提灯の光が、水飛沫と金魚の鱗をキラキラと照らし出す。気付けば夢璃はビショビショになりながらも、夢中で金魚達と遊んでいだ。
 しかし彼女は最終的に、金魚を一匹も掬うことができなかった。
 金魚達は自分に掬われたくないのかと思い、夢璃が涙目になると、猫又が慌て始めた。心なしか、金魚達も水面でバシャバシャと騒いでいるようにも見える。

「私、金魚()()嫌われてるみたい……」
「そんなことないって!」
『泣かないで!』
『嫌いじゃないよ!』

 そんな時、一匹の金魚がピョン! と勢いよく水面から飛び出したかと思うと、夢璃が手にしていたお椀にポチャン! と音を立てて見事に着水した。

「お、おお?」
「わあ!?」

 突然の金魚の行動に、夢璃も猫又の店員も驚く。

『ごめんね。ぼくたち、君を泣かそうと思っていたんじゃないんだよ。遊んでくれて楽しかったから、ついはしゃいじゃったんだ』

 しかも、お椀の中で泳ぐ金魚は夢璃にハッキリと、少年のように幼い声で話し掛けたのだ。
 金魚すくいの最中に聞こえた声は、幻聴ではなかったことに夢璃は更に驚いた。

「喋った!?」
「お、やっぱお嬢ちゃんこいつらの声が聞けるクチか」
『やっと、ぼくたちの声に応えてくれたね!』
「こいつはお嬢ちゃんにプレゼントするよ。友達になってやってくれよな」

 彼女は、花園家では鼻摘まみ者扱いだ。
 外に出てもこれまで蔑ろにされてきた経験故か、自分に自身が持てずにいることや引っ込み思案な性格も相まって、友達はひとりもいない。
 だからこそ、友達と言う単語に、ひとりぼっちの夢璃は思わず目を輝かせた。

「お友達……!」
『君のお名前は?』
「あのね、私の名前は夢璃って言うの。花園(はなぞの) 夢璃(ゆうり)
「花園? 術師の名家の、あの?」
「……もしかして花園家の人間だと、ダメだった?」
「そんなことないさ。ただ花園家の子があやかしがいる場所に来るのが珍しいと思ってね」

 彼の言う通り、あやかし嫌いの花園家は妖怪がいる場所を酷く嫌う。
 そんな人型ふたりのやり取りなど気にせずに、金魚は無邪気な様子で夢璃に語りかけた。

『夢璃? 可愛い名前だね! ぼくの名前はないから、夢璃がつけてくれると嬉しいな』
「えっとね、じゃあね……司!」
「おお。これはまた、ペットみたいな名前じゃないんだな」
「ペットじゃなくて、お友達の名前だからね」
『ぼくの名前は司! 夢璃、よろしくね!』
「うん!」

 猫又の店員が金魚すくいの持ち帰り用の袋に水と一緒に司を入れてやると、夢璃の手首にそれを引っ掛けて持たせた。
 おまけに小さな金魚鉢までつけてくれて、至れり尽くせりである。
 水中で泳ぐ司に提灯の灯りが照らされると、赤金色の鱗がキラキラときらめく。

「司、きれいだね」
『えへへ……ありがとう』

 夢璃が思わず司の鱗に見とれていると、猫又の店員が夢璃の頭を撫でた。

「こいつのこと、気にいったか? 長生きさせてやりたくなったら、お嬢ちゃんの霊力をこいつに喰わせてやってくれ」
「霊力あげちゃって大丈夫?」
「こいつらは普通の金魚とは違うんだよ。霊力の豊富な池で育った影響もあって、霊的な存在なんでね」
『ぼくたちもあやかしの一員だよ』
「まだまだヒヨッコだけど、今後大きく成長する可能性を秘めた奴だよ」