「ねぇ」
スクールカースト下位をやんわりと漂う僕の背中にやけに綺麗な声が届く。振り返ればそこにはクラスメイトの宮内涼葉が、ニコニコして僕を見ていた。
「なん、でしょうか」
言葉に詰まる。彼女は、ただのクラスメイトじゃない。厳密に言うとクラスのマドンナだ。緊張して胸が高鳴るのも無理は無いだろう。
「あのさっ」
パッと視界にやってきたのは丁寧に保湿された薄ピンク色の唇で。それは僕に対しても、惜しむこと無く弧を描いてくれるらしい。ふんわり上がった口角は僕の中にいつからから貯蓄されていった悪の権化のような醜い感情を全て浄化していくようだった。
風が、頬を撫でた。
誰だ。教室の窓を開けっぱなしにしたのは。
…僕だ。
そう。
───────…僕だ。
「死ぬの?」
風が、頬を撫でた。
彼女に声を掛けられる前。
飛び降りようとしていた外の匂いをたっぷりと含む、風が。
「…別に」
咄嗟に大嘘をついた。さっき脱ぎ散らかした上履きを速やかに回収して、泣き寝入りするかのように足を突っ込む。
「窓を拭いていたんだ。そう。窓を」
トントンッ、とつま先を床に。「ふぅーん?」と、何か言いたげな、つまらなそうな声が聞こえた。ガタガタッ、と風が窓を揺らす。ついでに彼女のツヤのある黒髪も靡く。一体どんな手入れをしたらそんなうるツヤ髪になるのだろうか。胸下まである長い髪の毛はひとつの絡まりも見当たらなそうだ。
「なに…かな」
僕は窓を拭いていたんだ。そう。窓を。
ただ…、それだけだ。本当に。自分に言い聞かせるように心に言い聞かせる。僕は放課後。夕暮れ時の教室に自己判断で勝手に居残りし、自己犠牲を払い、1人でせっせと窓を拭いて、自己満足を独り占めするよく分からない変わり者なんだ。
「ううん〜。ちょっと気になって」
「気になった?」
「うんっ。いつもなんですぐ帰らないんだろう、って」
「あ〜…」
知っていたのか。クラスのマドンナの癖に、よくもこんなスクールカースト下位の行動を熟知しているものだ。
「いつも窓拭いてくれてたんだね」
「うん。そうなんだ」
こんなバカげたスクールカースト下位の行動を…まぁ、嘘だが。を信じてくれたとでもいうのだろうか。少しだけ身構えたしつこい尋問などは一向にやって来ない。彼女の反応はあっさりとしたものだった。もしかしたら僕の目に映ったその”あっさり”は”私と貴方の思考回路はきっとすごく掛け離れているから分かり合える訳ないわよね”と、そう割り切った為かもしれないが。
まぁ、なんにしろ、有難い。断念して、今日のところは帰ろう、と窓際最前席に位置する自席の机の横にかけたスクールバッグに手を伸ばす。───────と、その時だった。彼女が肩に掛けたスクールバッグからキラリ、と光るものを取り出した。オレンジ色の夕日が”それ”に反射して僕の視界に容赦なく入り込む。目が眩む。でもそれ以上に……、僕は..、”それ”の存在に驚かなければならない。
「…!?」
おいおいおい、何しようとしてるんだ…!?
長い髪をひとつに束ね、横に持ってきた彼女。
ーージョキッ…
直後。僕は、床屋なんかでよく耳にするあの音を聞いた。何事だ、と思わず肩が上がる。顔を上げて彼女を見て、それから流れるように視線は床に落ちていく。
「何やってんだよ……っ」
床に散らばる様々な長さの髪の毛。僕の焦りも構うことなく、彼女は清々しいほどの笑みを浮かべて言った。
「死ぬ気になれば…、
なんでもできる───────…」
と。
ーーそれは、僕が放課後。上履きを無造作に放り、北校舎三階の窓から 飛び降りようと、目をつぶった時のことだった。
スクールカースト下位をやんわりと漂う僕の背中にやけに綺麗な声が届く。振り返ればそこにはクラスメイトの宮内涼葉が、ニコニコして僕を見ていた。
「なん、でしょうか」
言葉に詰まる。彼女は、ただのクラスメイトじゃない。厳密に言うとクラスのマドンナだ。緊張して胸が高鳴るのも無理は無いだろう。
「あのさっ」
パッと視界にやってきたのは丁寧に保湿された薄ピンク色の唇で。それは僕に対しても、惜しむこと無く弧を描いてくれるらしい。ふんわり上がった口角は僕の中にいつからから貯蓄されていった悪の権化のような醜い感情を全て浄化していくようだった。
風が、頬を撫でた。
誰だ。教室の窓を開けっぱなしにしたのは。
…僕だ。
そう。
───────…僕だ。
「死ぬの?」
風が、頬を撫でた。
彼女に声を掛けられる前。
飛び降りようとしていた外の匂いをたっぷりと含む、風が。
「…別に」
咄嗟に大嘘をついた。さっき脱ぎ散らかした上履きを速やかに回収して、泣き寝入りするかのように足を突っ込む。
「窓を拭いていたんだ。そう。窓を」
トントンッ、とつま先を床に。「ふぅーん?」と、何か言いたげな、つまらなそうな声が聞こえた。ガタガタッ、と風が窓を揺らす。ついでに彼女のツヤのある黒髪も靡く。一体どんな手入れをしたらそんなうるツヤ髪になるのだろうか。胸下まである長い髪の毛はひとつの絡まりも見当たらなそうだ。
「なに…かな」
僕は窓を拭いていたんだ。そう。窓を。
ただ…、それだけだ。本当に。自分に言い聞かせるように心に言い聞かせる。僕は放課後。夕暮れ時の教室に自己判断で勝手に居残りし、自己犠牲を払い、1人でせっせと窓を拭いて、自己満足を独り占めするよく分からない変わり者なんだ。
「ううん〜。ちょっと気になって」
「気になった?」
「うんっ。いつもなんですぐ帰らないんだろう、って」
「あ〜…」
知っていたのか。クラスのマドンナの癖に、よくもこんなスクールカースト下位の行動を熟知しているものだ。
「いつも窓拭いてくれてたんだね」
「うん。そうなんだ」
こんなバカげたスクールカースト下位の行動を…まぁ、嘘だが。を信じてくれたとでもいうのだろうか。少しだけ身構えたしつこい尋問などは一向にやって来ない。彼女の反応はあっさりとしたものだった。もしかしたら僕の目に映ったその”あっさり”は”私と貴方の思考回路はきっとすごく掛け離れているから分かり合える訳ないわよね”と、そう割り切った為かもしれないが。
まぁ、なんにしろ、有難い。断念して、今日のところは帰ろう、と窓際最前席に位置する自席の机の横にかけたスクールバッグに手を伸ばす。───────と、その時だった。彼女が肩に掛けたスクールバッグからキラリ、と光るものを取り出した。オレンジ色の夕日が”それ”に反射して僕の視界に容赦なく入り込む。目が眩む。でもそれ以上に……、僕は..、”それ”の存在に驚かなければならない。
「…!?」
おいおいおい、何しようとしてるんだ…!?
長い髪をひとつに束ね、横に持ってきた彼女。
ーージョキッ…
直後。僕は、床屋なんかでよく耳にするあの音を聞いた。何事だ、と思わず肩が上がる。顔を上げて彼女を見て、それから流れるように視線は床に落ちていく。
「何やってんだよ……っ」
床に散らばる様々な長さの髪の毛。僕の焦りも構うことなく、彼女は清々しいほどの笑みを浮かべて言った。
「死ぬ気になれば…、
なんでもできる───────…」
と。
ーーそれは、僕が放課後。上履きを無造作に放り、北校舎三階の窓から 飛び降りようと、目をつぶった時のことだった。