宿泊施設を5件回ったがどれも同じ返答「空いていない」だった。
それでも、まだ宿泊施設は沢山ある為どれかは空いているだろうと2人は諦めていなかった。否、諦める訳にはいかなかった。異国の地で野宿は危険だから避けたいし、何よりミッドガイアの恥曝しになってしまう。必死だった。
街には明かりが灯り始め、濃紺の空でも負けずに星々が煌めき、もうすっかり夜が降りていた。
夜でも竜族は昼と変わらず陽気で街はまだまだ騒がしい。夜目の利く彼らは平気で夜空を飛び回っていた。
願いを込めて挑んだ記念すべき6件目も失敗に終わった。
「これ、本気でマズイな」
オズワルドは荷物を持ち直す。ドロシーのやたらに重い鞄が一層重く感じた。
2人して重い足取りで宿出入り口前の階段を引き返す。その時、丁度通りの向こうから見知った顔が歩いて来てこちらに手を振ってきた。昼間海上列車で乗り合わせた竜族の男性イーサンだった。
2人はイーサンに近付き、イーサンも笑顔で2人に近付いて来た。
「これはこれは。お2人とも偶然ですな」
2人の中で芽生え始めた焦燥感は彼の笑顔に掻き消されていった。
ドロシーは破顔した。
「本当ですわ。こんなに広い街でまたお会い出来るなんて」
「もう日が落ちた事だし、その様な荷物で出歩くのは少々大変じゃないかな? いや、大きなお世話か」
「そうなんですけれど……」
ドロシーが言い淀み視線を彷徨わせると、イーサンは状況を察した様で2人が出て来た建物を見た。
「この時間じゃあ、厳しいかもね」
「そうですよね……」
「最悪、最終便に乗って帰るしかないかもな」
オズワルドが諦念を露にすると、反論出来ないドロシーは静かに嘆息した。
イーサンは何故か笑顔だった。
「それならば我が家へどうかな? 広いし、部屋も余ってる」
2人は同時に視線をイーサンに向けた。
「え!? い、いいんですの? ご迷惑じゃあ……」
「自分から提案しておいてそれはないよ。それに、他国とは言え王女様と宮廷魔術師様をこのまま見捨てる訳にはいかないし、列車で同席させてくれた恩も返したいしね。唯、君達が嫌だと言うのなら無理にとは言わないがね」
「嫌ではありませんわ。とっても助かります」
ね? と同意を促す様にドロシーが視線を横に流すと、オズワルドは小さく頷いた。
「すまないな。私達の事は呼び捨てで構わないし、身分も気にしなくていい」
「そうか。じゃあ、改めてよろしく。ドロシーちゃん、オズワルドくん。私の家は近くにあるんだ。ついて来て」
クルッと身体の向きを変え、イーサンは先導した。
竜が翼を広げるにはやや狭い道を進んでいく。徐々に街の喧騒は遠ざかっていった。
住宅地ばかりが広がるエリアに到着。住宅と言っても、北方とは違い邸宅ばかりだった。庭は樹木や花、噴水などがあり、竜が飛び回れる程広かった。
イーサンの家はその中でも大きさも装いも控えめであったが、一般国民としては十分だった。
イーサンは大家族なのだと言う。
イーサンの妻、両親、長男夫婦とその子供3人、3女夫婦にその子供2人の合計13人家族だ。ちょっと前までは次女も住んでいたが、今年麓の街へ嫁いだらしい。
「さあ、どうぞ入って」
イーサンが玄関扉を開け、2人の来客を招き入れる。
足を踏み入れた先の玄関ホールは広くて天井が高かった。天井には茶葉園が描かれていると言う、斬新なデザインだった。それだけに留まらず、置いてある物や派手な色の組み合わせは竜族独自のデザインセンスを感じさせ、2人は軽くカルチャーショックを受けた。国によって価値観は異なるのだ。
玄関ホールから真っ直ぐ進んだ所が広間で、両扉の向こうからは陽気な話し声が聞こえて来た。
イーサンに案内されるがまま、オズワルドとドロシーは広間に入った。
途端、会話がピタリと止み全ての視線がこちらへ集まった。
「じいちゃんお帰り~って、わぁ! お客さん!?」
人懐っこく寄ってきたのは10歳ぐらいの癖毛の少年で、来客に好奇心の目を向けていた。他の者達からも、好意的な感情が伝わってきた。
「海上列車で知り合ったドロシーちゃんにオズワルドくんだ。宿を探していた様だったから家に連れて来たよ」
イーサンの紹介に合わせ、2人は頭を下げた。
「綺麗な子達だねぇ。これから晩ご飯作るから、もしまだなら食べてってくれ」
イーサンの母親(見た目はイーサンと同じぐらいに見える)は温かな笑みを残し、イーサンの妻を連れて奥のキッチンへと消えていった。
今度はあどけない顔立ちの3女がやって来て、2人から荷物を奪った。
「これ、部屋に運んでおくわね」
礼を言う暇もなく3女はせかせか右手の階段を上っていき、半分程上ったところで階下に呼び掛けた。
「2人の部屋は2階の突き当たりよ。あとで案内するわ」
“2人の”という言い回しに少し違和感を覚えたオズワルドだったが、好奇心旺盛な竜族達は考える隙を与えず次々と2人にあれこれ迫って来た。
「ねーねー2人は人間?」
「恋人?」
「カケオチしてるの?」
「お兄ちゃんの髪の色透き通ってて綺麗でめずらしいね。おれなんて真っ黒だ」
「どうしたらあたしもお姉さんみたいなぷろぽーしょんを手に入れられる?」
好奇心剥き出しの質問攻めをして来たのは5人の齢15に満たない子供達だ。1度に訊かれたら答えられる筈もない。
困っている2人を見かねて、イーサンとよく似た外見の長男が来客と子供達の間に立った。
「こらこら。あんまりお客さんを困らせないの。――――すみませんね。来客なんて久しぶりで。この子達も嬉しくて仕方がないんですよ。しかも人間なんて初めてなもので余計に」
「いえ、別に……。少し驚きましたが不快ではありませんわ」
ドロシーが愛想良く返すと、長男は安堵の息をついて2人を席まで誘導した。
「こちらへお掛けになって下さい。直に祖母と母が料理を運んで来ますから」
広間中央に置かれた大きな長方形のテーブル席は竜族一家と2人の来客で埋まった。一時席を外した3女も戻って来ていた。
席に着いて落ち着いたところで、また子供達の容赦ない質問攻めが始まった。
「ねーねードロシーお姉ちゃんはオズワルドお兄ちゃんのどこが好きなの? 顔?」
まだ好きだとも話してもいないのにそこから始まった事にまず驚いたドロシーだが、すぐに首を横へ振った。
「顔は勿論綺麗ですけれど、それだけじゃありませんわ。彼は心も綺麗なんです」
「ほぉ~お熱いですなぁ」
ドロシーに質問した少女とは別の、ドロシーを挟んだ反対側に座る少女が両手で頬杖をついてニヤニヤ笑った。
子供のペースに乗せられっぱなしのドロシーとは対照的に、オズワルドは子供達の質問を軽く流し大人達と会話していた。
子供達は少しつまらなさそうだ。「お兄ちゃん、絶対10代じゃない……」などと、割と的確な文句を口にしていた。
会話はいつまで経っても収束する事なく、そのうちに料理が運ばれてきた。
さすがは大家族。テーブルに並べられた料理は所狭しと各器に山盛りになっていた。1人1人に用意された小皿に各自で取り分けて食べるスタイルだった。
オズワルドとドロシーは竜族の食事作法に慣れないながらも、厚意に甘えて共に食事を楽しんだ。
また、料理も独特だった。スパイスが名産品とあって、どの料理にもふんだんに使われていて味付けは濃いめでスパイシーだった。且つ、隠し味の南国果実の香りが後を引いた。
竜族達は肉好きの大食な者が多く、この一家も例外ではなかった。
食事を始めて間もなく肉の脂によって胃もたれを起こした2人に、これでもかと彼らは料理を勧めてきた。嫌がらせではなく、彼らなりのおもてなしだった。
ドロシーは勿論、オズワルドも食は細い方なのでこれが限界だった為礼を言って辞退した。それだけでなく、実はオズワルドは辛い物や肉(ただし鳥は好物)があまり得意ではなかった。
2人が食事の手を止めてからも彼らは食事の手を休めず、テーブルに並べられた器を空にした。
それでも、まだ宿泊施設は沢山ある為どれかは空いているだろうと2人は諦めていなかった。否、諦める訳にはいかなかった。異国の地で野宿は危険だから避けたいし、何よりミッドガイアの恥曝しになってしまう。必死だった。
街には明かりが灯り始め、濃紺の空でも負けずに星々が煌めき、もうすっかり夜が降りていた。
夜でも竜族は昼と変わらず陽気で街はまだまだ騒がしい。夜目の利く彼らは平気で夜空を飛び回っていた。
願いを込めて挑んだ記念すべき6件目も失敗に終わった。
「これ、本気でマズイな」
オズワルドは荷物を持ち直す。ドロシーのやたらに重い鞄が一層重く感じた。
2人して重い足取りで宿出入り口前の階段を引き返す。その時、丁度通りの向こうから見知った顔が歩いて来てこちらに手を振ってきた。昼間海上列車で乗り合わせた竜族の男性イーサンだった。
2人はイーサンに近付き、イーサンも笑顔で2人に近付いて来た。
「これはこれは。お2人とも偶然ですな」
2人の中で芽生え始めた焦燥感は彼の笑顔に掻き消されていった。
ドロシーは破顔した。
「本当ですわ。こんなに広い街でまたお会い出来るなんて」
「もう日が落ちた事だし、その様な荷物で出歩くのは少々大変じゃないかな? いや、大きなお世話か」
「そうなんですけれど……」
ドロシーが言い淀み視線を彷徨わせると、イーサンは状況を察した様で2人が出て来た建物を見た。
「この時間じゃあ、厳しいかもね」
「そうですよね……」
「最悪、最終便に乗って帰るしかないかもな」
オズワルドが諦念を露にすると、反論出来ないドロシーは静かに嘆息した。
イーサンは何故か笑顔だった。
「それならば我が家へどうかな? 広いし、部屋も余ってる」
2人は同時に視線をイーサンに向けた。
「え!? い、いいんですの? ご迷惑じゃあ……」
「自分から提案しておいてそれはないよ。それに、他国とは言え王女様と宮廷魔術師様をこのまま見捨てる訳にはいかないし、列車で同席させてくれた恩も返したいしね。唯、君達が嫌だと言うのなら無理にとは言わないがね」
「嫌ではありませんわ。とっても助かります」
ね? と同意を促す様にドロシーが視線を横に流すと、オズワルドは小さく頷いた。
「すまないな。私達の事は呼び捨てで構わないし、身分も気にしなくていい」
「そうか。じゃあ、改めてよろしく。ドロシーちゃん、オズワルドくん。私の家は近くにあるんだ。ついて来て」
クルッと身体の向きを変え、イーサンは先導した。
竜が翼を広げるにはやや狭い道を進んでいく。徐々に街の喧騒は遠ざかっていった。
住宅地ばかりが広がるエリアに到着。住宅と言っても、北方とは違い邸宅ばかりだった。庭は樹木や花、噴水などがあり、竜が飛び回れる程広かった。
イーサンの家はその中でも大きさも装いも控えめであったが、一般国民としては十分だった。
イーサンは大家族なのだと言う。
イーサンの妻、両親、長男夫婦とその子供3人、3女夫婦にその子供2人の合計13人家族だ。ちょっと前までは次女も住んでいたが、今年麓の街へ嫁いだらしい。
「さあ、どうぞ入って」
イーサンが玄関扉を開け、2人の来客を招き入れる。
足を踏み入れた先の玄関ホールは広くて天井が高かった。天井には茶葉園が描かれていると言う、斬新なデザインだった。それだけに留まらず、置いてある物や派手な色の組み合わせは竜族独自のデザインセンスを感じさせ、2人は軽くカルチャーショックを受けた。国によって価値観は異なるのだ。
玄関ホールから真っ直ぐ進んだ所が広間で、両扉の向こうからは陽気な話し声が聞こえて来た。
イーサンに案内されるがまま、オズワルドとドロシーは広間に入った。
途端、会話がピタリと止み全ての視線がこちらへ集まった。
「じいちゃんお帰り~って、わぁ! お客さん!?」
人懐っこく寄ってきたのは10歳ぐらいの癖毛の少年で、来客に好奇心の目を向けていた。他の者達からも、好意的な感情が伝わってきた。
「海上列車で知り合ったドロシーちゃんにオズワルドくんだ。宿を探していた様だったから家に連れて来たよ」
イーサンの紹介に合わせ、2人は頭を下げた。
「綺麗な子達だねぇ。これから晩ご飯作るから、もしまだなら食べてってくれ」
イーサンの母親(見た目はイーサンと同じぐらいに見える)は温かな笑みを残し、イーサンの妻を連れて奥のキッチンへと消えていった。
今度はあどけない顔立ちの3女がやって来て、2人から荷物を奪った。
「これ、部屋に運んでおくわね」
礼を言う暇もなく3女はせかせか右手の階段を上っていき、半分程上ったところで階下に呼び掛けた。
「2人の部屋は2階の突き当たりよ。あとで案内するわ」
“2人の”という言い回しに少し違和感を覚えたオズワルドだったが、好奇心旺盛な竜族達は考える隙を与えず次々と2人にあれこれ迫って来た。
「ねーねー2人は人間?」
「恋人?」
「カケオチしてるの?」
「お兄ちゃんの髪の色透き通ってて綺麗でめずらしいね。おれなんて真っ黒だ」
「どうしたらあたしもお姉さんみたいなぷろぽーしょんを手に入れられる?」
好奇心剥き出しの質問攻めをして来たのは5人の齢15に満たない子供達だ。1度に訊かれたら答えられる筈もない。
困っている2人を見かねて、イーサンとよく似た外見の長男が来客と子供達の間に立った。
「こらこら。あんまりお客さんを困らせないの。――――すみませんね。来客なんて久しぶりで。この子達も嬉しくて仕方がないんですよ。しかも人間なんて初めてなもので余計に」
「いえ、別に……。少し驚きましたが不快ではありませんわ」
ドロシーが愛想良く返すと、長男は安堵の息をついて2人を席まで誘導した。
「こちらへお掛けになって下さい。直に祖母と母が料理を運んで来ますから」
広間中央に置かれた大きな長方形のテーブル席は竜族一家と2人の来客で埋まった。一時席を外した3女も戻って来ていた。
席に着いて落ち着いたところで、また子供達の容赦ない質問攻めが始まった。
「ねーねードロシーお姉ちゃんはオズワルドお兄ちゃんのどこが好きなの? 顔?」
まだ好きだとも話してもいないのにそこから始まった事にまず驚いたドロシーだが、すぐに首を横へ振った。
「顔は勿論綺麗ですけれど、それだけじゃありませんわ。彼は心も綺麗なんです」
「ほぉ~お熱いですなぁ」
ドロシーに質問した少女とは別の、ドロシーを挟んだ反対側に座る少女が両手で頬杖をついてニヤニヤ笑った。
子供のペースに乗せられっぱなしのドロシーとは対照的に、オズワルドは子供達の質問を軽く流し大人達と会話していた。
子供達は少しつまらなさそうだ。「お兄ちゃん、絶対10代じゃない……」などと、割と的確な文句を口にしていた。
会話はいつまで経っても収束する事なく、そのうちに料理が運ばれてきた。
さすがは大家族。テーブルに並べられた料理は所狭しと各器に山盛りになっていた。1人1人に用意された小皿に各自で取り分けて食べるスタイルだった。
オズワルドとドロシーは竜族の食事作法に慣れないながらも、厚意に甘えて共に食事を楽しんだ。
また、料理も独特だった。スパイスが名産品とあって、どの料理にもふんだんに使われていて味付けは濃いめでスパイシーだった。且つ、隠し味の南国果実の香りが後を引いた。
竜族達は肉好きの大食な者が多く、この一家も例外ではなかった。
食事を始めて間もなく肉の脂によって胃もたれを起こした2人に、これでもかと彼らは料理を勧めてきた。嫌がらせではなく、彼らなりのおもてなしだった。
ドロシーは勿論、オズワルドも食は細い方なのでこれが限界だった為礼を言って辞退した。それだけでなく、実はオズワルドは辛い物や肉(ただし鳥は好物)があまり得意ではなかった。
2人が食事の手を止めてからも彼らは食事の手を休めず、テーブルに並べられた器を空にした。