そんな時、普段は誰も訪れようとしないあばら家に、彼らの平穏を乱す存在が現れる。

「お姉様!!」
「!?」

 あばら家の引き戸が壊れんばかりの勢いで音を立てて開かれると、どこか夢璃に似た面影の少女が玄関から座敷に乗り込んできた。

日葵(ひまり)……」

 濡羽色の髪を靡かせた堂々として優雅な佇まいの彼女の名前は、日葵と言う。
 夢璃の四つ歳の離れた妹だが、姉とは正反対の気の強い性格が、漆黒の眼差しにハッキリと表れている。

 日葵はどこかに出かけるのか、花園家を象徴する白と紅色の椿の模様が描かれた鮮やかな訪問用の着物を身に纏っている。
 対して夢璃は、着こなして色が褪せた普段着用の着物だ。……と言うよりも、彼女は妹のような外出着など持っていない。
 その上、健康的で十四歳にしては大人びた容姿の日葵と違い、夢璃はひどく痩せ細っている。

「日葵、じゃないでしょ? 次期当主様と呼びなさいよ」
「は、はい。次期当主様……」

 夢璃をお姉様と呼ぶ日葵だが、それはあくまでも日葵自身が姉よりも優位に立っていることを自覚する手段に過ぎない。
 夢璃は目の前に佇む妹との差に無意識にみじめさを感じ、縮こまる。

「お姉様ったら、また金魚に話しかけてオトモダチごっこでもしていたの?」

 日葵は窓辺にあった金魚鉢を一瞥すると、あざ笑うように吐き捨てた。

「独り言なんて相変わらず辛気臭いわ。でも誰からも相手にされないお姉様には、ちょうど良い相手よね」
「……」

 自分だけでなく、司のことまで蔑まれた夢璃は、俯いてしまう。

 夢璃が幼い頃は、「私の大事な司を馬鹿にしないで!」と反発していたこともあった。
 しかし、そのたびに妹であるはずの日葵に「花園家のごく潰しが生意気だ!」と頬を叩かれ、土を投げられ続けるだけ。
 もはや成長した今では、抵抗する気力も萎えてしまっていた。

(悔しいけど……。でも、私は……無力だから……)

 ただただ、悔しい・悲しいと思う気持ちだけが、彼女の無力さを苛む。