いつものように耳に鳴り響くアラームを止めて、体をすっと起こす。今日はいつにも増して、日差しが気持ち良く感じる。きっと麗太くんが私を変えてくれたのだろう。
「おはようございます、友里香さん」
「おはよう、愛海ちゃん。サンドイッチとおにぎり作ったんだけど、どっちがいい?」
「んー、そうだなぁ。サンドイッチでお願いします」
私はそう答えて、リビングにある椅子に腰を掛けた。それと同時に、沙耶香ちゃんが私のところへ駆け足で来る。
ちょこちょこ歩くペンギンのようでとても可愛らしいな、と思う。
「あっ、愛海お姉ちゃんおはよう!」
「沙耶香ちゃん早起きだね、おはよう」
「うん、今日遠足なんだぁ」
沙耶香ちゃんはにっこりと無邪気な笑みを浮かべた。たかが遠足でそんなに喜べる子供が微笑ましい。私も幼い頃はこんな小さいことでも喜べただろうな、と思う。
「じゃあ行ってきます」
「愛海ちゃん、ゆっくり食べていかないの?」
「うん、今日は早く行きたい気分なので。食べながら行きます」
サンドイッチを咥えて、家を出る準備をする。何だか漫画のような出来事だ。
結局、お母さんの写真は玄関に戻してくれた。今度四人でも撮ることになったけれど、私はお母さんの写真があればそれで良かった。お母さんを見ると、自然と笑顔になれるから。
(お母さん、行ってきます)
上を見上げると、雲一つない満面な青空が広がっていた。お母さんが見てくれていることを信じ、私は一歩ずつ歩み出た。
「おはよー、まなみん! 何かいつもより早いね」
「おはよう、愛海ちゃん。そんなに急いで、どうしたの?」
「花菜ちゃん、遥香ちゃんおはよう。ちょっと、二人に話したいことがあって」
私が今まで無理に笑顔を作っていたことや、本当のお母さんは亡くなっていて新しい家族がいること、そして――麗太くんと付き合えたことを報告したいと思った。二人は初めてできた、大切な親友だから。
(……嫌われたらどうしよう。怖いけど、頑張るしかないよね)
「あのね」
二人に、私のことを全部話した。真面目に真剣な顔で聞いてくれて、話し終わった後も二人は黙り込んでいた。やはり受け入れてくれないだろうか、と心配になる。
「まなみん……っ!」
「ひゃっ」
花菜ちゃんが数粒の涙を流しながら、私に抱きついてきた。それに続いて、遥香ちゃんも私のことを優しく抱きしめてくれる。
(えっ、二人とも、私のために泣いてくれてるの?)
「まなみん、そんなに辛いことがあったんだね、言ってくれれば良かったのに……! 無理に笑っていたことに気づいてあげられなくて、本当にごめん」
「愛海ちゃん気づいてあげられなくてごめんね、苦しかったよね、辛かったよね。愛海ちゃんは一人じゃないよ」
二人は私のことを受け止めてくれた。私の気持ちを理解してくれた。教室のなかだと言うのに、何粒もの涙が頬を伝った。
もっと早く話していれば良かったという後悔と、私をこんなにも大切に思ってくれている二人の優しさに。
「ううん、私こそ、話せなくてごめんね。二人に嫌われるのが……怖かったの。初めてできた親友だから」
小学校の頃も中学校の頃も周りに合わせるばかりで、いつも一緒にいる親友などいなかった。私の傍にいてくれる二人がいてくれて本当に良かった、と改めて思う。
「……じゃあ、照れくさいから泣くのはおしまいね! 夏谷と付き合ったってほんと!?」
私は花菜ちゃんの生き生きとした表情に、びくっとする。泣いていたのに、急に目を輝かせているから。こういう切り替えが早いところが、花菜ちゃんの素敵なところだと思うけれど。
「う、うん、実はそうなの。告白してくれて」
「すごい、すごい! 愛海ちゃんと夏谷くんって、そんなに進展してたんだね」
遥香ちゃんは人を傷つけてしまわないように、優しい言葉をかけてくれる。そんな遥香ちゃんのことが、私も好きだ。
(って、改めて麗太くんの話するの恥ずかしいなあ)
「二人とも応援してくれてありがとう、私もまだ実感が沸いてなくて……」
「いやー、でもまなみんは私達のだからね!」
「そうだね。愛海ちゃんのこと大好きだからっ」
私は小さく「ありがとう」と言う。私は友達の人数が多い方ではないけれど、こうやって理解してくれる親友がいるなら充分だ。本当に幸せだと思う。
(花菜ちゃんと遥香ちゃんに出会えて良かった)
「夏谷とどこまで行ったのー?」
「えっ、どこまで? 全然だよ、初デートの水族館くらい」
花菜ちゃんの質問に正直に答えると、二人はぽかーんと口を開けた。
「……愛海ちゃんって、純粋だよね」
「まなみんのそんなとこも可愛いけどね!」
「え、え? 二人とも、何の話してるの?」
二人がにやにやと小悪魔のような顔をしている。途端に花菜ちゃんが言っていた “どこまでいった” の意味が分かり、頬が熱くなった。勘違いをしていた自分が恥ずかしくなる。
「まぁいいや、じゃあそのペンケースにつけてるキーホルダーってお土産?」
「あっ、うん、麗太くんに貰ったの」
そう言うと二人は「きゃー!」と嬉しそうに叫んだ。教室内にいる生徒たちが一斉に私達の方を見る。
私は慌てて二人の口を塞いだ。
「ちょっと、声が大きいよっ、恥ずかしい」
「あははっ、ごめんごめん。それにしてもまなみん、自分の気持ちを言えるようになったんだね」
「そうだよね、嬉しいなあ」
言ってからハッ、と気がつく。今までは “恥ずかしい” と口に出すことができなかった。楽しい、嬉しい、悲しいという感情全て。人に嫌われることが怖いから。
今こうして自分の気持ちを正直に言えるのは間違いなく麗太くんのおかげだ。麗太くんが私を変えてくれた。
「これからも惚気話聞かせてね」
「……う、うん。ありがとう二人とも」
友達とこういう会話をするのが夢だった。恋愛だけでなく、今日あった出来事とか、遊びに行く予定を立てるとか。お母さんが亡くなってからは友達とも深く関わってこなかったから、いま親友がいることが奇跡だ。
私はきっとあのときから成長している。そう実感した。
キーンコーンカーンコーン――。六限目の授業が終わり、私は帰宅の準備をする。久しぶりの学校だからか、いつもよりも疲れ果てている。
「おーい」
廊下側からドアをコンコンと軽く叩く音が聞こえて振り向いた。聞き覚えのある声がしたから。
「麗太くん……?」
「ん、愛海と一緒に帰ろうと思って」
麗太くんがそう言うと、教室内にいる女子や男子が一斉に叫び声を上げた。胸の奥から熱くなっているのが分かる。麗太くんが来てくれたのは嬉しいけれど、全員に注目されるのが恥ずかしくてたまらない。
「ひゅーっ、まなみん良かったね!」
「愛海ちゃんまた明日ね、私達のことは気にしないでいいから」
二人に背中をぐいぐいと押され、私は廊下へと出る。男子達の「転校生やるじゃーん」というからかいや、女子達の「水坂さん恋人いるんだぁ」という妬みに恐怖を覚える。
今は嬉しいというより、恥ずかしさが一気に溢れ出てくる。
「愛海どうした? 体調悪い?」
「……違うの。クラスメイトに注目されて、ずかしいし、怖い」
麗太くんは身長が高くてスタイルが良いのはもちろん、スポーツも勉強も完璧らしい。そのうえ優しくてノリが良く、悪いところが全くない。男子からも女子からも人気だ。
だからこそ私が麗太くんの彼女だと知られたから、みんなの標的になってしまったらどうしよう、と考えてしまう。明日教室に足を踏み入れるのがとても怖い。
「いいじゃん、注目されるのはいいことだよ」
「……いいこと?」
「だって注目されるってことは愛海に興味があるってことだろ」
麗太くんのポジティブな考えを見習いたい。私は嫌われていじめが起きたら……とネガティブになってしまうから。考えすぎてしまうこの性格をどうにか直したい。
「それに敵対されても大丈夫だって。俺がいるから愛海は安心しろ」
麗太くんはにっと歯を見せて笑った。そうだ、私には常に隣にいてくれる人がいる。だから大丈夫、大丈夫、大丈夫。頭の中で言い聞かせた。
「ありがとう、麗太くん。心強いなあ」
「ん、愛海のこと守りたいから」
麗太くんの言葉にぎゅっと胸が締め付けられる。何だか麗太くんの声が切なく感じたから。
(気のせいだといいんだけど)
いつもの横断歩道で私達は解散した。これから起こる、予想できないことなんて知らずに――。
「おはようございます、友里香さん」
「おはよう、愛海ちゃん。サンドイッチとおにぎり作ったんだけど、どっちがいい?」
「んー、そうだなぁ。サンドイッチでお願いします」
私はそう答えて、リビングにある椅子に腰を掛けた。それと同時に、沙耶香ちゃんが私のところへ駆け足で来る。
ちょこちょこ歩くペンギンのようでとても可愛らしいな、と思う。
「あっ、愛海お姉ちゃんおはよう!」
「沙耶香ちゃん早起きだね、おはよう」
「うん、今日遠足なんだぁ」
沙耶香ちゃんはにっこりと無邪気な笑みを浮かべた。たかが遠足でそんなに喜べる子供が微笑ましい。私も幼い頃はこんな小さいことでも喜べただろうな、と思う。
「じゃあ行ってきます」
「愛海ちゃん、ゆっくり食べていかないの?」
「うん、今日は早く行きたい気分なので。食べながら行きます」
サンドイッチを咥えて、家を出る準備をする。何だか漫画のような出来事だ。
結局、お母さんの写真は玄関に戻してくれた。今度四人でも撮ることになったけれど、私はお母さんの写真があればそれで良かった。お母さんを見ると、自然と笑顔になれるから。
(お母さん、行ってきます)
上を見上げると、雲一つない満面な青空が広がっていた。お母さんが見てくれていることを信じ、私は一歩ずつ歩み出た。
「おはよー、まなみん! 何かいつもより早いね」
「おはよう、愛海ちゃん。そんなに急いで、どうしたの?」
「花菜ちゃん、遥香ちゃんおはよう。ちょっと、二人に話したいことがあって」
私が今まで無理に笑顔を作っていたことや、本当のお母さんは亡くなっていて新しい家族がいること、そして――麗太くんと付き合えたことを報告したいと思った。二人は初めてできた、大切な親友だから。
(……嫌われたらどうしよう。怖いけど、頑張るしかないよね)
「あのね」
二人に、私のことを全部話した。真面目に真剣な顔で聞いてくれて、話し終わった後も二人は黙り込んでいた。やはり受け入れてくれないだろうか、と心配になる。
「まなみん……っ!」
「ひゃっ」
花菜ちゃんが数粒の涙を流しながら、私に抱きついてきた。それに続いて、遥香ちゃんも私のことを優しく抱きしめてくれる。
(えっ、二人とも、私のために泣いてくれてるの?)
「まなみん、そんなに辛いことがあったんだね、言ってくれれば良かったのに……! 無理に笑っていたことに気づいてあげられなくて、本当にごめん」
「愛海ちゃん気づいてあげられなくてごめんね、苦しかったよね、辛かったよね。愛海ちゃんは一人じゃないよ」
二人は私のことを受け止めてくれた。私の気持ちを理解してくれた。教室のなかだと言うのに、何粒もの涙が頬を伝った。
もっと早く話していれば良かったという後悔と、私をこんなにも大切に思ってくれている二人の優しさに。
「ううん、私こそ、話せなくてごめんね。二人に嫌われるのが……怖かったの。初めてできた親友だから」
小学校の頃も中学校の頃も周りに合わせるばかりで、いつも一緒にいる親友などいなかった。私の傍にいてくれる二人がいてくれて本当に良かった、と改めて思う。
「……じゃあ、照れくさいから泣くのはおしまいね! 夏谷と付き合ったってほんと!?」
私は花菜ちゃんの生き生きとした表情に、びくっとする。泣いていたのに、急に目を輝かせているから。こういう切り替えが早いところが、花菜ちゃんの素敵なところだと思うけれど。
「う、うん、実はそうなの。告白してくれて」
「すごい、すごい! 愛海ちゃんと夏谷くんって、そんなに進展してたんだね」
遥香ちゃんは人を傷つけてしまわないように、優しい言葉をかけてくれる。そんな遥香ちゃんのことが、私も好きだ。
(って、改めて麗太くんの話するの恥ずかしいなあ)
「二人とも応援してくれてありがとう、私もまだ実感が沸いてなくて……」
「いやー、でもまなみんは私達のだからね!」
「そうだね。愛海ちゃんのこと大好きだからっ」
私は小さく「ありがとう」と言う。私は友達の人数が多い方ではないけれど、こうやって理解してくれる親友がいるなら充分だ。本当に幸せだと思う。
(花菜ちゃんと遥香ちゃんに出会えて良かった)
「夏谷とどこまで行ったのー?」
「えっ、どこまで? 全然だよ、初デートの水族館くらい」
花菜ちゃんの質問に正直に答えると、二人はぽかーんと口を開けた。
「……愛海ちゃんって、純粋だよね」
「まなみんのそんなとこも可愛いけどね!」
「え、え? 二人とも、何の話してるの?」
二人がにやにやと小悪魔のような顔をしている。途端に花菜ちゃんが言っていた “どこまでいった” の意味が分かり、頬が熱くなった。勘違いをしていた自分が恥ずかしくなる。
「まぁいいや、じゃあそのペンケースにつけてるキーホルダーってお土産?」
「あっ、うん、麗太くんに貰ったの」
そう言うと二人は「きゃー!」と嬉しそうに叫んだ。教室内にいる生徒たちが一斉に私達の方を見る。
私は慌てて二人の口を塞いだ。
「ちょっと、声が大きいよっ、恥ずかしい」
「あははっ、ごめんごめん。それにしてもまなみん、自分の気持ちを言えるようになったんだね」
「そうだよね、嬉しいなあ」
言ってからハッ、と気がつく。今までは “恥ずかしい” と口に出すことができなかった。楽しい、嬉しい、悲しいという感情全て。人に嫌われることが怖いから。
今こうして自分の気持ちを正直に言えるのは間違いなく麗太くんのおかげだ。麗太くんが私を変えてくれた。
「これからも惚気話聞かせてね」
「……う、うん。ありがとう二人とも」
友達とこういう会話をするのが夢だった。恋愛だけでなく、今日あった出来事とか、遊びに行く予定を立てるとか。お母さんが亡くなってからは友達とも深く関わってこなかったから、いま親友がいることが奇跡だ。
私はきっとあのときから成長している。そう実感した。
キーンコーンカーンコーン――。六限目の授業が終わり、私は帰宅の準備をする。久しぶりの学校だからか、いつもよりも疲れ果てている。
「おーい」
廊下側からドアをコンコンと軽く叩く音が聞こえて振り向いた。聞き覚えのある声がしたから。
「麗太くん……?」
「ん、愛海と一緒に帰ろうと思って」
麗太くんがそう言うと、教室内にいる女子や男子が一斉に叫び声を上げた。胸の奥から熱くなっているのが分かる。麗太くんが来てくれたのは嬉しいけれど、全員に注目されるのが恥ずかしくてたまらない。
「ひゅーっ、まなみん良かったね!」
「愛海ちゃんまた明日ね、私達のことは気にしないでいいから」
二人に背中をぐいぐいと押され、私は廊下へと出る。男子達の「転校生やるじゃーん」というからかいや、女子達の「水坂さん恋人いるんだぁ」という妬みに恐怖を覚える。
今は嬉しいというより、恥ずかしさが一気に溢れ出てくる。
「愛海どうした? 体調悪い?」
「……違うの。クラスメイトに注目されて、ずかしいし、怖い」
麗太くんは身長が高くてスタイルが良いのはもちろん、スポーツも勉強も完璧らしい。そのうえ優しくてノリが良く、悪いところが全くない。男子からも女子からも人気だ。
だからこそ私が麗太くんの彼女だと知られたから、みんなの標的になってしまったらどうしよう、と考えてしまう。明日教室に足を踏み入れるのがとても怖い。
「いいじゃん、注目されるのはいいことだよ」
「……いいこと?」
「だって注目されるってことは愛海に興味があるってことだろ」
麗太くんのポジティブな考えを見習いたい。私は嫌われていじめが起きたら……とネガティブになってしまうから。考えすぎてしまうこの性格をどうにか直したい。
「それに敵対されても大丈夫だって。俺がいるから愛海は安心しろ」
麗太くんはにっと歯を見せて笑った。そうだ、私には常に隣にいてくれる人がいる。だから大丈夫、大丈夫、大丈夫。頭の中で言い聞かせた。
「ありがとう、麗太くん。心強いなあ」
「ん、愛海のこと守りたいから」
麗太くんの言葉にぎゅっと胸が締め付けられる。何だか麗太くんの声が切なく感じたから。
(気のせいだといいんだけど)
いつもの横断歩道で私達は解散した。これから起こる、予想できないことなんて知らずに――。