妹の様子を頭を下げて見送る夢璃の目尻に、涙が溜まっていく。
 見送りを終えた夢璃は、家に戻って司の泳ぐ金魚鉢の前に佇み、呟いた。

「私、まだここにいても良いんだね……」

 ほろりと一粒の涙がこぼれ、金魚鉢の中に沈む。

『……しょっぱいね。夢璃、泣いてる?』
「せっかくお掃除したばかりなのに、ごめんね……」
『ううん。たくさん泣いていいよ。だけど、ぼくが夢璃のことを慰めてあげられれば良かったのに……』

 心配した様子の司に、夢璃は「ありがとう」と言うと、自らの思いを語り始めた。

「私ね、成人したらこの家を追い出されると思っていたの」
『……ぼくもね、追い出されると思っていたよ。……夢璃はこの家に居たいの?』
「それは……」

 このあばら家で今まで通りに疎まれる生活を送っていたいかと問われると、夢璃は答えに(きゅう)した。

『この家にいると、辛くない?』
「……つらいけど、外の世界も怖いから……」
『きっと外の方が、こんな家よりも明るくて楽しい生活が出来ると思うよ』
「それに、お金もないし……」

 一家から虐げられている夢璃だが、必要最低限レベルのまかないや日用品は、使用人としての仕事をこなす際に得られているため、なんとか生活出来ている。

『夢璃は料理や裁縫も掃除もできるから、働き口はいっぱいあると思うよ』
「そうかな……」
『心配なら、ぼくと一緒にあやかしが暮らす国に行こう?』
「あやかしの国……。どんなところだろう」

 司の言うあやかしの世界に、夢璃は未知の物に対する不安を抱きつつも、興味を感じている。

『良い提案でしょ?』
「……次期当主お披露目の日が終わったら、考えるね」
『約束だよ?』

 司からの提案を先延ばしにした夢璃には、頷くことしか出来ない。