毎晩、夢を見る。

幸せな夢。

私の周りに、友達が沢山いる。

〇〇ちゃんって、何が好きなの?
〇〇ちゃんって、意外と面白い子だね。

本当に幸せなの。

リアルと違って、凄く賑やかで。

よく思う。

このまま、明日なんて来ないで、夢の中で生きて、夢の中で死ねばいいのにって。

でも、現実は違う。

世界には、表と裏がある。

表は、普通の子がいる賑やかで楽しい世界。
裏は、普通じゃない子がいる、冷たい世界。

私は後者。

弱い体が、妬ましい。

ひとりぼっちは、孤独。

孤独は、ひとりぼっち。

私も、孤独。

私も、ひとりぼっち。

でも、あの夜から、生きようと思えた。



綺麗な夜。
灯る夜景。
私は今、5階建ての廃ビルの屋上にいる。
キラキラと瞬く星々、優しく輝く月。
全てが綺麗。
こんな夜が続けばいいのに。
朝なんて来ないで、美しい夜だけ続いて、明けないままで。
でも、そんな都合のいいこと、あるわけないんだ。
だから今、私はここにいる。
私は、なにもない空間に足を踏み出した。
けれど、落ちる寸前。
私の腕は、誰かに掴まれていた。

「誰……?」

私の問いに答えることはなく、“誰か”はそのまま私を引き上げた。
私は何も言葉を発さずに、“誰か”を見つめた。
月光に照らされ見えた顔。
それは狐のお面だった。
見えるのは口だけ。目と鼻はお面に隠れて見えない。

「やぁ、はじめまして。ルナ」

男の子の声だった。
ルナ……名崎月(なさきるな)、私の名前。
彼は私の名前を呼んで、にこりと笑った。

「あなたは誰?」
「僕のこと、なんかどうでもいい。けど、名前くらいは言っておこう。そうしないと、キミ、うるさいでしょ?」

男の子はそう言うと、ミステリアスな笑みを浮かべて言った。

「花紅陽。ヨウって呼んで」

そう言うヨウの声は不思議だった。
カナリアの囀りのように澄んだ声。
春の風みたいに心地よい。

「ヨウは、なんで私の名前を知っているの? なんで私を助けたの?」
「まったく、知りたがり屋だな〜。今はそんなこと気にしないでよ。そのうちわかるからさ」

ヨウはそう言って、クスッと笑う。その笑顔は、どこかで見たことがある気がした。

「ちなみに、ルナはなんで死のうとしたの?」
「……いきなり何を言うのかと思ったら、そんなデリカシーのないことを聞くんだ」
「いいだろ? ちょうどいい相談相手になってやるよ」

そう言ってキャキャキャと笑う姿は、本物の狐みたいだ。
それに、よく見れば尻尾も着いている。

「はぁ。……私、ひとりぼっちなの」

私は諦めて、真実を話し始める。

「私、実は余命宣告受けててさ、生きるの、嫌になっちゃって」

ポツリポツリと、雨のように私は私のことを話す。

「不治の病って言われた。最初は喘息って言ってたのに、急に不治の病だとか、笑っちゃうよね、本当」

笑って誤魔化すけれど、本当は、死ぬのが怖い。死んだら、どうなっちゃうんだろうって。

「両親、どっちも心配性で、滅多に外に出させてくれない。安静にしてなさいって」

だから、嫌になった。
普通と違って、嫌だった、寂しかった。

「まぁ、無様で滑稽だよね、こんな話ーー」
「いや? 俺はいいと思ったけど」

ヨウは、相変わらずな、ヘラヘラとした顔をして言った。

「現代の若者の問題とか、俺よくわかんないけどさー、ルナ、結構頑張ったじゃんか」

ヨウは続ける。

「だって、余命宣告受けても、今まで生きたきたワケじゃん。 それってすげーことだって、俺思うんだよ。 それに、死んでるヤツよりも、生きてるヤツの方が、実は何倍も強いんだぜ!」

ヨウはまるで小学校低学年みたいな話し方をする。

「家、帰る?」

ヨウに、静かにそう問われて、私はコクリと頷いた。ヨウの話を聞いていると、なんだか家が恋しくなってしまった。
するとヨウは、私の腕を掴んで、宙に浮いた。
彼は私に驚く暇も与えず、そのままどこかへ飛んでいくと思っていた。けれど。

「うっ……」

宙に浮いた次の瞬間。
夜空に雷音が轟いた。
ヨウと私には直撃しなかったけれど、私はつい、呻き声を上げた。
ヨウは屋上に戻る。そして呟く。

「どういうつもりだ? “祓い屋”」

確かに、そこには数人、色々な年齢の人が佇んでいた。
え、ってなった。
“ 祓い屋”って、漫画とか、アニメとかに出てくる……?

「なに不意打ちしてるんだよって言ってんだ。勝負なら正々堂々受けてやるさ」
「罪なき女子(おなご)を連れ去る妖怪が、正々堂々勝負をするか? するわけないだろう」

ヨウが“祓い屋”と呼んだ人たちの中には、私と同い年くらいの男の子もいた。
その“祓い屋”は5人の集団で、私と同い年くらいの子や、私よりも年下の子。年齢が私よりさらに上のおじいさんまでいた。
80歳くらいのおじいさんが、“祓い屋”のリーダーらしい。

「そこの女子よ。早く立ち去れ」

おなご……女子って、私のこと?
訳がわからず困惑していると、一人の男の子が、私をその場から動かした。
その男の子は私と同い年くらいの子だった。

「おい、お前、九尾の狐を知らないのか?」
「きゅうびのきつね……?」
「あー、知らねぇか。じゃあ、説明書するから聞いてろ」

キョトンとしている私を見て、男の子は説明を始めた。

「九尾の狐は、9本の尾を持つ、狐の妖怪のことだ。平安時代に、とある美女に化けて世の中を混乱に陥れたこともある、大妖怪さ」

私は頭の中が真っ白になる。
私に優しいことを言ってくれた、ヨウが……? 大妖怪だっていうの?
そう思い悩んでいた時だった。

「ギャアアアァァァァアアアァァ!」

ふと、背後から叫び声が聞こえた。ヨウの声だった。
“祓い屋”のリーダーが打った雷に当たってしまったらしい。

「我らが日本中追いかけていた甲斐があったようだな。疲労しておる。さぁ、止めだ」

パラパラ漫画のように進んでいく目の前の光景に、私は呆然とすることしかできなかった。
けれど、ヨウの姿が、誰かと重なって見えた途端、頭よりも体が動いていた。
私は、ヨウを庇うように、手を広げた。

「女子よ、退け」
「嫌」
「……ほう。ヤツはお主を攫おうとした極悪人じゃぞ。そんなヤツでも庇うか?」
「……っ! 違う!」

私は、人生で初めて、轟くような声を出した。

「違う! ヨウは、私を助けてくれたの! ここから飛び降りようとしていた私を助けてくれた! 優しく、慰めてくれた!」

私は、震えながらも必死に声を出した。
こんなに声を出して、私、余命縮まったりしないかな? 心配になるけれど、動かない。
本当は、今すぐ帰りたい。けど、ここを退いたら、ヨウがいなくなってしまう気がしたから、退きたくない。

「どうしますか?」
「ずる賢いヤツのことだ。この女子を操っている可能性が高い。弱めな落雷を当てろ。そうすれば、術は解けるし、軽傷で済む」

雷を当てるって聞こえて、思わず身がすくんだ。けれど、私は一歩も動かない。
次の瞬間、目の前が真っ白に光って、ゴロゴロと大きな音が鳴った。
でも、痛くはない。
目を開けると、目の前には、ボロボロになりながらも立っているヨウがいた。
けれど、ヨウはついに力尽きて、その場に倒れた。

「ヨウ……⁉︎ ヨウ!」
「……っ。ルナ……に、げて」

私が涙目で抱きつくと、ヨウは、弱々しい声で言った。

「ふっ! 自ら命を捨てにいくとは、愚かなことをしたのぉ。その女子は、使い捨ての駒ではなかったのか?」
「……ちが、う」

途切れ途切れ言葉を発するヨウを見て、私は藁にも縋る思いで辺りを見渡した。
すると、近所の人が通報したのか、遠くからパトカーのサイレン音が聞こえ、私は走り出した。

「あ、おい! 待て!」

“祓い屋”の声が聞こえなくなるまで、私は走った。
頭が重い。
けれど、転ばないように、慎重に。逃げ切れるように速く。

気がつけば、小さな森にいた。
息が荒い。
キラキラと瞬く星々は、暗いこの森ならではの美しい輝きを放っている。
すると、ヨウの周りを、暖かい光が纏い始めた。
次の瞬間。
ヨウの姿は、私と同い年の少年の姿に変わった。
狐のお面はどこかに消えてしまい、服装は着物姿のままだ。

「っ!」

その姿には、見覚えがあった。

「ユウ……?」

ユウ、花村夕。
私の幼馴染だ。


花村夕は、私が小学1年生の時に行方不明になってしまった少年。
夏祭りの日、空が赤くなるまで一緒に遊んで、私が先に帰った。
そしたら、その日の夜。
ユウが帰ってこないと、ユウのお母さんから連絡があった。
当時の警察が調べ尽くしたけれど、ユウが見つかることは決してなかった。
そして今、数年ぶりに、不思議な形で再開したのだ。

「う……って、あれ? 僕は、なにしてた? え⁉︎ ルナ⁉︎」

目覚めたユウは、さっきのことなんて覚えていないというかのようにキョロキョロと辺りを見渡している。
私は、驚きよりも嬉しさが勝って、思わず、瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。
私はユウを両手で抱きしめて、呟いた。

「おかえり。ユウ。大好きだよ」

この夜をきっかけに、私は、残りの人生を生きようと思えた。


その後、私はユウと近くの警察署へと歩いた。
私の両親とユウの両親が駆けつけると、ユウは泣いていた。
私は怒られた。
安静にしていろと言われたのに、言うことを聞かなかったから。
でも、わたしとユウが無事でよかったと言ってくれた。
……これは私の推測でしかないけれど、多分、ユウは九尾の狐に育てられてきたんだと思う。
行方知れずになったのは、九尾の狐に攫われたからで、今夜みたいに、“祓い屋”に襲われていたのかもしれない。
そう思うと、胸が少し痛い。
けれど、今は、この素敵な夜を忘れないように、ずっと見つめていたい。

おかえり。化け狐。