スペクルム カノン

 居館と城門との間に位置する広場には、武器を手にした第2騎士団を中心とした大多数の騎士が集結していた。
 彼らが見上げる先には、青空を埋め尽くす魔獣の群れ。
 暗い紫色の羽毛に金茶色の鋭い瞳の巨大な鷹、通称サンダーバードだった。その名の通り雷を纏って羽ばたいていた。
 中央に噴水があり周りを真紅の薔薇が囲う憩いの場は、戦場と化す。
 第2騎士団団長の指揮のもと、魔獣撃退が開始する。

 居館の屋上にずらりと並んでいる弓使いにより、大量の矢が放たれて雨の様に降り注ぐ。
 サンダーバードの一部はそれに打たれ、バランスを崩して地上へ落下。透かさず、地上の騎士らが剣や槍を振るう。
 次々とサンダーバードが地面に転がっていくが、まだ半数にも満たない。
 頭上では矢から逃れた半数以上が放電し、地上の者達に雷を落とす。
 雷が騎士達を貫こうとした刹那、少し離れた場所で待機していた治癒術師達が魔法壁を張り回避。あまりの威力に跳ね返す事は出来なかったが、今はそれで十分。魔術を放った直後の隙だらけの魔獣達の背中に、再び矢の雨が降り注ぐ。
 あとは同じ事の繰り返し。

 落下して来た魔獣を剣で薙払った団長は、剣を下ろし一息つく。
 サンダーバードの群れにもっと苦戦するかと危惧していたが、それも杞憂で終わりそうだ。態々宮廷魔術師の手を煩わせるまでもなかった。
 地面に転がる魔獣の数が増えていき、勝利が見えて来た。だが、それは一時的にしか過ぎなかった。

「う、うわあぁっ!」

 若い騎士の悲鳴が緩んだ空気を震わせ、更に雷光が空気を割いた。
 倒れていた筈のサンダーバードが放電したのだ。
 今度は騎士達が地面に転がり、代わりにサンダーバードが起き上がって中空から地上を見下ろした。

「全く効いていないじゃないか……」

 団長は歯噛みし、剣を構えた。
 確かにサンダーバードの身体には所々裂傷があるが、どれも浅く致命傷にはならなかった。サンダーバードには物理耐性があった。
 弓使いらがまた矢の雨を降らせる。
 しかし、学習能力のあるサンダーバードには通用せず、魔獣達は一斉に放電して逆に矢を撃ち落とした。そして、攻撃を仕掛けて来た者達にも怒りの雷を落とした。
 悲痛な叫びを上げて倒れていく仲間を横目に、残りの数名は弓を弾く手に力を込め必死の一撃を放つが、放電によって弾かれてしまう。

「に、逃げろぉっ」

 1人の声で次々と皆は弓を放り退却しようとした直後、再び雷は落とされる。

 ドン!

 一瞬目が眩んだかと思うと、身体が風圧で軽く吹き飛んだ。

「いてて……何だ?」

 鼻をつく焦げ付いた臭いに顔を顰めながら、最初に退却の声を上げた弓使いが起き上がる。雷に撃たれたと思っていたが無傷だった。
 他の者達も自身の身体が無事に動く事を知ると起き上がり、状況確認し始める。
 濛々と立ち込める煙が風に攫われていき、景色が鮮明になる。
 まず見えたのは紅蓮の炎に呑まれるサンダーバード、それから――――

「ドロシー王女!」

 弓使いらが口を揃え、視線を向けた先にはドロシーが居た。
 ドロシーは居館と広場との間の道に立っており、屋上の弓使い達の無事を確認すると、灰燼となって散っていく仲間の横で羽ばたくサンダーバードを見据えた。



「オズワルド様なら空間移動魔術を使って一瞬で戦場に向かうけど、カノンくんは使えない……んだよね?」

 階段を下っている最中、先導しているマルスが話し掛けて来た。
 華音は苦笑し、控えめに肯定した。

「使えたら便利なんですけど、こればかりはオレには無理みたいです」
「そっか。エルフや妖精だけが使える特殊な魔術っすから。僕もドロシー王女も使えない。オズワルド様を憑依させても使えないのは、元はカノンくんも人間だからなのかも。今使えないのはきっと、君に元々ない能力だから……かな」
「読み書きが出来るから、こっちの言葉でも理解出来たのか。空間移動魔術はこの身体が覚えていようが、オレにはそれを引き出す能力がないからなんですね」
「一方の攻撃系魔術に必要なのは魔力と想像力だからカノンくんも使う事が出来る。勿論、誰でも使える訳じゃないっすけどね」

 会話が終了すると同時に長い階段は終わった。あとは数百メートル先の大扉を潜り抜けるだけだ。走り難い階段から解放された2人の勢いは一気に増し、太陽の下に出るのは一瞬だった。
 既に戦闘は始まっていた。
 薔薇は黒ずみ、噴水は縁が割れて水がゴボゴボと流れ出ている。煉瓦造りの足場は所々罅割れ、騎士達が無惨に転がっている。幸い死者は居ないが、その光景は戦闘の凄まじさを物語っていた。
 まだ戦える者達が魔獣に立ち向かうも、大分数を減らされた弓使い達は殆どあてにならず刃は全く届く事はなかった。
 初めて目の当たりにした激闘を前に立ち尽くしている華音の視界を、小柄で豊満な少女のシルエットが掠めた。

「え? 桜花……じゃない。ドロシー王女!?」

 魔獣の大きな翼に叩かれ、ドロシーは吹き飛んでいた。
 ドロシーは空中で体勢を立て直し、着地点を見る。
 華音は彼女が右足を下ろすのを見てひやりとした。

「こ、転――――ばない……?」

 華音の心配を他所に、ドロシーは華麗な着地を決めた。舞踊っていた1つに結った後ろ髪やフリルたっぷりの服が重力に従い大人しくなった。
 ドロシーはふと視線を感じ、華音の方に顔を向けると破顔した。

「オズワルド!」

 王女の期待一杯の声に、周りの者達の視線が一斉に華音に突き刺さった。
 普段は忌避する対象であるが、今は随分と都合が良い事で期待の対象となっていた。
 国1番の実力者が来たからもう大丈夫――――と、彼らが纏う空気がそう告げていた。
 華音の笑みは無意識に引き攣った。
 非常に残念な事だが、宮廷魔術師のフリをした一高校生に一体何が出来ようか。
 視線を受け取るだけの華音のもとへ雷が落とされる。

「あ」

 バチン。

 華音が声を上げると同時に目の前にマルスが割り込み、雷を剣で防いだ。
 マルスは剣を下ろし、首を後ろに捻った。

「僕が援護するから、いつも通りに戦って!」
「は……はい」

 華音の弱々しい返事を聞くと、すぐにマルスは他の者達に混じって魔獣に立ち向かっていった。
 オズワルドを余程信頼しているのか、ドロシーも自分の持ち場に戻り詠唱を始めた。
 華音は果敢に立ち向かう彼らに合わせる顔がなく、そっと目を伏せた。

 いつも戦う相手は生物を象った影みたいだけど、目の前のあれは違う。物語に出てくる化物そのものじゃないか。

 握った拳は軽く汗ばみ震えていた。
 こんなのオズワルドじゃないと、自分が情けなくなった。
 頭上から羽音がし身構えると、舞い降りて来たのは電光を放つ鷹ではなく、青白く輝く梟だった。
 華音が何者か探っているうちに、梟は華音の手元に降りてきて光を纏い弓へと姿を変えた。
 自然と手に収まったそれを細部までじっくり眺めた。両翼を広げた天使を思わせる上品で洗練されたデザインだ。弦はピンと張られているが、肝心の矢は見当たらない。

 オズワルドの使い魔か。弓……は授業の時に少しだけ使った事はあるけど。矢がないと使えないよな? もしかして杖みたいに打撃に使う感じか?

 思考が斜め上方向に進み始めると、別の、先とは違う大きな羽音がし華音は視線を上げた。
 今度こそ、電光を放つ鷹――――サンダーバードだ。

 やるしかない……!

 華音は慣れた手付きで、弓を構えると矢を番える姿勢を取る。全ての動作が身体に染み込んでいて違和感はなかった。そして、そこに水属性のマナで形成された矢が出現。戸惑う事なく、それを魔獣に放つ。
 半透明で青白い光の尾を引く矢は真っ直ぐ対象を捉える。だが、当たる寸前で放電によって弾かれてしまった。次いで繰り出されるのは地上を貫く稲妻。
 咄嗟に弓を盾にした華音に素早く気付いたマルスが、一瞬で駆け付け雷を剣で防いだ。その際魔術は一切使っていなかった。マルスの反射神経は人並み以上で、竜の血が少し流れている故だった。
 マルスは視線を魔獣に向けたまま華音に告げる。

「さっきはいつも通りにって言ったけど、ノーダメージで勝ってね! オズワルド様ならそうだから」
「何それ無理ゲー……」

 こうしている間にもサンダーバード達は雷を幾つも落としており、マルスの様に剣で防げない(普通はそうである)騎士達は治癒術師の張った魔法壁でギリギリやり過ごす。
 治癒術師の一部は戦闘不能となった騎士達の治癒に努め、残りの治癒術師らだけの援護となるが彼らの魔力も無限ではない。ドロシーのおかげで数を減らしたと言えど、まだまだ空はサンダーバードで埋め尽くされている。時間をかければかける程人間側が不利になるのは明白で、更なる緊張が駆け巡る。
 落雷を剣で防いだり躱したりしながら前進していくマルスを見届けると、華音も落雷を自力で躱して戦場から少し距離をおく。