家の窓際で、金魚鉢の手入れを終えた少女が朱色の優しい眼差しを湛えて頷いた。

(つかさ)、水槽のお掃除終わったよ」

 色素の薄い白髪を首のあたりで一本に束ねている彼女の儚い容姿は、霊和の時代の人間としてはひどく珍しい。
 人前に姿を現すと、あやかし呼ばわりされることもあるが、自称あやかしの金魚と共に暮らしている彼女からすれば気にならない。むしろ、彼女にとって好ましいと思える呼び方であった。

『ありがとう、夢璃(ゆうり)!』

 水槽と言うにしては小さな金魚鉢の中で、金魚が楽しそうに赤みを多分に帯びた赤金の鱗をなびかせていた。
 窓から差し込む光が金魚の赤い鱗を照らすと、時折金色に輝いて見える。
 夢璃はその様子を見るのが好きで、焦がれるように眺めていた。
 司と名付けられた金魚は、少女の唯一無二の親友でもあり、家族とも言うべき存在でもある。

『わー、水草も新しいのにしてくれたんだね!』

 まるで金魚から聞こえるように発せられた青年の優しい声は、紛れもなく司が発したものだ。
 水中で水草の合間をスイスイと無邪気に泳ぐ司の様子を眺め、夢璃と呼ばれた少女は気の毒そうに呟く。

「……でも、お家は相変わらず小さくてごめんね」
『ううん。小さくても夢璃と一緒にいられるから、ぼくはそれでいいんだよ』
「私も、司が一緒にいてくれるから、生きていられるの」
『夢璃……』

 寂しそうに答える夢璃に寄り添おうと、司の頭が金魚鉢に触れると、夢璃も右手の人差し指で金魚鉢に優しく触れる。
 ひとりと一匹は、ガラス越しに穏やかな触れ合いの時間を過ごしていた。