女が水星の魔女シーラである事を伝えて話を閉じたオズワルドは、似た様な反応を示す華音とアルナを見て苦笑いを浮かべた。
華音はすっかり青ざめて口元を手で覆い、アルナは俯いてほわまろをギュッと抱きかかえていた。
「……少々、子供には過激な話だったか」
オズワルドが華音に向けて言うと、華音は首を縦か横か曖昧に振った後消え入りそうな声で答えた。
「何か、今と全然違うから……」
「ああ。そうだな」
「でも、そんな目に遭ってどうして人間に仕えているんだ? 嫌じゃないのか?」
「人間もエルフも等しく、善と悪が存在する事を知っているからだ。人間である父は偉大な方だった。今でも尊敬している。だから、私はハートフィールド王家に仕えている事を誇りに思っているんだ」
そこで一旦話を区切ると、オズワルドは脳裏に親しい者達の顔を思い浮かべて穏やかな顔をした。
「周囲からは美しい容姿だとずっと言われ続けて来たが、私にとっては屈辱以外の何者でもなかった。永遠の美しさとは反って醜いものだと思っていた。だが、あの娘は……ドロシーは純粋な目で見てくれるからその考えはいとも簡単に消え去った。今ではこの容姿も自慢出来る事の1つになった」
華音は自分と全く同じ顔立ちの魔法使いを見て、「そっか」と一言だけ呟くと全く同じ表情を浮かべた。
向かい合う同じ顔を交互に見たアルナは微笑んだ後、すぐに表情を真剣なものに戻して口を開いた。
「此処でオズワルドとシーラは出逢ったんだな。オズワルドの過去を知っているってシーラは前に言ってたけど、この事だったんだ……」
「魔法大戦で再会した時は本当に驚いたよ」
「それはシーラもだろうな。あの囚われのハーフエルフが最大の強敵になるなんて思ってもみなかったんじゃないか?」
「違いない」
あの頃はこんな未来を想像していなかった。何より今はかつての宿敵同士がこうして会話出来ている事が奇跡だった。
アルナはほわまろの頭を撫でると、意を決した様にオズワルドを見据えた。
「カノンのオマケでアルナもお前の過去を知ってしまった。これはフェアではないんだな? じゃあ、アルナの過去も語らなければ!」
「え? アルナの?」と華音が瞳を瞬かせる向かい側、オズワルドは心底迷惑そうな顔をした。「お前の過去などどうでもいい」
「どうでもいいとは何だ。これはアルナが過去を語る流れだろう。大人なら空気を読めて当然だっ」
アルナは平らな胸を反らして八重歯を見せたが、一層オズワルドの不満を増幅させただけだった。
「全く空気読めてないぞ。ここは一旦お開きだろう。ミトも帰って来る頃だろうし」
家政婦の名前の箇所だけ微かに力がこもってしまったが、華音もアルナもオズワルド本人でさえも気付かなかった。
あの日水戸の姿を見て以来、オズワルドの中で根拠のない嫌悪感が常にあった。彼女は優しい仮面の下に、歪な悪魔の顔を隠している。そう――――それはまるでハーフエルフを見る時の人間と同じ。
アルナが口を開いたと同時に、玄関が開いた。
「チカゲが帰って来た!」
アルナの興味はすぐに家政婦へと切り替わり、同じ顔の2人の事など忘れてくるりと鏡面に背を向けた。オズワルドは呆れ、華音は戸惑い、その小さな背中を黙って見送る。
アルナは軽やかに歩いて行き扉に手を掛けたところで踵を返し、華音の袖を引っ張った。
「きっとお土産を買ってきてくれてる筈だ! さあ、行こう」
「ああ……」
小さな彼女に引っ張られる様にして華音は鏡面から離れる……と、オズワルドと一瞬視線が交わった。
華音はアルナをそっと振り解き、鏡面に向き直る。この間にアルナは1人で廊下に出て行き、廊下からはアルナのはしゃぐ声と水戸の優しい声が聞こえてきた。
「オズワルド。その……話してくれてありがとう」
自分であって自分でない相手に礼を言うのは、好きな相手に告白するのとはまた違った緊張感と気恥ずかしさがあった。
オズワルドは瞠目し、それからいつもの自信たっぷりな笑みを浮かべた。
「礼なんかいい。それよりも、早いところ残りの魔女を倒せ」
「無茶言う。だけど、」
シーラと戦う事になっても大丈夫なのか? と訊こうとしたが、直前で愚問だと気付いて喉の奥に留めた。
たとえ恩がある相手だとしても、それ以上に大切なモノがオズワルドにはある。それを丸ごとなかった事にしようとする彼女は敵でしかない。倒さなければならない相手なのだ。
華音が小さく頷くと、オズワルドの笑みが満足したものへと変わった。
「カノン~! やはりチカゲはお土産を買ってきてくれたぞっ」
扉の向こうからアルナに呼ばれ、華音は返事をして扉へと向かう。その際、オズワルドとは再び視線を交わらせただけでそれ以上の挨拶はしなかった。
華音が出て行くと、鏡面は捻れてそこには誰も居なくなった。
オズワルドの正面の鏡面もまた、景色が捻れて元の青い炎の明かりだけが頼りの空間へと戻った。
現実を映すだけの鏡となった魔法鏡には水色の髪の宮廷魔術師と、離れた所に赤い髪の王女が小さく映っていた。
オズワルドは青白い光を纏った少女に驚きもせず、振り向きもしないで鏡像に話し掛けた。
「ドロシー。来ていたのか」
「ええ……」戸惑い気味に答えた後、少しの間を置いてドロシーは続ける。「丁度、カノンくんとお話しているところに来てしまいまして……聞いてしまいました」
「……そうか」
「人間に酷い事をされた過去を抱えながらもこうして今我が国ミッドガイアに忠誠を尽くして下さっていると言うのに、まだ国内には貴方を忌避する者が大勢います。その事実にわたしはとても胸が苦しいです。何より、何も出来ない自分自身が情けないですわ」
鏡像のドロシーのアメジスト色の瞳が大きく揺れていた。
オズワルドは本物に向き直ると、歩み寄ってその頭を撫でた。俯き掛けていたドロシーの顔が少しだけ上に向く。
「何も、なんて事はない。お前にはもう十分助けられている。他の者に何と思われようと、お前はずっと傍に居てくれるだろう?」
「は、はいっ! わたしは貴方をお慕いしています。それはこれからもずっと、どんなに年老いても変わりません」
完全に顔を上げたドロシーとオズワルドの視線がかち合った。日溜まりの様な暖かな眼差しに、ドロシーの心臓はトクンと跳ねた。頬がみるみるうちに林檎の様に真っ赤に染まっていく。
「って、あれ? そ、それってプロポーズですか……!?」
「アホか」と、オズワルドはドロシーの髪をくしゃくしゃに乱して横を擦り抜けた。
ドロシーは頬を真っ赤に染めたままブツブツと文句を呟き、オズワルドの背中を追い掛ける。
扉の前に着く頃には2人は並んでおり、オズワルドは扉を押しながらドロシーを横目に見た。
「ところで、何かしに来たんじゃなかったのか?」
「あ。わたし、オズワルドを呼びに来たんですわ」
ドロシー、オズワルドの順に魔法鏡の間を出ると扉は固く閉じた。
窓から差し込む光は柔らかな黄金色だった。
2人は長い廊下を歩いて行く。巡回の騎士が王女と宮廷魔術師に頭を下げて通り過ぎていった。
ドロシーは詳しい事は言わず先導して城内を進んで行き、仕方なくオズワルドはついていく他なかった。
階段を下り終え、回廊を進んでいくとやがて見えて来たのはいつもの場所。心地良い日差しの下、白い花が一面に咲き乱れる中庭だった。
中央付近には普段は此処では見慣れないテーブルセットが設置され、既に先客が居た。オズワルドはその人物にギクリとしたが、ドロシーは構わずそこへオズワルドを連れていく。
「シンシアお姉様―!」
ドロシーが笑顔でやって来ると、シンシアはティーカップをソーサーにそっと置き琥珀色の瞳を妹とその隣の宮廷魔術師へと向けた。
「ドロシー、……オズワルド」
オズワルドはシンシアに頭を下げると、ドロシーに耳打った。
「おい、どう言う事だ。何故お茶の席に私を呼んだ?」
「それはですね……」と、ドロシーが言い掛けると、突然テーブルの下から小さな影が飛び出してオズワルドに飛び付いた。
「オズワルドおにいしゃまっ!」
「ユーリ様」
戸惑いつつも、オズワルドはローブにしがみつく小さな男の子に微笑んだ。
銀色のさらさらした短髪に深海色の瞳の、シンシアと同じく左目の下にホクロがあり面差しもよく似たユーリはシンシアの息子だ。今年で3歳になる。普段は乳母に預けられているが、時々こうして城内に限り母子仲良く過ごす事もある。
実母でさえあまり息子と接する事はないのにも関わらず、もっと接する機会のないオズワルドは何故かユーリに懐かれていた。
本人は気付いていないが、オズワルドには動物の他に子供にも好かれるモノを持っていた。
シンシアは咳払いし、そっぽを向いた。頬は微かに赤かった。
「ユーリが貴方に会いたがっていたからで、決して私は貴方なんかに会いたくはなかったわ」
「うそだぁ。おかあしゃまも、おにいしゃまのことすきよ」
母の言葉を否定した息子は、オズワルドから離れようとしない。
シンシアは「こら」と軽く息子を叱ると、再びティーカップに手を伸ばした。
オズワルドはシンシアに気付かれない様にくすりと笑うと、シンシアの向かい側の椅子を引いてドロシーに座るように促した。
ドロシーはそれに従って座り、続けてオズワルドはユーリを特注の足の長い椅子に座らせた。
テーブルには中央にお茶のたっぷり入ったティーポット、綺麗に積まれた色取り取りのマカロンの乗った皿、人数分の取り皿とティーカップが置かれている。
オズワルドは席に着かずにティーポットを手に取り、ドロシーの分をティーカップに注ぎ入れた。ふわりと爽やかな柑橘系の香りが湯気と共に立ち上る。
「ありがとうございます。ほら、オズワルドも座って下さい。こんなにお天気の良い日は仲良く楽しくお茶会を楽しみましょう?」
ドロシーは最後の言葉をこの場に居る全員へ向け、オズワルドは席に着く事で、ユーリは大きく頷く事で、そしてシンシアは小さく溜め息をつく事でそれに同意を示した。
暖かな日差しが降り注ぎ、風がそっと吹いて花びらを散らす。
オズワルドを忌避して来たシンシアも、この時ばかりはその偽りの仮面を脱ぎ捨てて共に笑い合っていた。
ドロシーは穏やかな空気に安心して身を委ねた。
シンシアもヴィルヘルムも皆、ハーフエルフを忌避しているだけで本当はオズワルド自身には目を向けていないだけなのだ。それに気付く事が出来た時、きっと分かり合えるのではないか。ドロシーはそう思っていた。だから、シンシアの反応は嬉しかった。
オズワルドもどこか幸せそうで、それはまるで家族と共に過ごしているかの様だった。
種族も地位も関係なく過ごした時間は長いようで短く、それでいてとても有意義だった。
華音はすっかり青ざめて口元を手で覆い、アルナは俯いてほわまろをギュッと抱きかかえていた。
「……少々、子供には過激な話だったか」
オズワルドが華音に向けて言うと、華音は首を縦か横か曖昧に振った後消え入りそうな声で答えた。
「何か、今と全然違うから……」
「ああ。そうだな」
「でも、そんな目に遭ってどうして人間に仕えているんだ? 嫌じゃないのか?」
「人間もエルフも等しく、善と悪が存在する事を知っているからだ。人間である父は偉大な方だった。今でも尊敬している。だから、私はハートフィールド王家に仕えている事を誇りに思っているんだ」
そこで一旦話を区切ると、オズワルドは脳裏に親しい者達の顔を思い浮かべて穏やかな顔をした。
「周囲からは美しい容姿だとずっと言われ続けて来たが、私にとっては屈辱以外の何者でもなかった。永遠の美しさとは反って醜いものだと思っていた。だが、あの娘は……ドロシーは純粋な目で見てくれるからその考えはいとも簡単に消え去った。今ではこの容姿も自慢出来る事の1つになった」
華音は自分と全く同じ顔立ちの魔法使いを見て、「そっか」と一言だけ呟くと全く同じ表情を浮かべた。
向かい合う同じ顔を交互に見たアルナは微笑んだ後、すぐに表情を真剣なものに戻して口を開いた。
「此処でオズワルドとシーラは出逢ったんだな。オズワルドの過去を知っているってシーラは前に言ってたけど、この事だったんだ……」
「魔法大戦で再会した時は本当に驚いたよ」
「それはシーラもだろうな。あの囚われのハーフエルフが最大の強敵になるなんて思ってもみなかったんじゃないか?」
「違いない」
あの頃はこんな未来を想像していなかった。何より今はかつての宿敵同士がこうして会話出来ている事が奇跡だった。
アルナはほわまろの頭を撫でると、意を決した様にオズワルドを見据えた。
「カノンのオマケでアルナもお前の過去を知ってしまった。これはフェアではないんだな? じゃあ、アルナの過去も語らなければ!」
「え? アルナの?」と華音が瞳を瞬かせる向かい側、オズワルドは心底迷惑そうな顔をした。「お前の過去などどうでもいい」
「どうでもいいとは何だ。これはアルナが過去を語る流れだろう。大人なら空気を読めて当然だっ」
アルナは平らな胸を反らして八重歯を見せたが、一層オズワルドの不満を増幅させただけだった。
「全く空気読めてないぞ。ここは一旦お開きだろう。ミトも帰って来る頃だろうし」
家政婦の名前の箇所だけ微かに力がこもってしまったが、華音もアルナもオズワルド本人でさえも気付かなかった。
あの日水戸の姿を見て以来、オズワルドの中で根拠のない嫌悪感が常にあった。彼女は優しい仮面の下に、歪な悪魔の顔を隠している。そう――――それはまるでハーフエルフを見る時の人間と同じ。
アルナが口を開いたと同時に、玄関が開いた。
「チカゲが帰って来た!」
アルナの興味はすぐに家政婦へと切り替わり、同じ顔の2人の事など忘れてくるりと鏡面に背を向けた。オズワルドは呆れ、華音は戸惑い、その小さな背中を黙って見送る。
アルナは軽やかに歩いて行き扉に手を掛けたところで踵を返し、華音の袖を引っ張った。
「きっとお土産を買ってきてくれてる筈だ! さあ、行こう」
「ああ……」
小さな彼女に引っ張られる様にして華音は鏡面から離れる……と、オズワルドと一瞬視線が交わった。
華音はアルナをそっと振り解き、鏡面に向き直る。この間にアルナは1人で廊下に出て行き、廊下からはアルナのはしゃぐ声と水戸の優しい声が聞こえてきた。
「オズワルド。その……話してくれてありがとう」
自分であって自分でない相手に礼を言うのは、好きな相手に告白するのとはまた違った緊張感と気恥ずかしさがあった。
オズワルドは瞠目し、それからいつもの自信たっぷりな笑みを浮かべた。
「礼なんかいい。それよりも、早いところ残りの魔女を倒せ」
「無茶言う。だけど、」
シーラと戦う事になっても大丈夫なのか? と訊こうとしたが、直前で愚問だと気付いて喉の奥に留めた。
たとえ恩がある相手だとしても、それ以上に大切なモノがオズワルドにはある。それを丸ごとなかった事にしようとする彼女は敵でしかない。倒さなければならない相手なのだ。
華音が小さく頷くと、オズワルドの笑みが満足したものへと変わった。
「カノン~! やはりチカゲはお土産を買ってきてくれたぞっ」
扉の向こうからアルナに呼ばれ、華音は返事をして扉へと向かう。その際、オズワルドとは再び視線を交わらせただけでそれ以上の挨拶はしなかった。
華音が出て行くと、鏡面は捻れてそこには誰も居なくなった。
オズワルドの正面の鏡面もまた、景色が捻れて元の青い炎の明かりだけが頼りの空間へと戻った。
現実を映すだけの鏡となった魔法鏡には水色の髪の宮廷魔術師と、離れた所に赤い髪の王女が小さく映っていた。
オズワルドは青白い光を纏った少女に驚きもせず、振り向きもしないで鏡像に話し掛けた。
「ドロシー。来ていたのか」
「ええ……」戸惑い気味に答えた後、少しの間を置いてドロシーは続ける。「丁度、カノンくんとお話しているところに来てしまいまして……聞いてしまいました」
「……そうか」
「人間に酷い事をされた過去を抱えながらもこうして今我が国ミッドガイアに忠誠を尽くして下さっていると言うのに、まだ国内には貴方を忌避する者が大勢います。その事実にわたしはとても胸が苦しいです。何より、何も出来ない自分自身が情けないですわ」
鏡像のドロシーのアメジスト色の瞳が大きく揺れていた。
オズワルドは本物に向き直ると、歩み寄ってその頭を撫でた。俯き掛けていたドロシーの顔が少しだけ上に向く。
「何も、なんて事はない。お前にはもう十分助けられている。他の者に何と思われようと、お前はずっと傍に居てくれるだろう?」
「は、はいっ! わたしは貴方をお慕いしています。それはこれからもずっと、どんなに年老いても変わりません」
完全に顔を上げたドロシーとオズワルドの視線がかち合った。日溜まりの様な暖かな眼差しに、ドロシーの心臓はトクンと跳ねた。頬がみるみるうちに林檎の様に真っ赤に染まっていく。
「って、あれ? そ、それってプロポーズですか……!?」
「アホか」と、オズワルドはドロシーの髪をくしゃくしゃに乱して横を擦り抜けた。
ドロシーは頬を真っ赤に染めたままブツブツと文句を呟き、オズワルドの背中を追い掛ける。
扉の前に着く頃には2人は並んでおり、オズワルドは扉を押しながらドロシーを横目に見た。
「ところで、何かしに来たんじゃなかったのか?」
「あ。わたし、オズワルドを呼びに来たんですわ」
ドロシー、オズワルドの順に魔法鏡の間を出ると扉は固く閉じた。
窓から差し込む光は柔らかな黄金色だった。
2人は長い廊下を歩いて行く。巡回の騎士が王女と宮廷魔術師に頭を下げて通り過ぎていった。
ドロシーは詳しい事は言わず先導して城内を進んで行き、仕方なくオズワルドはついていく他なかった。
階段を下り終え、回廊を進んでいくとやがて見えて来たのはいつもの場所。心地良い日差しの下、白い花が一面に咲き乱れる中庭だった。
中央付近には普段は此処では見慣れないテーブルセットが設置され、既に先客が居た。オズワルドはその人物にギクリとしたが、ドロシーは構わずそこへオズワルドを連れていく。
「シンシアお姉様―!」
ドロシーが笑顔でやって来ると、シンシアはティーカップをソーサーにそっと置き琥珀色の瞳を妹とその隣の宮廷魔術師へと向けた。
「ドロシー、……オズワルド」
オズワルドはシンシアに頭を下げると、ドロシーに耳打った。
「おい、どう言う事だ。何故お茶の席に私を呼んだ?」
「それはですね……」と、ドロシーが言い掛けると、突然テーブルの下から小さな影が飛び出してオズワルドに飛び付いた。
「オズワルドおにいしゃまっ!」
「ユーリ様」
戸惑いつつも、オズワルドはローブにしがみつく小さな男の子に微笑んだ。
銀色のさらさらした短髪に深海色の瞳の、シンシアと同じく左目の下にホクロがあり面差しもよく似たユーリはシンシアの息子だ。今年で3歳になる。普段は乳母に預けられているが、時々こうして城内に限り母子仲良く過ごす事もある。
実母でさえあまり息子と接する事はないのにも関わらず、もっと接する機会のないオズワルドは何故かユーリに懐かれていた。
本人は気付いていないが、オズワルドには動物の他に子供にも好かれるモノを持っていた。
シンシアは咳払いし、そっぽを向いた。頬は微かに赤かった。
「ユーリが貴方に会いたがっていたからで、決して私は貴方なんかに会いたくはなかったわ」
「うそだぁ。おかあしゃまも、おにいしゃまのことすきよ」
母の言葉を否定した息子は、オズワルドから離れようとしない。
シンシアは「こら」と軽く息子を叱ると、再びティーカップに手を伸ばした。
オズワルドはシンシアに気付かれない様にくすりと笑うと、シンシアの向かい側の椅子を引いてドロシーに座るように促した。
ドロシーはそれに従って座り、続けてオズワルドはユーリを特注の足の長い椅子に座らせた。
テーブルには中央にお茶のたっぷり入ったティーポット、綺麗に積まれた色取り取りのマカロンの乗った皿、人数分の取り皿とティーカップが置かれている。
オズワルドは席に着かずにティーポットを手に取り、ドロシーの分をティーカップに注ぎ入れた。ふわりと爽やかな柑橘系の香りが湯気と共に立ち上る。
「ありがとうございます。ほら、オズワルドも座って下さい。こんなにお天気の良い日は仲良く楽しくお茶会を楽しみましょう?」
ドロシーは最後の言葉をこの場に居る全員へ向け、オズワルドは席に着く事で、ユーリは大きく頷く事で、そしてシンシアは小さく溜め息をつく事でそれに同意を示した。
暖かな日差しが降り注ぎ、風がそっと吹いて花びらを散らす。
オズワルドを忌避して来たシンシアも、この時ばかりはその偽りの仮面を脱ぎ捨てて共に笑い合っていた。
ドロシーは穏やかな空気に安心して身を委ねた。
シンシアもヴィルヘルムも皆、ハーフエルフを忌避しているだけで本当はオズワルド自身には目を向けていないだけなのだ。それに気付く事が出来た時、きっと分かり合えるのではないか。ドロシーはそう思っていた。だから、シンシアの反応は嬉しかった。
オズワルドもどこか幸せそうで、それはまるで家族と共に過ごしているかの様だった。
種族も地位も関係なく過ごした時間は長いようで短く、それでいてとても有意義だった。


