「着替えます……」
『……!? ど、どうして!?』
「そう、安心したわ」
『嫌だ、夢璃!!』
「司……」
(ごめんね。こんな残酷な世界で生きていくのが、辛くなってしまったの……。どうせ逃げようとしたって、逃げられないって分かってるから……)
『ずっと一緒にいてくれるって……ぼくを生きる理由にしてくれるって、言ってくれたじゃないか! なのに死ぬつもりなの!?』

 夢璃の心の声は司には届かない。それでもなんとか夢璃の心を動かそうと、司は叫び続ける。

「儀式の前に、司……金魚とお話する時間を頂けますか?」
「……良いわよ」
『行かないで、夢璃!!』

 夢璃は後ろ髪を引かれるような思いで金魚鉢を振り返りながらも、部屋を後にした。

 彼女がいなくなると室内に残されたのは、司と日葵のひとりと一匹だけ。

「さあて……と。お姉様が戻ってくる前に、もうひとつの贈り物の準備をしないと、ね」

 日葵が金魚鉢に向かって手を伸ばす。

『……!? 何するつもりだよ!? ま、まさか!?』

 頭上を覆う影が大きくなるにつれ、自らの身に危険が迫っていることを、司は自覚した。
 しかし、霊力を持つだけのあやかしのひよことも言える司は、金魚鉢から逃げ出すすべを持たない。

『夢璃を守れるなら、ぼくはどうなったって構わない。だけど守ることもできずに、こんなやつにやられるなんて……!』
「お姉様、どんな顔をしてくれるかしら」
『ぼくに力があれば、夢璃を助けてあげられたのに……!』

 日葵が手を振り上げた直後、バシャッと言う勢いよく水が飛び散る音と、丸みを帯びた重い物体が畳をゴロゴロと転がる音が辺りに響く。
 金魚鉢から水と共に流されてしまった赤金色の鱗を持つ金魚が、畳の上に飛び散った水の上で苦しそうに跳ね続け……そして……。

『逃げ……て、夢璃……』

 司は動かなくなるその直前まで、夢璃の身を案じ続けた。