中に再形成させていく。
ティーパックもスイーツバイキングも、スペクルムにはない文化だ。いくら王城に住んでいると言えど、好きなものを山にして食べると言う様なはしたない事は出来ない為、オズワルドは密かに楽しんでいた。
「にしても身分差、年の差、種族差……恋愛もんのテッパンだなぁ、こりゃ」
刃はオズワルドとドロシーの関係性を妄想し、1人ニヤニヤしていた。
「お前、恋愛も見るのかよ」と、雷。
「ああ。悪役令嬢に、アイドル系とか学園系、BLにGL、一通り話題になったもんはチェックしてる」
「幅広いオタクだな……」
「まぁな。おもしれー作品にはジャンル関係ねーし」
「さりげに名言」
コツっと静かに食器がぶつかり合う音がし、2人が横を見るとオズワルドが空になった皿にフォークを置いて2人を見ていた。言葉なくとも2人は理解し、刃が条件反射で立ち上がった。
「すぐ追加持ってきまーす。何でもいいよな?」
「ああ」
「完全にパシリじゃねーかよ。見た目不良なのに、虐められるタイプだわ」
雷は頬を掻いた。
刃が歩いて行くのが視界の端に映ると、桜花は最後の中華まんを口一杯に詰め込んで立ち上がろうとした。
「待って! わたしも」
カタン。
手がグラスに当たり、テーブルに倒れたそれからオレンジジュースらしき液体が溢れ出て滑らかな表面に広がり床へと滴り落ちていった。
男2人がおしぼりを手に素早く立ち上がる。
「全くお前は」
「大丈夫かよ」
オズワルドは呆れ、雷は心配する。
2人によって、自由に広がった液体が拭かれていく。
桜花はわたわたしてそれを見守る事しか出来なかった。
「ご、ごめんね……2人とも」
「気にすんなって」と雷は桜花に笑みを見せ、十二分に液体を吸い込んだおしぼりとまだテーブルに広がる液体を見比べて眉を下げた。「ちょっと店員に台ふきん借りてくるわ」
雷が居なくなり、オズワルドと桜花だけとなった。
まさか、別次元のドロシーが猫の格好で登場するとは。未だに猫に対する恐怖は消えず、身体が勝手に反応してしまう。
我ながら情けない。
あのタイミングで教室を出るのは不自然だった。何事もなかったかの様に、急いで戻らなければ。
急ぎ足で閑散とした廊下を進み、階段の前に差し掛かった時だ。待ち伏せていたかの様に、陰から同級生の女子が出て来て恥じらいながらも優等生を呼び止めた。
「鏡崎くん! あ、あのね」
知らない人物だった。少なくともオズワルドにとっては。
オズワルドは穏やかな雰囲気で、一生懸命紡ごうとしている言葉の続きを待つ。その間、彼女の容姿をさらりと観察した。
小柄で痩せ型、肩に付く程度の明るい茶髪、薄く化粧を施した可愛らしい顔、少し胸元を開けたカッターシャツ、雰囲気は活発そうで男女問わず友人が多そうだった。
「あのねっ……すごく突然なんだけど、あたし、鏡崎くんの事が好きです! すっごく見た目もカッコいいし、頭良いし、優しいし」
これは世間での鏡崎華音に対する印象そのもの。オズワルドも知っていた為、彼女の告白が一気に薄っぺらいものに感じた。優等生を演じるのも馬鹿らしくなり、顔から笑みを剥がして僅かに視線を逸らした。
しかし、緊張のあまり彼の顔を見られない彼女はそのあからさまな拒絶に気付かなかった。
「すぐに返事くれなくていいんだ。ただね、明日の文化祭一緒に回って欲しいの……。それから、あたしの事良いって思ったら付き合って下さいっ」
緊張している割には積極的で、何としてでも学校一のイケメン優等生をものにしようと言う野望が垣間見えた。
オズワルドにとってはとにかく不快であるが、年頃の少年少女達は異性にこうやって詰め寄られるとつい頬が弛んでしまうのではなかろうか。それは恋愛に疎い華音だって例外ではなく、こちらの一存で勝手に返事をするべきではないかと思った。
明日の約束に対しての返事を期待している女子生徒に真剣な目を向けると、丁度階段を上って来る桜花の姿が見えた。
制服に着替えた彼女は優等生を呼びに来た様で、今まさに声を掛けようとして直前で口を噤んで踊り場まで引き返して行った。
オズワルドはくすりと笑う。
「鏡崎くん、どうしたの?」
「あ、ごめん……いや」
答えなんてもう決まっているじゃないか。
スッと改まる。
「オレ、好きな娘がいるんだ。だからごめんね」
相手を傷付けない様に、なるべく優しい表情と口調で告げた。
この胸の高鳴りは華音のものか、それとも……。
女子生徒は「そっ……か」とあっさりと受け入れ、暗い面持ちで廊下の向こうへ走り去った。その背中が寂しそうに見えたが、あまり罪悪感は沸かなかった。
オズワルドは階段の近くまで行き、踊り場で固まっている桜花に声を掛けた。
「何してるんだ」
「何って……えっと、華音を呼びに来たんだけど、お取り込み中だったから……あの娘はいいの?」
漸く動き出したが、桜花の言動はぎこちなかった。
「ちゃんと断ったからいい。それよりも」
オズワルドが階段を下りて桜花に迫ると、反射的に桜花は後退り自ら壁際まで追い詰められた。
間近に迫る綺麗な顔に、桜花はたじろぐ。
「えっ……やっぱりわたし何かしちゃった? 華音、怒っ」
その名を聞いた瞬間彼の表情が不機嫌になり、同時に額を指で思い切り弾かれた。
桜花は涙目で額を押さえる。
「いった……もう、華音」
「先程から華音華音って。お前はまだ気付いていないのか」
「だから何に? 高木くんにも言われたんだけど、何の事かよく分からないわ?」
はぁ……とオズワルドは大きな溜め息を吐き、桜花の顔のすぐ横の壁に勢いよく片手を付いた。桜花の華奢な肩が跳ね上がる。

「愚かなお前に特別に教えてやる。私は別次元の鏡崎華音、つまりオズワルド・リデルだ」
「オズワルド・リデル……」
名前を復唱すると、桜花は口を開いたまま動かなくなった。
オズワルドは壁から手を離し、桜花から少し離れた。
「イカズチはすぐに気付いたと言うのに。まあ、私が誰かまでは特定出来ていなかったが」
肩をすくめ、窓の前に移動する。そこから見える校庭でも、明日の準備で生徒達が忙しそうにしていた。
「本当に?」
桜花の静かな確認の声に、オズワルドは窓に背を向けて桜花を見た。
「カノンの悪ふざけに見えるか?」
からかう様な口調で言うと、桜花がずいっと迫って来た。今度はオズワルドがたじろいだ。
「わたし、オズワルドと話してみたかったのよ! 嬉しい」
オズワルドを見上げる栗色の瞳はキラキラと輝き、無邪気だった。
「はぁ? 何だそれは」
「だって、いつもオズワルドと話してる華音楽しそうだもの。どんな話してるのか気になって」
「大した話はしていないし、お互いに楽しんではいない」
「でも、何でオズワルドが? 華音の身体だよね? 華音は何処?」
「話すとしたらその辺りからか……」
階段を上る音と騒がしい話し声が聞こえて来た。
「……場所を変えた方がよさそうだな」
「あ! それなら良い場所があるから帰りに寄りましょ」
2人で階段を下りて行くと、男子生徒4人組と擦れ違った。彼らは一旦話をやめて擦れ違い様に2人をまじまじと見、通り過ぎた後にまた話し始めた。
「さっきの、隣のクラスの鏡崎と赤松じゃね」
「何で一緒に?」
「あの2人最近よく一緒に居るし、付き合ってんだろ」
「マジか。あんな美少女を……って、鏡崎も美少年だわ。勝てる気がしねー」
4人の会話にオズワルドは苦い顔をし、桜花に刃と雷も誘う事を提案。勿論快く了承してくれたが、華音の事を思うと複雑な気持ちだった。まだまだ噂通りの関係になるのは先の様だ。
「良い場所って……ここの事か」
オズワルドは不満げな顔で、皿の上のケーキとプチシュークリームの山をフォークで突いた。
「とか言いつつ、オズワルドさん楽しんでるじゃん」
山の反対側を刃が突く。
料金を払えば種類豊富な軽食やスイーツを時間制限まで好きなだけ食べる事が出来ると知って、早速皿にスイーツの山を築いたのはオズワルドだった。雷と刃の皿はパスタやサラダがバランスよく乗っており、桜花の皿は中華まんとポテト、時々枝豆が無造作に乗っていた。
文化祭の準備を終え、4人が話し合いの場として向かったのは駅前のスイーツバイキングの店だった。
人気店である為、日が落ちてから来たのにも関わらず入店に1時間はかかった。
淡いピンクと白のストライプ柄の内壁に板チョコ風の床、アンティーク調の丸テーブル、チョコレート色のブラウスの上にフリルのあしらわれたエプロンを着用した若い女性店員、全てに可愛らしさがあり若い女性をターゲットにしている様だった。現に、店内は学校帰りの女子高校生や会社帰りのOL、主婦などで溢れていた。ポツポツと男子高校生の姿も見受けられるが、オズワルド達を含めても数える程しかいない。
丸テーブルを4人で囲うのは、桜花が転校して来たばかりの昼食以来だった。
数ヶ月前の事を懐かしむ雷と刃は、桜花の皿を見て随分変わったと思った。変わったと言うよりは本性を見せたと言った方が正しい。最初こそ桜花は猫を被り親しみやすい女子を目指していた様だが、今ではすっかりこの通りで人目を気にせず好きなものを幸せそうに頬張っている。そんな一面を目の当たりにすると、華音が惚れたのも分かる気がした。
可愛い。
2人の心の声が重なった。
「ん? なぁに?」
桜花の純粋な瞳が向けられていて、2人はギクリとした。一瞬心の声が聞こえてしまったのかと思ったが、自分達が無意識に桜花を見ていた為だと気付いて少しだけホッとした。
「何でもねーよ」と、今度は口から出た声が重なった。
「そう?」
桜花は大して気にした素振りはなく、食事を再開した。
「変な真似はするなよ」
オズワルドが雷と刃に忠告と言う名の脅迫をすると、2人は返す言葉もなく苦笑して縮こまった。
しかし、何処か2人には華音の為ではなく自分の為に言っている風に聞こえた。
畏れ多くも、それについて刃が話を振った。
「ドロシー王女だっけ……に桜花ちゃん重ねてるよな」
「そんなつもりはない」
きっぱり言い切ったオズワルドは、先程よりもハイペースでスイーツを上品に平らげていく。堆く積み上げられた山が半分以上削られた。
大食い動画さながらの見事な光景だが、圧倒されると同時に刃と雷は胸焼けを覚えた。
「オズワルドさん、冷静なフリして動揺してんだろ。てか、普段甘いもん食わない華音の胃袋にそんな詰め込んで大丈夫なのかよ」
雷が最もな指摘をすると、オズワルドはおしぼりで口周りを丁寧に拭いた後ティーカップに口を付けた。お湯にティーパックを浸しただけで一杯分が手軽に作れるお茶は、想像以上に美味しく王城に住む魔術師の舌も満足させてくれた。そしてティーカップをソーサーに戻し、残りのスイーツの山を見た。
「胃に収めてしまえば全て同じだ。問題ない」
フォークを持ち、平然とした顔でスイーツの山を胃の中に再形成させていく。
ティーパックもスイーツバイキングも、スペクルムにはない文化だ。いくら王城に住んでいると言えど、好きなものを山にして食べると言う様なはしたない事は出来ない為、オズワルドは密かに楽しんでいた。
「にしても身分差、年の差、種族差……恋愛もんのテッパンだなぁ、こりゃ」
刃はオズワルドとドロシーの関係性を妄想し、1人ニヤニヤしていた。
「お前、恋愛も見るのかよ」と、雷。
「ああ。悪役令嬢に、アイドル系とか学園系、BLにGL、一通り話題になったもんはチェックしてる」
「幅広いオタクだな……」
「まぁな。おもしれー作品にはジャンル関係ねーし」
「さりげに名言」
コツっと静かに食器がぶつかり合う音がし、2人が横を見るとオズワルドが空になった皿にフォークを置いて2人を見ていた。言葉なくとも2人は理解し、刃が条件反射で立ち上がった。
「すぐ追加持ってきまーす。何でもいいよな?」
「ああ」
「完全にパシリじゃねーかよ。見た目不良なのに、虐められるタイプだわ」
雷は頬を掻いた。
刃が歩いて行くのが視界の端に映ると、桜花は最後の中華まんを口一杯に詰め込んで立ち上がろうとした。
「待って! わたしも」
カタン。
手がグラスに当たり、テーブルに倒れたそれからオレンジジュースらしき液体が溢れ出て滑らかな表面に広がり床へと滴り落ちていった。
男2人がおしぼりを手に素早く立ち上がる。
「全くお前は」
「大丈夫かよ」
オズワルドは呆れ、雷は心配する。
2人によって、自由に広がった液体が拭かれていく。
桜花はわたわたしてそれを見守る事しか出来なかった。
「ご、ごめんね……2人とも」
「気にすんなって」と雷は桜花に笑みを見せ、十二分に液体を吸い込んだおしぼりとまだテーブルに広がる液体を見比べて眉を下げた。「ちょっと店員に台ふきん借りてくるわ」
雷が居なくなり、オズワルドと桜花だけとなった。


