金魚鉢がある場所とは別の部屋に向かった夢璃は、着替えの最中も司の叫び声を聞くことで罪悪感を募らせる。

『逃……げ…………!!』
(司はこんなにも、私のことを思ってくれているのに……)

 しかし、夢璃を気遣う言葉を叫んでいた司の声は、次第に弱々しくなり、着替えが終わる頃には聞こえなくなっていた。

(疲れたのかな? 戻ったら、沢山霊力をあげないと。司に会えるのはこれで最後になるかもしれないけど、少しでも司が長生き出来たら……)

 いつも勇気づけられてきた司の声が聞こえないことに胸騒ぎを覚えながら、夢璃は金魚鉢のある部屋に戻ってきた。
 しかし、部屋に足を踏み入れた途端に、彼女はまたもや絶句することになった。

「えっ? つか……さ?」

 見慣れた赤金色の鱗が、床の上で窓辺からの日差しを浴びて儚く輝いていたからだ。
 近くには金魚鉢が倒れており、そこから溢れた水が畳を濡らしている。
 ギクリとした夢璃は、水に濡れることも気にせずに慌てて駆け寄り司に声をかけた。

「ど、どうしたの? どうしてこんな場所に……」

 しかし、司はいつものように言葉を返す様子はない。
 小指の先で恐る恐る鱗に触れてみても、ピクリとも動こうとしなかった。
 その様子は、普通の金魚が息を引き取ってしまった様子そのもので……。

「う、そ……」
(死ん、でる……!? もしかして……私を助けようと思って、ここから出ようとしたの!?)

 夢璃を心配した司が金魚鉢から飛び出してしまい、水のない場所で息を引き取ってしまったのだろう……と彼女は思った。

 夢璃は近くにあった布の上に司を優しく寝かせてあげると、小さな声で親愛なる友人でもあり家族でもある金魚に懺悔する。

「苦しかったよね、司……。ごめんね……」
(どうして気付かなかったんだろう……! あんなに、必死に声をあげてくれていたのに……!)

 一族のために死ねと日葵から言われても零れなかった涙が、司の死を悲しむ夢璃の頬を伝う。

(でも、霊力をあげたら司は長生きするって、言っていたのに……!)
「う……っく……」

 夢璃の脳裏に司との思い出が蘇り、彼女は嗚咽を漏らした。

(ううん、違う。私のせいだ! 一緒にいてくれるって約束してくれたのに、私が……生きることを諦めて、約束を破ってしまったから……!)
「うっ……うぅっ……。司……つかさぁ……!!」

 夢璃が後悔に苛まれる中で、日葵の冷たい声が室内に響く。

「お姉様の大事な金魚、先に死んじゃったのね」

 夢璃は両手で司を包んだ布を優しく持ち上げると、日葵に問いかけた。

「司を、弔う時間を頂けますか?」
「そんな時間、ないわよ。仲良し同士、一緒に死ねば?」
「……」
(そ……っか。いま私が死ねば、司と一緒に天国に行けるかもしれないね……)
「じゃあ行きましょ」