どの出店にも愉快な笑みを浮かべたカボチャが並んでいる。本物をくり抜いた物もあれば、バルーンや張りぼての物もある。
クッキーを大事そうに抱えた魔女の格好の女の子が母親と通り掛かった時、本物のカボチャで作られたジャックオーランタンが蠢いた。それに気付いたのは女の子だけで、母親は楽しそうに歩いていた。
「ねえ、ママ……カボチャが……」
女の子が母親の袖を引くと、そのままグラリと母親が倒れた。
「えっ! マ、ママ!? ど、どうしちゃったのっ」
女の子はクッキーを放り、両膝を着いて必死に母親の身体を揺すった。母親は固く目を閉じ、もぬけの殻だった。
連鎖する様に周りでも悲鳴が上がり、人がドサドサ倒れていった。
無数の煌めきが空へと舞い上がっては、黒い影に呑まれていく。ブラックホールの様に禍々しいその正体は赤い双眸をギラギラさせる魔物だった。狼、鹿、熊などの動物を象っていた。
魔物の他に、カボチャ頭の小さな騎士も徘徊していた。
女の子は動かない母親にしがみついた。
「こわいっ……こわいよぉ」
そこへ、スッと影が差した。
「小さな魔女さん、こんばんは」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、大きなジャックオーランタンが浮かんでいてそこにメタリックワンピース姿の少女が腰掛けていた。
女の子の顔に少しだけ希望が宿った。
「クッキーくれたおねえちゃん! あ、あのねっ……ママがたおれちゃって、ほかのみんなもね、おなじなの」
「そうなの。それじゃあ、アンタもママと一緒におねんねしようね」
ジュエルは意地悪く笑うと、パチンと指を鳴らした。途端、狼の形状の魔物が女の子に飛び掛かり悲鳴を上げる暇もないまま女の子は生命力を奪われて母親の隣に倒れた。
「食べ物の恨みは恐いのよ」
ジュエルは地上へ軽やかに降り、鼻を鳴らした。
「完全に私怨ですね。まったく大人げない」
隣へクランが優雅に歩いて来た。
2人の魔女の手中には既に幾つかの生命力があった。
「さすがのオズワルドも全員を倒すのは無理よ。今回はあたしたちの完全勝……」
「それはどうかな」
青年の声がしたかと思うと、正面からカシャンカシャンと金属が擦れ合う音と共に鎧姿の青年が疾走して来た。
警戒する2人の魔女に向かって、青年は両手で持った剣に雷属性のマナを纏わせて薙ぐ。扇状に広がった烈風が電気を帯びて辺り一帯を吹き飛ばす。
ジュエルは空中のカボチャの上、クランは地上の攻撃範囲の外側へ逃れた。
カボチャ頭の小さな騎士も、生命力を蓄えた魔物も、出店も、全てが真っ二つ。倒れた人々は初めから存在しなかったかの様にいつの間にか居なくなり、巻き添えにならずに済んだ。青年にとって想定内だったので平然としていた。
小さな騎士はカボチャ頭だけを、魔物は生命力を残して消滅。前者の方は金星の魔女の魔術だった。
弾みで魔女達も生命力を手放してしまい、目映い光の球体は宙へ舞っていった。
「アンタ……こっちの人間じゃないわね」
カボチャの上からジュエルが青年を見下ろした。
同じ様な格好の人物はそれなりに居たが、青年の纏う雰囲気そして魔力が他の者と明らかに違った。
浅葱色と黒色が混じった短髪で前髪の一房だけが長く跳ねており、好奇心に溢れた猫目はサファイアブルー。格好は一目で騎士と分かる、全身銀の鎧で腹部、手、腕と足の一部から、首から手と足の先までをまるごと包み込んでいる黒のインナーが剥き出しだ。右肩には赤い布が垂れ下がり、風に靡いている。
「……ミッドガイア王国騎士ですか」
右肩の国章を見つけたクランが呟いた。途端、ジュエルの顔に影が落ちてルビー色の瞳が獲物を狙うそれに変わった。
青年はニッと八重歯を見せる。その間、両手剣を構えたまま。金の柄と棒鍔はボコボコ歪で中心に装飾されたエメラルドが輝き、銀の刀身に描かれた黄緑色の文様が発光していた。
「初めまして。僕はミッドガイア王国騎士のマルス・リザ―ディア……モドキのしがない珈琲店の息子です。美しいお嬢さん方は……あー、うん。元気一杯の娘が金星の魔女ジュエルで、お淑やかなお姉さんが土星の魔女クランか」

青年は内側に居る別次元の自分の声を聞きながら言った。2人の魔女には当然その声は聞こえないので、彼の話し方が多少不自然な風に捉えられただけだった。
「ミッドガイアの騎士ね。あたしはアンタたちが大嫌いなのよ! その国章を目にするだけでゾッとするわ。息の根止めてやるんだから!」
ジュエルが金属性のマナを集め、空中に手をかざすと青年の周囲の地面や空中に魔法陣が展開しそこから小さな騎士――――しかも、首から上がない――――が現われた。
「さあ、行きなさい。リトルデュラハン!」
無数の首なし騎士が青年騎士に襲いかかる。大きさは青年の膝ぐらいしかないが、数が多いのが厄介だ。だが、青年の顔から笑みが消える事はなかった。
「さっさとこんなの倒しちゃうからさ、お嬢さん僕と遊んでよ」
群がる可愛い首なし騎士達を、青年は子猫とじゃれ合うみたいに軽く剣で斬り伏せていく。数十秒で作業は一段落し、彼らを構成していたマナが空中に舞った。
「グランドランス!」
クランの声が響くと、青年の足場に魔法陣が展開して大きく揺れた。
魔法陣から次々と尖った岩が突き出し、青年は鎧の重さなど全く感じさせない身のこなしで軽々と躱しきる。クランの涼しげな表情が少しばかり崩れた。
青年はクランに困った笑みを向けた。
「ごめんね。僕、あっちのお嬢さんに興味あるんだ。お姉さんも素敵だけどね」
そして、カボチャの上で焦燥感を剥き出しにしているジュエルに真っ直ぐな眼差しを向けた。
「ねーねーさっきの魔術? 金属性ってこう言う感じなんだー。いやね、他の属性なら想像出来たんだけど、金ってなんだろうって。へぇ~面白いね」
「な、何なのよ」
純粋な猫目に魔女はたじろぐ。ミッドガイア王国騎士としてではなく、青年自身に嫌悪感がじわじわ沸いて来た。
青年は剣に雷属性のマナを纏わせて構える。
「ちょっと、降りて来てよ」
ブンッと思い切り剣を振ると、電気を纏った烈風が巨大ジャックオーランタンを両断。内側の灯火をなくしたそれは地上へ落下し、腰掛けて居たジュエルも一緒に落ちていく。
カボチャはアスファルトにぶつかって砕け、その横にひらりと金星の魔女は着地する。途端、青年は彼女との間合いを一気に詰めた。鼻先が触れそうな程近い。
「僕と遊ぼうよ」
「き、気持ち悪いのよ!」
ジュエルは眉間に深く皺を刻み顔を仰け反らせて姿を消すと、青年の後方へと現われて金属性のマナで創り出した無数の槍を一斉に放つ。
瞬時に青年は振り向き様に槍を剣で弾き、最後の1本を術者へ返した。
「じゃあ、お兄さんが気持ちよくしてあげるよ! ま、最初は痛いかもしれないけどね!」
返って来た槍を、ジュエルは一瞬で創り上げた巨大な盾で防ぐ。
槍も盾もマナへと還って空中に散った。
青年は再び雷属性のマナを纏わせた剣を薙ぐ。
そこから生まれた烈風がジュエルを襲うが直前でクランが砂の波をぶつけ、あっさりと消滅。
残った砂は形を変え、二足歩行の巨体となった。目、鼻、口のない頭部は小さく、身体のわりに長い両腕は太くて逞しい。ゴーレムだった。
更に、金星の魔女がゴーレムに金属性のマナを纏わせ頑丈な鎧と鋭利な大剣を与えた。
唯のゴーレムからナイトに昇格した砂の巨体が青年騎士の前を塞ぐ。あまりに巨大で、長身である青年の目線でも足の付け根しか見えない。頭部はもっと上にあった。
ゴーレムナイトは大剣を振り下ろす。
青年は後ろへ跳んで躱し、そのままアスファルトにめり込んだ剣を持つ腕に剣を振るう。カンッと音がしただけで切り落とせなかった。
体勢を立て直すのを見届けるなんて事はせず、容赦なく青年は刃を叩き込む。
何度も鎧は傷付き巨体はよろめくも、ゴーレムナイトは体勢を立て直してその場で回転しながら青年へ迫る。
青年は横へ逸れる。擦れ擦れだった。
方向転換が出来なかった巨体は大分離れた所で回転をやめ、その無防備な背中に今度は青年が迫る。
一気に間合いを詰めた青年は地面を力一杯蹴って飛躍する。
「雷霆の一撃!」
力強く言い放ちながら剣を振り下ろし、同時に雷が落ちる。が、それは巨体の鎧を滑っていき地面へ流れるとマナへと還っていった。
ゴーレムナイトが大剣を大きく回し、躱した青年は苦笑した。
「物理耐性あり。そんでもって、金属と大地は電気を通さない……か」
青年がゴーレムナイトに悪戦苦闘しているのを横目に、2人の魔女は魔物を放つ。
魔物は生命力を求め彼方此方に散っていった。
クッキーを大事そうに抱えた魔女の格好の女の子が母親と通り掛かった時、本物のカボチャで作られたジャックオーランタンが蠢いた。それに気付いたのは女の子だけで、母親は楽しそうに歩いていた。
「ねえ、ママ……カボチャが……」
女の子が母親の袖を引くと、そのままグラリと母親が倒れた。
「えっ! マ、ママ!? ど、どうしちゃったのっ」
女の子はクッキーを放り、両膝を着いて必死に母親の身体を揺すった。母親は固く目を閉じ、もぬけの殻だった。
連鎖する様に周りでも悲鳴が上がり、人がドサドサ倒れていった。
無数の煌めきが空へと舞い上がっては、黒い影に呑まれていく。ブラックホールの様に禍々しいその正体は赤い双眸をギラギラさせる魔物だった。狼、鹿、熊などの動物を象っていた。
魔物の他に、カボチャ頭の小さな騎士も徘徊していた。
女の子は動かない母親にしがみついた。
「こわいっ……こわいよぉ」
そこへ、スッと影が差した。
「小さな魔女さん、こんばんは」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、大きなジャックオーランタンが浮かんでいてそこにメタリックワンピース姿の少女が腰掛けていた。
女の子の顔に少しだけ希望が宿った。
「クッキーくれたおねえちゃん! あ、あのねっ……ママがたおれちゃって、ほかのみんなもね、おなじなの」
「そうなの。それじゃあ、アンタもママと一緒におねんねしようね」
ジュエルは意地悪く笑うと、パチンと指を鳴らした。途端、狼の形状の魔物が女の子に飛び掛かり悲鳴を上げる暇もないまま女の子は生命力を奪われて母親の隣に倒れた。
「食べ物の恨みは恐いのよ」
ジュエルは地上へ軽やかに降り、鼻を鳴らした。
「完全に私怨ですね。まったく大人げない」
隣へクランが優雅に歩いて来た。
2人の魔女の手中には既に幾つかの生命力があった。
「さすがのオズワルドも全員を倒すのは無理よ。今回はあたしたちの完全勝……」
「それはどうかな」
青年の声がしたかと思うと、正面からカシャンカシャンと金属が擦れ合う音と共に鎧姿の青年が疾走して来た。
警戒する2人の魔女に向かって、青年は両手で持った剣に雷属性のマナを纏わせて薙ぐ。扇状に広がった烈風が電気を帯びて辺り一帯を吹き飛ばす。
ジュエルは空中のカボチャの上、クランは地上の攻撃範囲の外側へ逃れた。
カボチャ頭の小さな騎士も、生命力を蓄えた魔物も、出店も、全てが真っ二つ。倒れた人々は初めから存在しなかったかの様にいつの間にか居なくなり、巻き添えにならずに済んだ。青年にとって想定内だったので平然としていた。
小さな騎士はカボチャ頭だけを、魔物は生命力を残して消滅。前者の方は金星の魔女の魔術だった。
弾みで魔女達も生命力を手放してしまい、目映い光の球体は宙へ舞っていった。
「アンタ……こっちの人間じゃないわね」
カボチャの上からジュエルが青年を見下ろした。
同じ様な格好の人物はそれなりに居たが、青年の纏う雰囲気そして魔力が他の者と明らかに違った。
浅葱色と黒色が混じった短髪で前髪の一房だけが長く跳ねており、好奇心に溢れた猫目はサファイアブルー。格好は一目で騎士と分かる、全身銀の鎧で腹部、手、腕と足の一部から、首から手と足の先までをまるごと包み込んでいる黒のインナーが剥き出しだ。右肩には赤い布が垂れ下がり、風に靡いている。
「……ミッドガイア王国騎士ですか」
右肩の国章を見つけたクランが呟いた。途端、ジュエルの顔に影が落ちてルビー色の瞳が獲物を狙うそれに変わった。
青年はニッと八重歯を見せる。その間、両手剣を構えたまま。金の柄と棒鍔はボコボコ歪で中心に装飾されたエメラルドが輝き、銀の刀身に描かれた黄緑色の文様が発光していた。
「初めまして。僕はミッドガイア王国騎士のマルス・リザ―ディア……モドキのしがない珈琲店の息子です。美しいお嬢さん方は……あー、うん。元気一杯の娘が金星の魔女ジュエルで、お淑やかなお姉さんが土星の魔女クランか」

青年は内側に居る別次元の自分の声を聞きながら言った。2人の魔女には当然その声は聞こえないので、彼の話し方が多少不自然な風に捉えられただけだった。
「ミッドガイアの騎士ね。あたしはアンタたちが大嫌いなのよ! その国章を目にするだけでゾッとするわ。息の根止めてやるんだから!」
ジュエルが金属性のマナを集め、空中に手をかざすと青年の周囲の地面や空中に魔法陣が展開しそこから小さな騎士――――しかも、首から上がない――――が現われた。
「さあ、行きなさい。リトルデュラハン!」
無数の首なし騎士が青年騎士に襲いかかる。大きさは青年の膝ぐらいしかないが、数が多いのが厄介だ。だが、青年の顔から笑みが消える事はなかった。
「さっさとこんなの倒しちゃうからさ、お嬢さん僕と遊んでよ」
群がる可愛い首なし騎士達を、青年は子猫とじゃれ合うみたいに軽く剣で斬り伏せていく。数十秒で作業は一段落し、彼らを構成していたマナが空中に舞った。
「グランドランス!」
クランの声が響くと、青年の足場に魔法陣が展開して大きく揺れた。
魔法陣から次々と尖った岩が突き出し、青年は鎧の重さなど全く感じさせない身のこなしで軽々と躱しきる。クランの涼しげな表情が少しばかり崩れた。
青年はクランに困った笑みを向けた。
「ごめんね。僕、あっちのお嬢さんに興味あるんだ。お姉さんも素敵だけどね」
そして、カボチャの上で焦燥感を剥き出しにしているジュエルに真っ直ぐな眼差しを向けた。
「ねーねーさっきの魔術? 金属性ってこう言う感じなんだー。いやね、他の属性なら想像出来たんだけど、金ってなんだろうって。へぇ~面白いね」
「な、何なのよ」
純粋な猫目に魔女はたじろぐ。ミッドガイア王国騎士としてではなく、青年自身に嫌悪感がじわじわ沸いて来た。
青年は剣に雷属性のマナを纏わせて構える。
「ちょっと、降りて来てよ」
ブンッと思い切り剣を振ると、電気を纏った烈風が巨大ジャックオーランタンを両断。内側の灯火をなくしたそれは地上へ落下し、腰掛けて居たジュエルも一緒に落ちていく。
カボチャはアスファルトにぶつかって砕け、その横にひらりと金星の魔女は着地する。途端、青年は彼女との間合いを一気に詰めた。鼻先が触れそうな程近い。
「僕と遊ぼうよ」
「き、気持ち悪いのよ!」
ジュエルは眉間に深く皺を刻み顔を仰け反らせて姿を消すと、青年の後方へと現われて金属性のマナで創り出した無数の槍を一斉に放つ。
瞬時に青年は振り向き様に槍を剣で弾き、最後の1本を術者へ返した。
「じゃあ、お兄さんが気持ちよくしてあげるよ! ま、最初は痛いかもしれないけどね!」
返って来た槍を、ジュエルは一瞬で創り上げた巨大な盾で防ぐ。
槍も盾もマナへと還って空中に散った。
青年は再び雷属性のマナを纏わせた剣を薙ぐ。
そこから生まれた烈風がジュエルを襲うが直前でクランが砂の波をぶつけ、あっさりと消滅。
残った砂は形を変え、二足歩行の巨体となった。目、鼻、口のない頭部は小さく、身体のわりに長い両腕は太くて逞しい。ゴーレムだった。
更に、金星の魔女がゴーレムに金属性のマナを纏わせ頑丈な鎧と鋭利な大剣を与えた。
唯のゴーレムからナイトに昇格した砂の巨体が青年騎士の前を塞ぐ。あまりに巨大で、長身である青年の目線でも足の付け根しか見えない。頭部はもっと上にあった。
ゴーレムナイトは大剣を振り下ろす。
青年は後ろへ跳んで躱し、そのままアスファルトにめり込んだ剣を持つ腕に剣を振るう。カンッと音がしただけで切り落とせなかった。
体勢を立て直すのを見届けるなんて事はせず、容赦なく青年は刃を叩き込む。
何度も鎧は傷付き巨体はよろめくも、ゴーレムナイトは体勢を立て直してその場で回転しながら青年へ迫る。
青年は横へ逸れる。擦れ擦れだった。
方向転換が出来なかった巨体は大分離れた所で回転をやめ、その無防備な背中に今度は青年が迫る。
一気に間合いを詰めた青年は地面を力一杯蹴って飛躍する。
「雷霆の一撃!」
力強く言い放ちながら剣を振り下ろし、同時に雷が落ちる。が、それは巨体の鎧を滑っていき地面へ流れるとマナへと還っていった。
ゴーレムナイトが大剣を大きく回し、躱した青年は苦笑した。
「物理耐性あり。そんでもって、金属と大地は電気を通さない……か」
青年がゴーレムナイトに悪戦苦闘しているのを横目に、2人の魔女は魔物を放つ。
魔物は生命力を求め彼方此方に散っていった。


