すっかり歩行者の居なくなった路上を華音と桜花は別次元の魔法使いの姿で走り抜ける。
倒れている派手な格好の人達の横を心配そうに通り過ぎていくと、前方の街灯の下から動物を象った影が赤い双眸を滾らせながら駆けて来た。
魔物達は魔法使い達を見向きもせず、真面目に任務を遂行する。狙うは生命力。先程奪い損ねたそれを今度こそ奪うのだ。
だが、当然魔法使い達はそんな事は許さない。
桜花が数メートル先に居る魔物達の目の前まで一気に跳び、着地と同時に杖を振り下ろす。
1体が倒れ、残り3体が一斉に魔法使いへ飛び掛かる。
桜花はステップを踏む様に軽やかに舞い、杖で次々と魔物を弾いていく。その度に、紫の花の髪飾りで結ったくすんだ赤い長髪がリボンの様にうねった。
辺りに漆黒の生物が転がると、涼しげな風が吹き抜け青白い光がその下に魔法陣を描く。
「アクアトルネード!」
華音の声を合図に桜花はその場から離れ、魔法陣から湧き出した水が渦となり魔物を呑み込んで天まで伸びる。
魔物は形状を保てなくなり、黒い光となって消滅。
華音は桜花に駆け寄り、再び並んで走り出す。
別次元の魔法使いの示す方へ進んでいく度、魔物には出くわしたが人の姿はあまり見掛けなくなった。魔物も苦労して探している様で、漸く発見したのが自分達を唯一消滅させる事の出来る魔法使い達だったという始末。本能で動く彼らは絶望すら感じる事なく、呆気ない最期を迎えた。
空へ舞い上がる黒い光を眺めながら、華音は辺りに物寂しさを感じていた。少し前までは様々な色で溢れ、絶えず人の声がしていたと言うのに。今はまるで街そのものが眠りについてしまったかの様だ。
「あんなに沢山居た人達は何処へ行ってしまったのかしら」
今まさに華音が疑問に思っていた事を桜花が口にし、華音は迷わず首肯した。
2人の疑問にはオズワルドが答えた。
『恐らくアルナだ。先程から感じている魔力とは別の魔力を感知した。きっとアイツが皆を離れた場所に集めているんだ』
声は華音にしか聞こえなかったので、華音はオズワルドの言葉を桜花にほぼそのまま伝えた。
2人が月の魔女の助力に安堵していると、オズワルドは表情を曇らせた。
『唯、そこにも魔物が向かっている。さすがのアイツも一般人を庇いながら魔物を退けるのには限界があるだろう。これ以上魔物を増やさない為にも、早く魔女達のところへ向かうぞ』
華音が頷くと桜花も頷き、2人は魔女のもとへ急いだ。
剣戟の音がビルに反響し、華音と桜花の耳に届く。音を辿ると前方で巨大な影が蠢いているのが見えた。更に巨体が横へ動くと、その足下に人影を捉えた。
今、それらが激しくぶつかり合っているところだった。
剣で何度も巨体に傷を付ける青年騎士の姿に、華音と桜花は見覚えがあった。以前姿をしっかり確認出来なかったが、今は巨体の背後で見え隠れする街灯で時折輪郭と色彩が覗えた。
「あの人は……」
『ミッドガイア王国第2騎士団副団長、マルス・リザ―ディアだ』
迷いのないオズワルドの声に、華音は思い出す。
「マルスって、お前と城下街でお茶した相手だよな」
『……その認識は微妙に間違っているが』
「じゃあ、あの人もオレ達と同じくそのマルスって言う別次元の人を憑依させてるのか」
『そうだ。竜泉寺賢人とか言ったか』
「竜泉寺……?」
また別の記憶の扉が開きかけたが、戦闘が激しくなりゆっくり考えている暇はなくなった。
ジュエルが横から金属片を飛ばし、竜泉寺賢人はゴーレムナイトの一撃を躱した上でそれを躱すも微かに掠ってしまう。
徐々に賢人の鎧が傷付いていく。
金星の魔女の反対側には土星の魔女がおり、既に手一杯の青年騎士に向かって容赦ない魔術を放つ。
人間1人余裕で押し潰せる大きさの球状の土が賢人の頭上に迫る。
賢人はゴーレムナイトの剣と金属片を剣で弾き、その勢いのまま球状の土を切り裂く。
バサッと両断された塊が砂塵となり降り注ぐ。
肩にそれが降り積もった瞬間、強風が吹き荒れて砂を巻き込み激しい砂嵐と化した。
賢人は顔を腕で覆うが、覆いきれない頭皮や耳に砂がぶつかって血が滲む。ダメージが蓄積されていく。
動きが封じられた青年騎士への攻撃はまだ止まない。
ジュエルが空中に大剣を創り出しゴーレムナイトは大剣を構え、2つの切っ先が同時に賢人へ向いた。
賢人は剣に雷属性のマナを纏わせるが間に合わない――――と、
「ファイアブレス!」
「ヴァッサーフォル!」
少女の声、次いで少年の声が聞こえると、ジュエルの方へ炎が一直線に吹きゴーレムナイトの方へは上空から大量の水が激しく流れ落ちた。
炎はジュエルには届かなかったが空中に浮いた大剣は融けて消え、水力によって鎧を砕かれて剥き出しになった土の巨体も溶けて消えた。
未だに吹き荒れる砂嵐の中、十分な時間を手に入れた賢人は落ち着いて剣に雷属性のマナを纏わせる。
「雷光の剣!」
剣を前に突き出すと、引っ張られるかの様に身体も前進し一条の紫電となって砂嵐の外側へ駆け抜けた。
もぬけの殻となった砂嵐は自然消滅した。
華音と桜花が瞬きをした時には目の前に青年騎士が立っていた。2人は瞠目した。
「やあ、お2人さん。助かったよ。でも、悪いけど話は後で。そっちのお姉さん頼むよ」
挨拶もそこそこに、また一条の紫電となって賢人は2人の前から消えて一瞬で金星の魔女の前に居た。
呆然と立っている2人に、土星の魔女が微笑みを湛えながら歩み寄る。
「さて、私の相手は貴方達ですか。人数ではそちらが有利の様に見えますが、実力は私の方が上……到底貴方達2人が仲良く力を合わせても敵いませんよ?」
「三田先生……いや、クラン。今度こそ倒す」
「もう関係ない人達を襲わせないわ」
華音と桜花は同時に杖を構え、臨戦態勢を整えた。
眼前に現われた青年騎士に、ジュエルは思い切り顔を顰めた。
「しつこい男は嫌われるわよ」
「嫌よ嫌よも好きのうち。嫌いって感情もちゃんと相手を意識してる証拠だよね」
賢人は片目をパチンと閉じた。
「プラス思考も大概にしなさいよね!」
ジュエルは大きく後ろへ飛び退くと、手元に金属性のマナを集める。濃縮されたマナが金色に輝き、形を変えていく。そうして、ジュエルの手には一振りの剣が収まった。
ジュエルは剣を下段に構え、赤い双眸で狙いを定める。
賢人も剣を構え直した。
地面を蹴り上げ、ジュエルが剣を振り下ろす。
キィン。
剣戟の音が響く。
騎士と魔女は暫く剣をぶつけ合った。
「魔女なのに接近戦とは意外だったな」
「これでもあたし、剣術得意なのよ。パパに叩き込まれたからね」
「へぇ」
ジュエルの家系は代々金属性のマナを行使して来て、戦闘で武器を用いる事もあった。特にジュエルの父はマナで創り出した剣を提げて前線で戦う、エルフでは珍しい前衛タイプだった。
しかし、それが悲劇を招いた。
400年以上も前に起こった人間とエルフの争いで前線で戦っていた父は、ミッドガイア王国騎士数名の剣を1度に受け串刺しとなり戦死した。それを間近で見てしまったジュエルはその時から今日までずっと彼らを憎んで生きて来た。
目の前に居る青年騎士。仮初の姿だとしても、彼もまたミッドガイア王国の国章を刻む者。国章が目に映る度に、鳴りを潜めていた憎悪がぶり返してジュエルの眉間に皺を深く深く刻んだ。剣を握る手に力がこもる。
「あたしの前から消えなさい!」
賢人の剣を押し返した。
賢人は一瞬体勢を崩したがすぐに持ち直し、反対にジュエルの剣を押す。
相手の剣の重さにジュエルの腰が段々と低くなっていき、顔は苦痛に染まっていく。吐く息も荒くなる。それでも、負けるものかとジュエルは歯を食い縛り、遂には賢人の剣を弾いた。そして一旦後ろへ飛び退き、目一杯地面を蹴って飛躍し剣を振り下ろす。
「はあっ!」
キンッ。
「くっ……! やるねぇ」
賢人はジュエルの剣を受け止めたが、表情に余裕はなくなっていた。
ジュエルはグッと相手の剣を押すと、その勢いを保ったまま後ろへ宙返り。着地と同時にまた前進し、剣を大きく薙ぐ。
賢人が上体を反らして躱すと、すぐにまた切っ先が迫って来る。
ヒュンヒュン。
刀身が止めどなく風を切り、白い軌跡を残していく。
全てを剣で受け止めている賢人だが、依然として表情に余裕がないままでそれだけで精一杯の様子だった。
思わず、ジュエルの顔に勝利の笑みが浮かんだ。
「所詮モドキね」
「やっと笑ってくれた」
ジュエルの剣を受け流した賢人が意味深に笑った。
「はい?」
「君の笑顔が見られたならもう十分さ」
賢人は後ろへ大きく跳ぶと、剣に雷属性のマナを纏わせる。
「迅雷の楔!」
電気を放つ剣先を地面に突き立てるとそれを軸に魔法陣が展開し、ジュエルの足下にも同じ魔法陣が展開した。
「これは……!」
気付いた時にはもう遅く、魔法陣から溢れる電気によって全神経が麻痺させられて指先1つ動かせなくなった。
ジュエルの手から剣が滑り落ち、地面にぶつかると弾けてマナに還った。
賢人は剣を下げ、ジュエルに歩み寄る。
『態と押されてるフリして……ケントくん、性格悪っ。しかも、ケントくんは剣術叩き込まれてないのに強すぎっす』
賢人の内側でマルスが顔を引き攣らせた。
ジュエルの眼前で立ち止まった賢人は、剣を持っていない方の手でジュエルの顎をくいっと上げさせるとやや姿勢を低くしてマシュマロの様に柔らかな薄桃色の唇に、己のそれを重ねた。
倒れている派手な格好の人達の横を心配そうに通り過ぎていくと、前方の街灯の下から動物を象った影が赤い双眸を滾らせながら駆けて来た。
魔物達は魔法使い達を見向きもせず、真面目に任務を遂行する。狙うは生命力。先程奪い損ねたそれを今度こそ奪うのだ。
だが、当然魔法使い達はそんな事は許さない。
桜花が数メートル先に居る魔物達の目の前まで一気に跳び、着地と同時に杖を振り下ろす。
1体が倒れ、残り3体が一斉に魔法使いへ飛び掛かる。
桜花はステップを踏む様に軽やかに舞い、杖で次々と魔物を弾いていく。その度に、紫の花の髪飾りで結ったくすんだ赤い長髪がリボンの様にうねった。
辺りに漆黒の生物が転がると、涼しげな風が吹き抜け青白い光がその下に魔法陣を描く。
「アクアトルネード!」
華音の声を合図に桜花はその場から離れ、魔法陣から湧き出した水が渦となり魔物を呑み込んで天まで伸びる。
魔物は形状を保てなくなり、黒い光となって消滅。
華音は桜花に駆け寄り、再び並んで走り出す。
別次元の魔法使いの示す方へ進んでいく度、魔物には出くわしたが人の姿はあまり見掛けなくなった。魔物も苦労して探している様で、漸く発見したのが自分達を唯一消滅させる事の出来る魔法使い達だったという始末。本能で動く彼らは絶望すら感じる事なく、呆気ない最期を迎えた。
空へ舞い上がる黒い光を眺めながら、華音は辺りに物寂しさを感じていた。少し前までは様々な色で溢れ、絶えず人の声がしていたと言うのに。今はまるで街そのものが眠りについてしまったかの様だ。
「あんなに沢山居た人達は何処へ行ってしまったのかしら」
今まさに華音が疑問に思っていた事を桜花が口にし、華音は迷わず首肯した。
2人の疑問にはオズワルドが答えた。
『恐らくアルナだ。先程から感じている魔力とは別の魔力を感知した。きっとアイツが皆を離れた場所に集めているんだ』
声は華音にしか聞こえなかったので、華音はオズワルドの言葉を桜花にほぼそのまま伝えた。
2人が月の魔女の助力に安堵していると、オズワルドは表情を曇らせた。
『唯、そこにも魔物が向かっている。さすがのアイツも一般人を庇いながら魔物を退けるのには限界があるだろう。これ以上魔物を増やさない為にも、早く魔女達のところへ向かうぞ』
華音が頷くと桜花も頷き、2人は魔女のもとへ急いだ。
剣戟の音がビルに反響し、華音と桜花の耳に届く。音を辿ると前方で巨大な影が蠢いているのが見えた。更に巨体が横へ動くと、その足下に人影を捉えた。
今、それらが激しくぶつかり合っているところだった。
剣で何度も巨体に傷を付ける青年騎士の姿に、華音と桜花は見覚えがあった。以前姿をしっかり確認出来なかったが、今は巨体の背後で見え隠れする街灯で時折輪郭と色彩が覗えた。
「あの人は……」
『ミッドガイア王国第2騎士団副団長、マルス・リザ―ディアだ』
迷いのないオズワルドの声に、華音は思い出す。
「マルスって、お前と城下街でお茶した相手だよな」
『……その認識は微妙に間違っているが』
「じゃあ、あの人もオレ達と同じくそのマルスって言う別次元の人を憑依させてるのか」
『そうだ。竜泉寺賢人とか言ったか』
「竜泉寺……?」
また別の記憶の扉が開きかけたが、戦闘が激しくなりゆっくり考えている暇はなくなった。
ジュエルが横から金属片を飛ばし、竜泉寺賢人はゴーレムナイトの一撃を躱した上でそれを躱すも微かに掠ってしまう。
徐々に賢人の鎧が傷付いていく。
金星の魔女の反対側には土星の魔女がおり、既に手一杯の青年騎士に向かって容赦ない魔術を放つ。
人間1人余裕で押し潰せる大きさの球状の土が賢人の頭上に迫る。
賢人はゴーレムナイトの剣と金属片を剣で弾き、その勢いのまま球状の土を切り裂く。
バサッと両断された塊が砂塵となり降り注ぐ。
肩にそれが降り積もった瞬間、強風が吹き荒れて砂を巻き込み激しい砂嵐と化した。
賢人は顔を腕で覆うが、覆いきれない頭皮や耳に砂がぶつかって血が滲む。ダメージが蓄積されていく。
動きが封じられた青年騎士への攻撃はまだ止まない。
ジュエルが空中に大剣を創り出しゴーレムナイトは大剣を構え、2つの切っ先が同時に賢人へ向いた。
賢人は剣に雷属性のマナを纏わせるが間に合わない――――と、
「ファイアブレス!」
「ヴァッサーフォル!」
少女の声、次いで少年の声が聞こえると、ジュエルの方へ炎が一直線に吹きゴーレムナイトの方へは上空から大量の水が激しく流れ落ちた。
炎はジュエルには届かなかったが空中に浮いた大剣は融けて消え、水力によって鎧を砕かれて剥き出しになった土の巨体も溶けて消えた。
未だに吹き荒れる砂嵐の中、十分な時間を手に入れた賢人は落ち着いて剣に雷属性のマナを纏わせる。
「雷光の剣!」
剣を前に突き出すと、引っ張られるかの様に身体も前進し一条の紫電となって砂嵐の外側へ駆け抜けた。
もぬけの殻となった砂嵐は自然消滅した。
華音と桜花が瞬きをした時には目の前に青年騎士が立っていた。2人は瞠目した。
「やあ、お2人さん。助かったよ。でも、悪いけど話は後で。そっちのお姉さん頼むよ」
挨拶もそこそこに、また一条の紫電となって賢人は2人の前から消えて一瞬で金星の魔女の前に居た。
呆然と立っている2人に、土星の魔女が微笑みを湛えながら歩み寄る。
「さて、私の相手は貴方達ですか。人数ではそちらが有利の様に見えますが、実力は私の方が上……到底貴方達2人が仲良く力を合わせても敵いませんよ?」
「三田先生……いや、クラン。今度こそ倒す」
「もう関係ない人達を襲わせないわ」
華音と桜花は同時に杖を構え、臨戦態勢を整えた。
眼前に現われた青年騎士に、ジュエルは思い切り顔を顰めた。
「しつこい男は嫌われるわよ」
「嫌よ嫌よも好きのうち。嫌いって感情もちゃんと相手を意識してる証拠だよね」
賢人は片目をパチンと閉じた。
「プラス思考も大概にしなさいよね!」
ジュエルは大きく後ろへ飛び退くと、手元に金属性のマナを集める。濃縮されたマナが金色に輝き、形を変えていく。そうして、ジュエルの手には一振りの剣が収まった。
ジュエルは剣を下段に構え、赤い双眸で狙いを定める。
賢人も剣を構え直した。
地面を蹴り上げ、ジュエルが剣を振り下ろす。
キィン。
剣戟の音が響く。
騎士と魔女は暫く剣をぶつけ合った。
「魔女なのに接近戦とは意外だったな」
「これでもあたし、剣術得意なのよ。パパに叩き込まれたからね」
「へぇ」
ジュエルの家系は代々金属性のマナを行使して来て、戦闘で武器を用いる事もあった。特にジュエルの父はマナで創り出した剣を提げて前線で戦う、エルフでは珍しい前衛タイプだった。
しかし、それが悲劇を招いた。
400年以上も前に起こった人間とエルフの争いで前線で戦っていた父は、ミッドガイア王国騎士数名の剣を1度に受け串刺しとなり戦死した。それを間近で見てしまったジュエルはその時から今日までずっと彼らを憎んで生きて来た。
目の前に居る青年騎士。仮初の姿だとしても、彼もまたミッドガイア王国の国章を刻む者。国章が目に映る度に、鳴りを潜めていた憎悪がぶり返してジュエルの眉間に皺を深く深く刻んだ。剣を握る手に力がこもる。
「あたしの前から消えなさい!」
賢人の剣を押し返した。
賢人は一瞬体勢を崩したがすぐに持ち直し、反対にジュエルの剣を押す。
相手の剣の重さにジュエルの腰が段々と低くなっていき、顔は苦痛に染まっていく。吐く息も荒くなる。それでも、負けるものかとジュエルは歯を食い縛り、遂には賢人の剣を弾いた。そして一旦後ろへ飛び退き、目一杯地面を蹴って飛躍し剣を振り下ろす。
「はあっ!」
キンッ。
「くっ……! やるねぇ」
賢人はジュエルの剣を受け止めたが、表情に余裕はなくなっていた。
ジュエルはグッと相手の剣を押すと、その勢いを保ったまま後ろへ宙返り。着地と同時にまた前進し、剣を大きく薙ぐ。
賢人が上体を反らして躱すと、すぐにまた切っ先が迫って来る。
ヒュンヒュン。
刀身が止めどなく風を切り、白い軌跡を残していく。
全てを剣で受け止めている賢人だが、依然として表情に余裕がないままでそれだけで精一杯の様子だった。
思わず、ジュエルの顔に勝利の笑みが浮かんだ。
「所詮モドキね」
「やっと笑ってくれた」
ジュエルの剣を受け流した賢人が意味深に笑った。
「はい?」
「君の笑顔が見られたならもう十分さ」
賢人は後ろへ大きく跳ぶと、剣に雷属性のマナを纏わせる。
「迅雷の楔!」
電気を放つ剣先を地面に突き立てるとそれを軸に魔法陣が展開し、ジュエルの足下にも同じ魔法陣が展開した。
「これは……!」
気付いた時にはもう遅く、魔法陣から溢れる電気によって全神経が麻痺させられて指先1つ動かせなくなった。
ジュエルの手から剣が滑り落ち、地面にぶつかると弾けてマナに還った。
賢人は剣を下げ、ジュエルに歩み寄る。
『態と押されてるフリして……ケントくん、性格悪っ。しかも、ケントくんは剣術叩き込まれてないのに強すぎっす』
賢人の内側でマルスが顔を引き攣らせた。
ジュエルの眼前で立ち止まった賢人は、剣を持っていない方の手でジュエルの顎をくいっと上げさせるとやや姿勢を低くしてマシュマロの様に柔らかな薄桃色の唇に、己のそれを重ねた。


