それはいつの頃だったか。
星の瞬く夜、自室で読書していたオズワルドの耳にほんの微かな少女の啜り泣く声が聞こえてきた。
部屋の外はやけに騒がしく、使用人達がドタバタと走り回って第2王女の名前を懸命に叫んでいた。
あぁ……。すると、この啜り泣く声はドロシーか。
オズワルドは静かに部屋を出て行った。
血相を変えて見当違いの場所へ駆けていく使用人らの横を通り過ぎ、居館を離れ庭に出る。
地面にタイルが敷き詰められ、周囲に薔薇の花が植えられたここの中央には噴水があり、その周りにも忙しない使用人や騎士の姿があった。彼らは宮廷魔術師に一瞥もやらず、行方不明の少女を捜すのに必死だった。
このまま真っ直ぐ進めば門に出るが、啜り泣く声が聞こえるのはそちらよりやや手前だった。迷わずオズワルドは西側の複雑に続く通路を歩いていった。
声は段々と近くなる。
3連の縦長の建物の前に辿り着いた。昼間に使用人達が出入りするそこは食料庫で、夜間に訪れる者は殆ど居ない。
見上げると、屋根の上で星明かりに照らされた小さな人影がぽつんと膝を抱えて座っているのが見えた。
何故あんな所に……――――否、理由は分かっていた。こんな夜にオズワルドがよくあの場所で1人歌を歌っていたから、それを真似たのだ。いつからかドロシーも立ち入る様になり、ドロシーにとっても安心出来る場所となっていた。
落ちたら危ないだろ。
オズワルドは自分に責任を感じ、空間移動術でドロシーの背後に移動した。
驚かせない様に、そっと話し掛ける。
「ドロシー」
ドロシーはフッと顔を上げ、隣に腰を下ろしたオズワルドの方を向いた。
あどけない顔は赤く、涙に濡れていた。
オズワルドはまだ上手く声を出せないドロシーの背中を優しく摩りながら、耳元で何度も「大丈夫だ」と囁いた。
漸く泣き止んだドロシーはオズワルドに訊かれる前に、自ら語り出した。
「わたし、ヴィルヘルムお兄様と喧嘩してしまったんです……」
「そうか」
今年12になり殆ど泣かなくなったドロシーが泣いた理由としては意外ではあったが、確かにこれまでオズワルドは兄妹喧嘩を見た事がなかった。ヴィルヘルムやシンシアはドロシーを溺愛している様子だった。
そんなヴィルヘルムとドロシーが喧嘩するなんてよっぽどの理由が……と思ったら、その理由に1番驚かされた。
「お兄様、オズワルドの悪口ばかり言うんです! 穢れた血だからって、もうオズワルドに関わるなって! あんまりじゃないですか……」
ドロシーは俯き、また泣き出すのではないかと思うぐらいに肩を震わせた。
オズワルドは本音を押し込み、穏やかな表情を作った。
「……だけどそれはヴィルヘルム王子が正しい。ちゃんと謝れば許してもらえるから……」
ありがとう、だなんて決して口にしてはいけない。口にしてしまえば、ドロシーは自分の行いや考えが正しい事だと確信してしまうから。
「なんで……っ」ドロシーはバッと顔を上げて、涙目でオズワルドを軽く睨んだ。「なんで貴方がそんな事を言うんですか! わたしのオズワルドが好きな気持ち、オズワルド自身、それのどこが間違っていると言うの……」
段々と声が尻すぼみになって夜の冷たい空気に溶けて消えた。
「……此処は冷える。落ちると危ないし、下に降りよう」
「嫌です」
ドロシーはムスッと膨れっ面になった。
「ドロシー……」
「だって! 下に降りたらオズワルドと一緒に居られなくなっちゃうじゃないですか……。でも、ここなら一緒に居られるから……」
「そのうちヴィルヘルム王子やシンシア王女、使用人達が捜しに来て怒られるぞ」
現に向こうから、ドロシーの耳でも聞こえるぐらいの声量で彼女の名が絶えず叫ばれ続けていた。
ドロシーは聞こえないと言う風に両耳に手を当てて、膨れっ面のまま首を横へ振った。
「そんな事は構いません」
「おいおい……頑固だな」
オズワルドは困惑し、後頭部を掻いた。
こうなったら引き摺ってでも連れて行こうと手を伸ばすと、ドロシーがくしゃみをした。
「冷えてるじゃないか……。無理しないでもう……」
「わたしはここから動きませんからね。イソギンチャクになります」
ギュッと両膝を両腕できつく締め、更に縮こまるドロシー。
オズワルドが後ろから抱き上げようと試みたが、屋根にへばりついて取れなかった。宣言通りイソギンチャクと化していた。
諦めたオズワルドは鏡の装飾の付いた白いローブを脱ぐと、ドロシーの細い肩に掛けて隣に座り直した。
「オズワルド?」
ドロシーは不思議そうな顔でオズワルドを見た。
「……この歌が終わるまでだ」
星空を琥珀色の瞳に映し、ゆっくりとオズワルドは口を開けて歌い始めた。
甘く綺麗な歌声に、哀しく切ない旋律。何処までも伸びやかに響くそれは星で煌めく空を更に綺麗な色で彩った。
こてんと、ドロシーの身体が傾きオズワルドの身体に寄りかかった。
歌を止めて彼女の顔を覗き見ると、安らかな寝息を立てて眠っていた。
オズワルドは微笑むと、その身体を抱き寄せて頭頂部に優しく口付けた。そして、エルフ語で「愛している」と囁いた――――。
***
目の前で寝息を立てている少女は、外見も中身ももうあの頃のあどけなさはあまり感じられなくなった。
確かにもう子供ではない。本当に美しく強く成長した。だけど、オレにとっては……。
琥珀色の瞳は苦痛の色に染まっていく。
ドロシーのオズワルドに対する想いは嘘偽りない本物だ。だからこそ、オズワルドは心苦しかった。
ドロシーの事は赤子の頃から知っているし、成長もずっと見てきた。暗闇ばかり歩いて来たオズワルドに暖かな光をくれた純粋無垢な彼女を嫌いな筈はなく、好きだった。大好きだった。
けれど、ドロシーの好きとオズワルドの好きは似ている様で違った。
オズワルドにとってドロシーはあくまで娘の様な存在で、恋愛対象ではなかった。元より、オズワルドは恋愛感情が実際よく分からなかった。
400年以上も前に、彼は心に一生ものの傷を負った。今でも時々夢に出て来るあの醜悪な男から受けた屈辱。愛を知らない段階でその先を無理矢理味わわされたから、ヒトの本当の愛し方、愛され方を知る事が出来なかった。
オズワルドはシーツに広がるドロシーの髪を手に取った。
毛先から伝わった微かな感触に、スゥッとドロシーの意識は現実へ戻った。薄ら目を開けると、目の前にオズワルドの綺麗な顔があって驚き、更に彼が髪に口付けた事に驚いて飛び起きそうになった。
う~……何この状況。でも、我慢我慢っ
逆に起きた事がバレた方が恥ずかしいので、ドロシーは息を潜めようと努めた。
オズワルドは「愛している」とあの日と同じ様にエルフ語で囁き、目を閉じた。
今のエルフ語? え? 何て言ったの?
これも我慢。
恋愛感情ではなくても、愛している事には変わりない。オズワルドは自分に言い聞かせるが、やはり胸が苦しくなって目を開いた。
「ごめん……」
ドロシーにも理解出来た共通語は苦しくて重く、薄暗がりの中に沈んでいった。
窓から差し込む光が月から太陽に変わり、自然とドロシーは目が覚めた。
あれからいつの間に寝てしまったのだろうか? と記憶を手繰り寄せてハッと赤面した。
そうだ……オズワルドが隣に……。
高鳴る心臓を押さえて横を見ると、昨夜と変わらずオズワルドの姿があった。唯、琥珀色の瞳はドロシーを映しておらず閉じられていた。胸も規則的に上下していて寝息も微かに聞こえた。
「オズワルド、寝てしまったんですね」
これまで1度も見た事のない無防備な姿に、つい頬が緩んで手が伸びる。
オズワルドがいつもそうしてくれる様に、ドロシーは彼の頭に触れた……が、
「熱い……!?」
手の平に伝わった温度は異常に高かった。それに気付くと、寝息も苦しそうに思えた。
オズワルドに呼び掛けるが、返って来たのは呻き声だけ。
ドロシーは血相を変え、慌ててベッドを出ると扉を勢いよく開けた。
丁度、廊下をイーサンの妻が歩いていた。
「あら。おはよう」
「オズワルドが大変なんです! 早くお医者様を!」
挨拶もそこそこに、ドロシーは叫んでいた。
イーサンの妻は目を見張り、それから早口で「すぐに呼んでくるわ」と言い残し1階へと降りていった。
イーサンの妻のお陰で、医者が到着したのはたった数分後の事だった。
オズワルドの診察を終えた医者は、心配そうに見守っていたドロシーと竜族一家を見て静かに告げた。
「風邪ですね」
一同は安心するが、医者の表情は固かった。
「しかし、彼はハーフエルフです。ハーフエルフは元々虚弱体質で病気に罹り易く短命な者が多いんですよ」
「え……そんな事、オズワルドは……」
「恐らくかなり気を配って生きて来たのでしょう。とにかく、たかが風邪でも彼にとっては大病と同じなんです。命を落とす事だってあるんですよ……」
しんっと辺りが静まり返った。
ドロシーは今にも泣き出しそうだった。
「オズワルドがこのまま……死んじゃったら、わたし……」
「大丈夫です。その為に我々医者が居るんですから。完治するまではそれなりに時間がかかりますが、この薬を1日3回毎日飲み続ければ必ず良くなります」
医者は手の平サイズの巾着をドロシーの手に握らせ、その上から両手でグッと包んだ。
「ありがとう……ございます」
ぽろぽろとドロシーは涙を零し、医者に深く頭を下げた。
星の瞬く夜、自室で読書していたオズワルドの耳にほんの微かな少女の啜り泣く声が聞こえてきた。
部屋の外はやけに騒がしく、使用人達がドタバタと走り回って第2王女の名前を懸命に叫んでいた。
あぁ……。すると、この啜り泣く声はドロシーか。
オズワルドは静かに部屋を出て行った。
血相を変えて見当違いの場所へ駆けていく使用人らの横を通り過ぎ、居館を離れ庭に出る。
地面にタイルが敷き詰められ、周囲に薔薇の花が植えられたここの中央には噴水があり、その周りにも忙しない使用人や騎士の姿があった。彼らは宮廷魔術師に一瞥もやらず、行方不明の少女を捜すのに必死だった。
このまま真っ直ぐ進めば門に出るが、啜り泣く声が聞こえるのはそちらよりやや手前だった。迷わずオズワルドは西側の複雑に続く通路を歩いていった。
声は段々と近くなる。
3連の縦長の建物の前に辿り着いた。昼間に使用人達が出入りするそこは食料庫で、夜間に訪れる者は殆ど居ない。
見上げると、屋根の上で星明かりに照らされた小さな人影がぽつんと膝を抱えて座っているのが見えた。
何故あんな所に……――――否、理由は分かっていた。こんな夜にオズワルドがよくあの場所で1人歌を歌っていたから、それを真似たのだ。いつからかドロシーも立ち入る様になり、ドロシーにとっても安心出来る場所となっていた。
落ちたら危ないだろ。
オズワルドは自分に責任を感じ、空間移動術でドロシーの背後に移動した。
驚かせない様に、そっと話し掛ける。
「ドロシー」
ドロシーはフッと顔を上げ、隣に腰を下ろしたオズワルドの方を向いた。
あどけない顔は赤く、涙に濡れていた。
オズワルドはまだ上手く声を出せないドロシーの背中を優しく摩りながら、耳元で何度も「大丈夫だ」と囁いた。
漸く泣き止んだドロシーはオズワルドに訊かれる前に、自ら語り出した。
「わたし、ヴィルヘルムお兄様と喧嘩してしまったんです……」
「そうか」
今年12になり殆ど泣かなくなったドロシーが泣いた理由としては意外ではあったが、確かにこれまでオズワルドは兄妹喧嘩を見た事がなかった。ヴィルヘルムやシンシアはドロシーを溺愛している様子だった。
そんなヴィルヘルムとドロシーが喧嘩するなんてよっぽどの理由が……と思ったら、その理由に1番驚かされた。
「お兄様、オズワルドの悪口ばかり言うんです! 穢れた血だからって、もうオズワルドに関わるなって! あんまりじゃないですか……」
ドロシーは俯き、また泣き出すのではないかと思うぐらいに肩を震わせた。
オズワルドは本音を押し込み、穏やかな表情を作った。
「……だけどそれはヴィルヘルム王子が正しい。ちゃんと謝れば許してもらえるから……」
ありがとう、だなんて決して口にしてはいけない。口にしてしまえば、ドロシーは自分の行いや考えが正しい事だと確信してしまうから。
「なんで……っ」ドロシーはバッと顔を上げて、涙目でオズワルドを軽く睨んだ。「なんで貴方がそんな事を言うんですか! わたしのオズワルドが好きな気持ち、オズワルド自身、それのどこが間違っていると言うの……」
段々と声が尻すぼみになって夜の冷たい空気に溶けて消えた。
「……此処は冷える。落ちると危ないし、下に降りよう」
「嫌です」
ドロシーはムスッと膨れっ面になった。
「ドロシー……」
「だって! 下に降りたらオズワルドと一緒に居られなくなっちゃうじゃないですか……。でも、ここなら一緒に居られるから……」
「そのうちヴィルヘルム王子やシンシア王女、使用人達が捜しに来て怒られるぞ」
現に向こうから、ドロシーの耳でも聞こえるぐらいの声量で彼女の名が絶えず叫ばれ続けていた。
ドロシーは聞こえないと言う風に両耳に手を当てて、膨れっ面のまま首を横へ振った。
「そんな事は構いません」
「おいおい……頑固だな」
オズワルドは困惑し、後頭部を掻いた。
こうなったら引き摺ってでも連れて行こうと手を伸ばすと、ドロシーがくしゃみをした。
「冷えてるじゃないか……。無理しないでもう……」
「わたしはここから動きませんからね。イソギンチャクになります」
ギュッと両膝を両腕できつく締め、更に縮こまるドロシー。
オズワルドが後ろから抱き上げようと試みたが、屋根にへばりついて取れなかった。宣言通りイソギンチャクと化していた。
諦めたオズワルドは鏡の装飾の付いた白いローブを脱ぐと、ドロシーの細い肩に掛けて隣に座り直した。
「オズワルド?」
ドロシーは不思議そうな顔でオズワルドを見た。
「……この歌が終わるまでだ」
星空を琥珀色の瞳に映し、ゆっくりとオズワルドは口を開けて歌い始めた。
甘く綺麗な歌声に、哀しく切ない旋律。何処までも伸びやかに響くそれは星で煌めく空を更に綺麗な色で彩った。
こてんと、ドロシーの身体が傾きオズワルドの身体に寄りかかった。
歌を止めて彼女の顔を覗き見ると、安らかな寝息を立てて眠っていた。
オズワルドは微笑むと、その身体を抱き寄せて頭頂部に優しく口付けた。そして、エルフ語で「愛している」と囁いた――――。
***
目の前で寝息を立てている少女は、外見も中身ももうあの頃のあどけなさはあまり感じられなくなった。
確かにもう子供ではない。本当に美しく強く成長した。だけど、オレにとっては……。
琥珀色の瞳は苦痛の色に染まっていく。
ドロシーのオズワルドに対する想いは嘘偽りない本物だ。だからこそ、オズワルドは心苦しかった。
ドロシーの事は赤子の頃から知っているし、成長もずっと見てきた。暗闇ばかり歩いて来たオズワルドに暖かな光をくれた純粋無垢な彼女を嫌いな筈はなく、好きだった。大好きだった。
けれど、ドロシーの好きとオズワルドの好きは似ている様で違った。
オズワルドにとってドロシーはあくまで娘の様な存在で、恋愛対象ではなかった。元より、オズワルドは恋愛感情が実際よく分からなかった。
400年以上も前に、彼は心に一生ものの傷を負った。今でも時々夢に出て来るあの醜悪な男から受けた屈辱。愛を知らない段階でその先を無理矢理味わわされたから、ヒトの本当の愛し方、愛され方を知る事が出来なかった。
オズワルドはシーツに広がるドロシーの髪を手に取った。
毛先から伝わった微かな感触に、スゥッとドロシーの意識は現実へ戻った。薄ら目を開けると、目の前にオズワルドの綺麗な顔があって驚き、更に彼が髪に口付けた事に驚いて飛び起きそうになった。
う~……何この状況。でも、我慢我慢っ
逆に起きた事がバレた方が恥ずかしいので、ドロシーは息を潜めようと努めた。
オズワルドは「愛している」とあの日と同じ様にエルフ語で囁き、目を閉じた。
今のエルフ語? え? 何て言ったの?
これも我慢。
恋愛感情ではなくても、愛している事には変わりない。オズワルドは自分に言い聞かせるが、やはり胸が苦しくなって目を開いた。
「ごめん……」
ドロシーにも理解出来た共通語は苦しくて重く、薄暗がりの中に沈んでいった。
窓から差し込む光が月から太陽に変わり、自然とドロシーは目が覚めた。
あれからいつの間に寝てしまったのだろうか? と記憶を手繰り寄せてハッと赤面した。
そうだ……オズワルドが隣に……。
高鳴る心臓を押さえて横を見ると、昨夜と変わらずオズワルドの姿があった。唯、琥珀色の瞳はドロシーを映しておらず閉じられていた。胸も規則的に上下していて寝息も微かに聞こえた。
「オズワルド、寝てしまったんですね」
これまで1度も見た事のない無防備な姿に、つい頬が緩んで手が伸びる。
オズワルドがいつもそうしてくれる様に、ドロシーは彼の頭に触れた……が、
「熱い……!?」
手の平に伝わった温度は異常に高かった。それに気付くと、寝息も苦しそうに思えた。
オズワルドに呼び掛けるが、返って来たのは呻き声だけ。
ドロシーは血相を変え、慌ててベッドを出ると扉を勢いよく開けた。
丁度、廊下をイーサンの妻が歩いていた。
「あら。おはよう」
「オズワルドが大変なんです! 早くお医者様を!」
挨拶もそこそこに、ドロシーは叫んでいた。
イーサンの妻は目を見張り、それから早口で「すぐに呼んでくるわ」と言い残し1階へと降りていった。
イーサンの妻のお陰で、医者が到着したのはたった数分後の事だった。
オズワルドの診察を終えた医者は、心配そうに見守っていたドロシーと竜族一家を見て静かに告げた。
「風邪ですね」
一同は安心するが、医者の表情は固かった。
「しかし、彼はハーフエルフです。ハーフエルフは元々虚弱体質で病気に罹り易く短命な者が多いんですよ」
「え……そんな事、オズワルドは……」
「恐らくかなり気を配って生きて来たのでしょう。とにかく、たかが風邪でも彼にとっては大病と同じなんです。命を落とす事だってあるんですよ……」
しんっと辺りが静まり返った。
ドロシーは今にも泣き出しそうだった。
「オズワルドがこのまま……死んじゃったら、わたし……」
「大丈夫です。その為に我々医者が居るんですから。完治するまではそれなりに時間がかかりますが、この薬を1日3回毎日飲み続ければ必ず良くなります」
医者は手の平サイズの巾着をドロシーの手に握らせ、その上から両手でグッと包んだ。
「ありがとう……ございます」
ぽろぽろとドロシーは涙を零し、医者に深く頭を下げた。